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デザイン経営は中小企業をどのように変えるのか?

 今年度、池田泉州銀行さま主幹事で大阪で開催した「デザイン経営×知財」連続セミナー&ワークショップの成果物として作成した小冊子、「中小企業支援のための デザイン経営アプローチ」が公開されました。

 この冊子に寄稿した拙稿「デザイン経営は中小企業をどのように変えるのか?」を、こちらにも転載します。地域金融機関や中小企業支援機関で日々中小企業に向かい合っている皆様に、「中小企業のデザイン経営は、こういう考え方でやっています」というところをお伝えしたく、ご一読いただけれますと幸いです。
 地域の中小企業に何か新しい風を吹き込むために、このアプローチで何かやってみたいと考えておられる方がおられましたら、ぜひお声がけください。


1.会社の「人格」を形成する


 近年、耳にする機会が増えている「デザイン経営」。その実践例としてアップルやダイソンなどのグローバル企業が紹介されることが多いことから、中小企業、特に自社製品を持たないBtoBやサービス業には関係がないものと思われがちではないでしょうか。
 ところが、本事業の連続セミナーの参加者はいずれも中小企業の方々で、業種や規模も多種多様。デザイン経営の考え方は業種や規模を問わず中小企業にも有効であり、新しい時代に向けた変革のトリガーとなるものです。そんなデザイン経営への取組みが、中小企業をどのように変えていくのでしょうか?

「デザイン経営の好循環モデル」と「デザイン経営」宣言

 上の図は、2023年7月に特許庁が公表した、デザイン経営が中小企業にもたらす効果を示した「デザイン経営の好循環モデル」です。
 2018年の「デザイン経営」宣言では、右の<参考>にあるように、デザイン経営は企業のブランド構築とイノベーションに資するものと定義されましたが、「デザイン経営の好循環モデル」では「文化醸成」がブランド構築に、「価値創造」がイノベーションに対応すると考えられます。そして、中小企業に固有の要素として新たに示されたのが、自社の想いや「らしさ」を明確にし、未来の自社の姿を構想する、自社の「人格形成」です。
 これまでも中小企業の経営基盤を強化するために、価格競争に巻き込まれないブランド力の強化や、将来の収益源となる新規事業の必要性が叫ばれ、様々な支援施策が展開されてきました。それらをバラバラに推進するのではなく、両者を連動させ、かつ「人格形成」を軸に循環させていくそこに「デザイン」の見方や考え方を取り入れていこうという取組みが、デザイン経営の骨格です。

2.「デザイン」の3つの特徴


 では、「デザイン」に固有の見方や考え方にはどのような特徴があり、中小企業の経営にどのような影響を与えるのか。これまでの一般的な経営戦略との対比で考えてみることにしましょう。

「デザイン経営」の本質(3つの特徴)

 特許庁のWebサイトにデザイン経営の本質と説明されているように、デザインの考え方を経営に適用する際の重要なポイントは、「①人中心に考える」「②アジャイルに取り組む」の2点です。
 新規事業を構想する際には、ロジカルな市場・競合分析が重視されがちですが、周りを意識するだけでは既存の価値観に囚われやすく、新しい価値の創出は困難です。デザインで重視されるのは、人、ユーザの徹底的な観察や体験の共有であり、数字ばかりではなく、目の前の「人」への共感を重視するのが1つめのポイントです。また、既存の価値の延長線上に事業を展開するのであれば、しっかりした計画に基づいて事業を推進するのが効率的ですが、手探りで新しい価値を生み出す新規事業は計画通りに進まないのが通常であり、そこで求められるのが2つめのポイント、柔軟に反復・改善を繰り返すアジャイルな取組み姿勢です。

 そしてもう1つ、特に「人格形成」との関係で重要になるのが、「③意味を問い直す」という視点です。競争力の強化というと、機能や価格による差別化に意識が向かいがちですが、そもそもその事業を自社がやることにどのような意味があり自社だからこそできることは何なのか。自社の歴史や、知的財産など固有の経営資源を深掘りして、腹落ちするまで考える。そこに自社の想いや「らしさ」が込められた、他にない事業や組織のあり方が立ち現れてくるはずです。このように「意味を問い直す」ことの意義はあらゆる業種・業態に共通するので、デザイン経営はサービス業も含めた様々な業種に、組織の規模も問うことなく、取り組む価値のあるものとなるのです。

3.デザインと事業計画の関係


 これまでの「デザイン」は、プロダクトデザインやグラフィックデザインのように、形にして表現する狭い意味で捉えられがちでした。そのように捉えれば、デザインは事業計画を遂行するためのオペレーションの一つにすぎず、まずはロジカルな戦略に基づいて事業計画を策定し、デザインはその後からという順序になります。しかし、そうした計画優位の経営で、正解の見えない時代に立ち向かうことができるのでしょうか?

