見出し画像

トロッコで暑さから逃れて

家を出るとき、庭先のプランターに植えていたヒマワリの葉がしなびていた。慌てて水をやってから、炎天下の中を駅へ急ぐ。夏休みを前にした3連休の中日、1日フリーの権利を申請した私は、11時少し前、大宮からはくたか559号に乗った。

関東各地で今年最高気温を記録したこの日、私は避暑に出かけることにした。線状降水帯の発生で秋田新幹線は終日運休という放送が流れている。日本海側の富山県の天気が少し気になったが、碓氷峠をトンネルで抜け、長野県に入ると高原のなつっぞらが広がり、糸魚川の手前で真っ青な日本海が右手に見えた。

13時ちょうどに黒部宇奈月温泉駅に到着。改札を出て道路を渡ったところにある富山地方鉄道の新黒部駅に向かう。待合室にいたスタッフから宇奈月温泉までの切符を買う。次の列車は特急とのことで、運賃に加えて110円の特急券も支払う。

新幹線の黒部宇奈月温泉駅と富山地方鉄道の新黒部駅。この周辺には電鉄黒部、黒部、新黒部、黒部宇奈月温泉、宇奈月温泉、宇奈月と、似たような名前の駅が点在していて、なかなか紛らわしい

今日の目的は黒部峡谷鉄道のトロッコ列車だ。有名な観光鉄道だがこれまで縁がなく、宇奈月温泉まで行く富山地方鉄道の一部区間も含めて未乗となっていた。

やってきた「特急」は東急で活躍した通勤電車

やってきたのはかつて東急大井町線で走っていた2両編成の通勤電車だった。しかし、走りっぷりは特急そのもので、宇奈月温泉までノンストップで走る。古びた小駅をいくつか過ぎていくと、車窓は次第に山深くなっていく。トンネルを抜けると、宇奈月の温泉街が広がった。天気はやや雲り。

駅を降りると目の前に黒部峡谷鉄道の車庫が広がる。宇奈月温泉駅から少し坂を上ったところにある黒部峡谷鉄道の宇奈月駅から、14時14分発の列車に乗り込む。

先頭にオレンジ色の電気機関車が2両。その後ろに「普通車」と呼ばれる窓のない「トロッコ」がつながり、その後ろには「リラックス車」という、屋根と窓と背もたれ座席のついた車両が連なっている。もちろん私は「普通車」に乗る。まるで遊園地の豆汽車で、身をかがめてまたいで乗り込まないといけないので一苦労だ。人が乗ると左右に揺れる。

山を登るトロッコ列車

がっこん、という振動でトロッコが発車。すぐに大きな鉄橋を渡り、トンネルに入ると、ひんやりとした空気が肌に触れる。線路の幅は762ミリ、新幹線の半分しかない。そのため急カーブも多く、窓から顔を出さなくても先頭の機関車の横っ腹が見える。

黒部峡谷鉄道は黒部ダムの建設のために敷設された鉄道がルーツで、今も観光列車以外に発電所で働く従業員専用列車が設定され、資材の搬入もこの鉄道を介して行われるなど、重要なライフラインだ。一方で、黒部峡谷の厳しい環境下に線路が敷かれていることから、冬から春先にかけて運休となる。では冬季の従業員の移動や物資の運搬はどうしているかというと、線路沿いに冬期歩道と呼ばれる雪をよける歩行者用トンネルが通っていて、これを6時間以上かけて上り下りしているのだという。

対向列車とも頻繁にすれ違う

観光客が主に利用するのは、歩いて行ける場所に温泉や観光地がある黒薙、鐘釣、欅平だが、それ以外にもダムの傍などにも駅があり、そこで列車の交換が行われる。最盛期の連休中ということもあり、ほぼどの駅でも満員の観光客を乗せた対向列車と交換する。汽笛が聞こえても、なかなか対向列車はやってこない。ひぐらしのせみ時雨が辺りを包み込んで、静かだ。

カメラのフレームに収まらないねずみ返しと呼ばれる絶壁を見上げると、黒部第2発電所が現れ、猫又駅に停車する。ねずみに猫とは面白い地名の連続だが、猫に追われているネズミが上ることをあきらめて引き返したのがねずみ返しで、「猫もまた」引き返すということから猫又となったのだという。

さらに列車は勾配を稼ぎ、鐘釣駅に到着。この駅はホームの長さや前後のスペースの関係で、機関車はホームの先にある引き込み線につっこみ、客を下すと一度バックして、本線に戻る。

深まりつつある峡谷

釣鐘駅から先、欅平までは谷が一層深くなる。よくこんな場所に整理を敷いたなと驚かざるを得ないが、カーブでウド谷と呼ばれる場所を過ぎるが、ここは雪崩の多発地帯であるため、運休期間中は前後のトンネルの扉を閉め、間の鉄橋などの線路も全て外してしまうのだという。

欅平に着くと、これから下山する客でホームは人だかりができていた。ここかれ周囲を散策することもできるが、今日は家を出たのも遅く、すでに16時を過ぎているため、折り返しの列車で戻ることにする。帰りは下り坂なので、所要時間は行きよりやや短い。改めて下りに乗ると、こんな急坂を上っていたのかと少しスリルを感じる。

宇奈月駅に戻り、宇奈月温泉からは富山地方鉄道の普通列車で富山駅まで戻る。今日は途中にある滑川で花火大会があるようで、少し遅れた対向列車は混んでいた。日本海に夕日が沈み、19時過ぎに暮れなずむ富山駅に着いた。

富山地方鉄道には古い電車が多数走っている。東急の電車はここでは最新鋭だ


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?