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愚かな金持ちたち ③


――
しかし、何処からともなく、誰が、お宮に上げるものか、毎晩、赤い蝋燭が点りました。昔は、このお宮にあがった絵の描いた蝋燭の燃えさしを持ってさえいれば、決して海の上では災難に罹らなかったものが、今度は、赤い蝋燭を見ただけでも、その者はきっと災難に罹って、海に溺おぼれて死んだのであります。……
船乗りは、沖から、お宮のある山を眺めて怖れました。夜になると、北の海の上は、永(とこしえ)に物凄うございました。はてしもなく、どっちを見まわしても高い波がうねうねとうねっています。そして、岩に砕けては、白い泡が立ち上っています。月が雲間から洩れて波の面を照らした時は、まことに気味悪うございました。真暗な、星も見えない、雨の降る晩に、波の上から、蝋燭の光りが、漂って、だんだん高く登って、山の上のお宮をさして、ちらちらと動いて行くのを見た者があります。
幾年も経たずして、その下の町は亡(ほろ)びて、失(な)くなってしまいました。
――


それゆえに、

これまで垂れて来た能書きは、おおよそ、これから述べることの前口上でしかなかった。というのも、これから書き綴ろうとすることこそが、まさにまさしくこの文章の主眼であり、目的であるからである。

そして――私はけっして、喜び勇んで、それを書くものではない。

なぜとならば、どこまでいっても偽預言者であり、偽りのユダヤ人たちでしかないところの「お前」の末路なんぞには、ほんとうに、かそけき興味をば抱かされないのだけれども、

「今夜、取り上げられる命」とは、けっしてけっして、「お前」のものばかりでないことをも、語り聞かされたからである。

が、あらかじめ言っておくが、ここでいくら、なにをどのように私が語ったとしても、「お前」のような輩どもには、きっと分からない。

分からないから、これから私の語らんとする、小川未明の傑作『赤い蝋燭と人魚』において物語られた「神の思い」ついても、まったく理解できずにしまうだろう。

それでいい――「聞け、しかし理解するな」というふうに語るようにと、私は言われたまでなのだから。


それゆえに、

結論からはっきりと言っておく、

私はわたしの神イエス・キリストの「声」によって、聖書以外の方法をもって語りかけられた、

すなわち、

幾年も経たずして、その下の町は亡(ほろ)びて、失(な)くなってしまいました――

この『赤い蝋燭と人魚』の締めくくりの一節こそが、そう遠からぬ将来において、「戦後日本」とかいう国体なるものの上にもたらされる、けっして避けられえぬ結末であるものと。

たとえば、東京とか、大阪とかいう世界中からこぞり集まった、愚か者と悪党と物欲の権化どもが、さながら百鬼夜行のごとく横行跋扈する都市文明の、かならずや、その身に迎えるべき終焉なのであると。


どういう意味であろうか――?

『赤い蝋燭と人魚』なる児童文学は、以下のような書き出しから、始まっている。

人魚は、南の方の海にばかり棲んでいるのではありません。北の海にも棲んでいたのであります。

ここで、「人魚」とは、とりもなおさず「神」のことである――あるいは神のようなもの、人智を超越したもの、信仰と礼拝の対象たりうるものである。

あるいはまた、単に、人の心のことであり、なかんずく、自他を憐れむ心のことである。

そして、

「人間の住んでいる町は、美しいということだ。人間は、魚よりもまた獣物(けだもの)よりも人情があってやさしいと聞いている。私たちは、魚や獣物の中に住んでいるが、もっと人間の方に近いのだから、人間の中に入って暮されないことはないだろう」と、人魚は考えたのであります。

といふうに物語は続いていく。

また、

その人魚は女でありました。そして妊娠(みもち)でありました。
…子供から別れて、独りさびしく海の中に暮らすということは、この上もない悲しいことだけれど、子供が何処にいても、仕合せに暮らしてくれたなら、私の喜びは、それにましたことはない。
人間は、この世界のうちで一番やさしいものだと聞いている。そして可哀そうな者や頼りない者は決していじめたり、苦しめたりすることはないと聞いている。いったん手附けたなら、決して、それを捨てないとも聞いている。幸い、私たちは、みんなよく顔が人間に似ているばかりでなく、胴から上は全部人間そのままなのであるから――魚や獣物の世界でさえ、暮らされるところを見れば――その世界で暮らされないことはない。一度、人間が手に取り上げて育ててくれたら、決して無慈悲に捨てることもあるまいと思われる。人魚は、そう思ったのでありました。

