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[朗読 3分] 「バンドマンと子犬」(『おかげ犬④』)

【ツマヨム】妻が自作の物語を朗読してくれました。【創作大賞素材】
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「バンドマンと子犬」

卸売市場で働く青年の名はトシ。
今日も昼休みに社長兼親父の目を盗んで港に来ていた。
先ずは海に向かって一服……のつもりが煙草が見当たらない。
舌打ちして自販機まで歩く。

頭の中で、夕べ寝ずに作った曲が鳴っている。
今一つ納得がいかない。
学生時代からの仲間で組んできたバンド、最後のライブ。
ギターのマオはプロの世界へ、ボーカルの自分は魚屋に。
それぞれのはなむけに歌う曲としては物足りない気がしていた。

チロン。
不意に小銭を落として、足元を見た。
どこから出てきたのか、白い子犬がいて舐めようとしていた。
「こら。それ俺の500円だぜ」
子犬は聞く耳持たない。
トシがしゃがんで奪おうとすると、子犬の首から巾着袋が落ちた。
じゃらりと小銭の音がする。

「おかげ……」
文字に吸い寄せられるように、トシは沈黙した。
やがて、思い立つと拾った自分の500円玉を巾着袋に入れ、子犬の首に掛けなおした。

「ライブが終わるまで、禁煙するよ」
子犬の頭を撫でながらトシは付け加える。
「こんなだみ声だけど、この声のおかげで自分を好きになれたんだ」

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