デザインはオペレーションの一部?

 デザイン経営では、「デザイン」を広義に捉えることによって、事業計画との関係が再構築されることになります。デザインの見方や考え方を活用することで、自社の想いや「らしさ」を起点に固有性の高い事業を創り出し、社内外のステークホルダーとの強い関係性を築く、「デザイン経営の好循環」を生み出す。ロジカルな事業計画は、そうした好循環の実現可能性を高める役割を果たしてくれることになるでしょう。

「デザイン経営の好循環」の実現可能性を高めるための事業計画

4.デザイン経営の効果


 人間に向き合い、意味を問い直すデザイン経営への取組みによって注目したいのが、「会話の質が変わる」という効果です。機能や価格ばかりにこだわる中小企業が発する言葉は、自社商品・サービスの優位性や自社で対応可能な技術などに偏りがちであり、それを受けた顧客は、当然にスペックや納期、価格などを要求し、両者の間には委託先、外注先といった関係しか成り立たなくなってしまいます。ところが、デザイン経営によって中小企業が自社の想いやビジョン、自社製品・サービスの意味を語り始めると、顧客からも多様な問いが投げかけられるようになり、共創的なパートナーへと関係が変化していきます。実際にデザイン経営の実践企業から、そうした声が聞かれるようになっています。
 多くの中小企業にこうした会話の質の変化が表れるようになると、地域経済にも新たな可能性が見えてくるのではないでしょうか。これまでの受発注関係に基づく「指示の経済」から、地域の企業がお互いの想いや「らしさ」をぶつけて未来を語り合う「対話の経済」へ。指示からは新しい価値など生まれるはずもなく、こうした対話の促進こそが地域活性化の鍵になるものと期待されます。

「指示の経済」から「対話の経済」へ


5.地域企業の「支援者」から「伴走者」へ


 地域金融機関や中小企業支援機関は、中小企業のブランド力の強化や新規事業の立上げに、販売先・提携先・専門家の紹介、情報提供、事業計画の策定や資金支援など様々なサポートを行っていますが、デザイン経営という新たなアプローチによって何が加わるのでしょうか。
 その核となるのが、「デザイン経営の好循環モデル」の中央に示されている「人格形成」です。「価値創造」のプロセスでは、デザイナーと協働して新たな製品開発に取り組むのが一般的ですが、従来からの新規事業支援と比較すると、デザイナーが参画することに加え、事業の推進に邁進するだけでなく「人格形成」にも立ち返り、自社の想いが込められた自社らしい事業を磨き上げていくことが特徴的です。「文化醸成」のプロセスでも、格好いいロゴやホームページを作成するだけでなく、自社らしさをどのように表現して伝えるか、「人格形成」との連動が必須となります。デザイナーは狭義のデザインに止まらず、こうした「人格形成」につながる問いを発し、企業の「らしさ」を引き出すプロでもあり、中小企業支援に厚みを加えてくれる存在です。

デザイン経営の核となる「人格形成」

 このように、中小企業のデザイン経営では「人格形成」のプロセスが不可欠となりますが、そのために求められるのが、企業の「らしさ」を引き出す問いかけと対話の場づくりであり、各地で日々中小企業と接し、信頼関係を構築している地域金融機関や支援機関への期待が高まっています。
 デザイン経営への取組みは、企業の人格形成からスタートすることが可能です。自社が何者であり、どこに向かおうとしているかを改めて問い直すことは、業種や規模を問わずあらゆる企業に共通のテーマであり、人格形成から始めるデザイン経営のセミナーやワークショップは多種多様な中小企業に開かれた場となります。

デザイン経営連続セミナーの流れ(本事業の例)

 入門編であれば、よりコンパクトに設計することも可能ですが、本事業の全5回連続セミナーは、上図の流れで実施しました。デザイン経営コンパスというツールを用いた自社の現状把握からスタートした上で、「人格形成」にフォーカスして自社を深掘りしていきます。参加者同士の対話を交えながら、自社らしさを言葉で表現する「言葉のデザイン」に取り組み、最終回は各社がその言葉に込められた意味を語り、未来に向けたアクションを宣言しました。そこには企画側で参加した地域金融機関や支援機関のメンバーも混じり合って、自らの想いや未来に向けた構想をぶつけ合う、業種や立場を超えた活発な対話の場となりました。


 デザイン経営は、「事業者」と「支援者」という二元的な構造ではなく、支援者も地域を担うアクターの一人として主体的に参加することによって、大きな推進力を得られるものです。中小企業の「支援者」も、自らの存在意義や想いを改めて振り返り、事業者と一緒に地域を創り上げていく「伴走者」へと自らを変革することが、地域を変える力になっていくのではないでしょうか。


(連続セミナーの会場は、参加者の皆さんの想いと対話がグツグツと混ざり合う、池田泉州銀行さんのGUTSU GUTSU でした。)


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