ところが、

この美しくも恐ろしい話の進み行きは、けっして、人魚の願ったとおりにはならなかった。

……月のいい晩で、昼間のように外は明るかったのであります。お宮へおまいりをして、お婆さんは山を降りて来ますと、石段の下に赤ん坊が泣いていました。
「可哀そうに捨児だが、誰がこんな処に捨てたのだろう。それにしても不思議なことは、おまいりの帰りに私の眼に止とまるというのは何かの縁だろう。このままに見捨てて行っては神様の罰が当る。きっと神様が私達夫婦に子供のないのを知って、お授けになったのだから帰ってお爺さんと相談をして育てましょう」と、お婆さんは、心の中で言って、赤ん坊を取り上げると、「おお可哀そうに、可哀そうに」と、言って、家へ抱いて帰りました。
…「それは、まさしく神様のお授け子だから、大事にして育てなければ罰が当る」と、お爺さんも申しました。
二人は、その赤ん坊を育てることにしました。その子は女の児であったのであります。そして胴から下の方は、人間の姿でなく、魚の形をしていましたので、お爺さんも、お婆さんも、話に聞いている人魚にちがいないと思いました。

そして、

大きくなった娘は、赤い絵具で、白い蝋燭に、魚や、貝や、また海草(うみくさ)のようなものを産れつき誰にも習ったのでないが上手に描きました。お爺さんは、それを見るとびっくりいたしました。誰でも、その絵を見ると、蝋燭がほしくなるように、その絵には、不思議な力と美しさとが籠っていたのであります。
「うまい筈だ、人間ではない人魚が描いたのだもの」と、お爺さんは感嘆して、お婆さんと話合いました。
「絵を描いた蝋燭をおくれ」と、言って、朝から、晩まで子供や、大人がこの店頭へ買いに来ました。はたして、絵を描いた蝋燭は、みんなに受けたのであります。
するとここに不思議な話がありました。この絵を描いた蝋燭を山の上のお宮にあげてその燃えさしを身に付けて、海に出ると、どんな大暴風雨(おおあらし)の日でも決して船が顛覆したり溺れて死ぬような災難がないということが、いつからともなくみんなの口々に噂となって上りました。
「海の神様を祭ったお宮様だもの、綺麗な蝋燭をあげれば、神様もお喜びなさるのにきまっている」と、その町の人々は言いました。

ところが、

ある時、南の方の国から、香具師(やし)が入って来ました。何か北の国へ行って、珍らしいものを探して、それをば南の方の国へ持って行って金を儲けようというのであります。
香具師は、何処から聞き込んで来ましたか、または、いつ娘の姿を見て、ほんとうの人間ではない、実に世にも珍らしい人魚であることを見抜きましたか、ある日のことこっそりと年より夫婦の処へやって来て、娘には分らないように、大金を出すから、その人魚を売ってはくれないかと申したのであります。
年より夫婦は、最初のうちは、この娘は、神様のお授けだから、どうして売ることが出来よう。そんなことをしたら罰が当ると言って承知をしませんでした。香具師は一度、二度断られてもこりずに、またやって来ました。そして年より夫婦に向って、
「昔から人魚は、不吉なものとしてある。今のうちに手許てもとから離さないと、きっと悪いことがある」と、まことしやかに申したのであります。
年より夫婦は、ついに香具師の言うことを信じてしまいました。それに大金になりますので、つい金に心を奪われて、娘を香具師に売ることに約束をきめてしまったのであります。

…内気な、やさしい娘は、この家を離れて幾百里も遠い知らない熱い南の国に行くことを怖れました。そして、泣いて、年より夫婦に願ったのであります。
「妾(わたし)は、どんなにも働きますから、どうぞ知らない南の国へ売られて行くことを許して下さいまし」と、言いました。
しかし、もはや、鬼のような心持こころもちになってしまった年より夫婦は何といっても娘の言うことを聞き入れませんでした。
娘は、室の裡に閉じこもって、一心に蝋燭の絵を描いていました。しかし年より夫婦はそれを見ても、いじらしいとも哀れとも思わなかったのであります。

このようにして、

…娘は、それとも知らずに、下を向いて絵を描いていました。其処へ、お爺さんとお婆さんとが入って来て、
「さあ、お前は行くのだ」と、言って連れ出そうとしました。
娘は、手に持っている蝋燭に、せき立てられるので絵を描くことが出来ずに、それをみんな赤く塗ってしまいました。
娘は、赤い蝋燭を自分の悲しい思い出の記念(かたみ)に、二三本残して行ってしまったのです。

…ほんとうに穏かな晩でありました。お爺さんとお婆さんは、戸を閉めて寝てしまいました。
真夜中頃であります。とん、とん、と誰か戸を叩く者がありました。
…お婆さんは起きて来て、戸を細目にあけて外を覗きました。すると、一人の色の白い女が戸口に立っていました。
女は蝋燭を買いに来たのです。…お婆さんは、蝋燭の箱を出して女に見せました。その時、お婆さんはびっくりしました。女の長い黒い頭髪かみがびっしょりと水に濡れて月の光に輝いていたからであります。女は箱の中から、真赤な蝋燭を取り上げました。そして、じっとそれに見入っていましたが、やがて銭を払ってその赤い蝋燭を持って帰って行きました。

…その夜のことであります。急に空の模様が変って、近頃にない大暴風雨となりました。ちょうど香具師が、娘を檻の中に入れて、船に乗せて南の方の国へ行く途中で沖合にあった頃であります。
「この大暴風雨では、とてもあの船は助かるまい」と、お爺さんと、お婆さんは、ふるふると震えながら話をしていました。
夜が明けると沖は真暗で物凄い景色でありました。その夜、難船をした船は、数えきれない程でありました。
不思議なことに、赤い蝋燭が、山のお宮に点ともった晩は、どんなに天気がよくてもたちまち大あらしになりました。それから、赤い蝋燭は、不吉ということになりました。蝋燭屋の年より夫婦は、神様の罰が当ったのだといって、それぎり蝋燭屋をやめてしまいました。

このような経緯(いきさつ)があって、ついに物語は、くだんの終わりの一文にまで至るのである――

幾年も経たずして、その下の町は亡(ほろ)びて、失(な)くなってしまいました。…


だから私は、喜び勇んでこんなことをば語ろうというのではない――と言ったのである。

私は聖書からも、聖書以外の”声”からも、私の生まれた国であり、私の愛する祖国であるところの瑞穂の国の将来について、このように悪しき報せをば聞かされなければならなかった、

あまつさえ、

それについてはっきりと語るようにと、言いつけられた――「聞こうと聞くまいと、語れ」というふうに。

そんな「仕事」が、どうして喜び勇んでできるものであろうか、あるわけがなかろう…!



がしかし、いつもいつでもそうだったように、私が好むと好まざるとに関わらず、自分の歯で食み、自分の舌で味わわされて来た巻物とは、「嘆きと呻きと哀歌の味」がした。

だから、もはやいっそのこと、開き直って言ってやるのだが、

私はきっと(必ずではないが)、私の愛する国が亡びるその様(さま)を見て、嘲笑う。

いやむしろ、ゲラゲラと声をたてて、笑い転げるであろう…!

これは、『能登の祈り』を書き殴った時の、胸もはらわたも張り裂けそうな気持ちとは、似ても似つかぬ情感である。

私はきっと、もうすぐ八十年になんなんとする「戦後日本社会」なるものが、音を立ててくずおれる、その様にまみえても、この胸にも、はらわたにも、たったいっぺんの「憐れみ」というやつをば抱かないのではないか――そう思っている。

というのも、「今夜、命を取り上げられる」のは、「愚かな金持ちたち」であって、

さながらシオニズムだ、イスラエルだ、ユダヤ教だ、キリスト教だと叫び上げては「自分のための富」をばかりその倉につめこんだばかりの堕落と腐敗を極めた「ホフニとピネハス」たちであって、

「金、時間、健康、家族、友人」ばかりを追い求め、それ以外のものはまったく追い求めて来なかった、「アハブに属する者」どもであって、

なかんずく、

たとえば能登の被災者の支援や被災地の復旧復興のためよりも、どこぞの国の戦争ビジネスに加担したり、復興ビジネスに参画したりするための、はるかに多額の公金を注ぎ込もうとしている「年より夫婦」であって、

たとえば東日本大震災のあった日に、不良債権を日本国内に残したまま、ほうほうのていで逃亡していった汚らわしき「香具師(やし)」であって、

たとえばグローバリズムだ、ダイバーシティだ、インバウンドだのいう嘘(でたらめ)の大義名分のもとで、あらゆる詐欺と窃盗と人殺しに明け暮れている「侵略者たち」であって、

そんな者どもがはらわたを裂かれ、脳髄を垂れ流し、道ばたに転がって、その血を犬が舐め、肉や目玉を鴉が突っついていようとも、

それが「呵々」でなくて、なんであろう、

「ざまあみろ」でなくて、「自業自得」でなくて、「二倍にして返された」、「主の言葉がそのとおりになった」、「イエスはキリストであり、キリストはイエスであった」でなくして、いったいぜんたい、なんであろうか…!


私はすでに、語って来た。

「お前」が読もうが読むまいが、『わたしは主である』でも『ギブオンの夢枕』でも『冷たいからだ』でも『あなたへ』においてでも、語って来た。

もうまもなく八十年になんなんとする「戦後」なる穢れの日本史において、バカと、悪党と、物欲と金銭欲にみまれるだけまみれた魑魅魍魎たちとが、いったいなにを信じ、なにを追い求め、なんのために血眼になって来たのか――

そんな「お前」のいっさいの営みが、「空の空、空の空」でしかなかったと――

あるいは純然たる「罪」でしかなかったと――

そんな戦後日本のいっさいの歩みたるが、『赤い蝋燭と人魚』一篇ほどの、多とすべき価値も、温ねるべき感動のかけらもなかったと――

あまつさえ、戦後日本におけるすべての血と汗と涙など、この私の駄文の中の駄文たちなんぞよりも、はるかにはるかに、はるかにはるかに下等で、下劣で、下品で、下衆で、外道で、醜悪で、、、


だから私は、ここにもう一度、語るものである。

私はきっと(必ずではないが)、せせら嗤う。

「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼」した、戦後日本における「お爺さんとお婆さん」たちと、

「平和を愛する諸国民」の皮をかぶった、「香具師(やし)」どもとが、

私の愛する瑞穂の国で犯した、数多の罪々のゆえに、はらわたを裂かれ、脳髄を垂れ流し、野垂れ死ぬ様をば眺めやって、

「天罰だ、天罰だ」とはやしたて、ゲラゲラと、腹を抱えながら、呵々大笑する。

「お前」は、戦後日本という、濁りに濁りきった泥水の面に浮かんだ、悪臭を漂わせるばかりの、うたかたの命にすぎない。

さながらシオニズムのように、大地を血で穢したうたかたの富と繁栄など、真っ赤に塗りつぶされた蝋燭のような、悲しい記念(かたみ)を後に残した、「罪」である。

人魚とは、ワダツミとは、八百万の神々とは、平和を愛する諸国民の公正と信義に、けっしてけっして、信頼しない。

神とは、イエス・キリストとは、キリスト・イエスの父なる神とは、「赤い蝋燭」をこそ、手に取って、胸に抱いて、帰っていくのである…。


それゆえに、

それゆえに私はかつて、私が「人魚」に対して犯した罪を悔やみ、悔い改めて、わたしの神に立ち帰った。

香具師を香具師とも知らず、香具師のはらわたに横たわった貪欲をも見抜けず、香具師と共謀結託するようにして、人魚の娘を売り渡してしまった――

その罪を悔やみ、悔やみ、悔やみぬいた。

が、そうとは知らずにやっていたことだったので、悔やみ、悔い改めて、立ち帰った時、私はわたしの神イエス・キリストの、憐れみを受けた

そして、同じ憐れみによって、私は言いつけられた――語れ、聞こうが聞くまいが、語れ、というふうに。

どんなにイヤであろうが、世界のさいはてまで逃げたくて仕方なかろうが、骨の髄の中に置かれた埋火が、ひねもす燃え盛っているのである――自分の力では、もはや、どうしようもないほどに。…


それゆえに、

すべて耳ある者は、心ある者は、「お前」でも「愚かな金持ち」でもない者は、

「光あるうち光の中を歩め」という言葉のとおりに、

憐れみのあるうちに、憐れみを祈り、探し、追い求めるがいい――。

これが、

これこそが、冒頭の「愚かな金持ち」のたとえ話を語り聞かせた、イエスの心情なのだから……



――
それだから、あなたがたに言っておく。何を食べようかと、命のことで思いわずらい、何を着ようかとからだのことで思いわずらうな。命は食物にまさり、からだは着物にまさっている。からすのことを考えて見よ。まくことも、刈ることもせず、また、納屋もなく倉もない。それだのに、神は彼らを養っていて下さる。あなたがたは鳥よりも、はるかにすぐれているではないか。あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか。そんな小さな事さえできないのに、どうしてほかのことを思いわずらうのか。野の花のことを考えて見るがよい。紡ぎもせず、織りもしない。しかし、あなたがたに言うが、栄華をきわめた時のソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。きょうは野にあって、あすは炉に投げ入れられる草でさえ、神はこのように装って下さるのなら、あなたがたに、それ以上よくしてくださらないはずがあろうか。ああ、信仰の薄い者たちよ。あなたがたも、何を食べ、何を飲もうかと、あくせくするな、また気を使うな。これらのものは皆、この世の異邦人が切に求めているものである。あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要であることを、ご存じである。ただ、御国を求めなさい。そうすれば、これらのものは添えて与えられるであろう。恐れるな、小さい群れよ。御国を下さることは、あなたがたの父のみこころなのである。自分の持ち物を売って、施しなさい。自分のために古びることのない財布をつくり、盗人も近寄らず、虫も食い破らない天に、尽きることのない宝をたくわえなさい。あなたがたの宝のある所には、心もあるからである。
――


――
わたしの民よ、バビロンから離れ去れ。
その罪に加わったり、
その災いに巻き込まれたりしないようにせよ。
――



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