画像1

[朗読 3分] 「老紳士と子犬」(『おかげ犬②』)

【ツマヨム】妻が自作の物語を朗読してくれました。【創作大賞素材】
00:00 | 00:00
「老紳士と子犬」

路肩に白い影が見えた。
久雄は車を止めさせ、自ら杖をつき影に近寄った。
「大丈夫かい?」
手を差し伸べると、その子犬は指を舐めてきた。

後部座席に並んで行儀よく座る犬に、久雄は懐かしさを覚える。
数十年も前のこと。
幼ない娘が庭で飼い犬とじゃれ合っている。
不意に久雄に気が付き、近寄って小石を手渡してきた。
「月の石なのよ、オリバーと見つけたの」
あの時の屈託ない笑顔。

仕事一途に生きた久雄は大きな成功を手に入れた。
町には自分の名のつく通りまである。
代償として失ったのは家族。
愛娘の面影はあの日のまま止まったきり。
もらった小石はいったいどこにやったろう……

チロン。
子犬の首元から巾着袋が落ちた。
乱雑に書かれた文字が見える。
「かげ……おかげ?」
中を覗くと500円玉が一枚。
久雄は思い立ち運転手に声を掛けた。
久しぶりに手にした千円札をその袋に入れる。

子犬はすっかり元気になった様子。
車を降りたがったのでそれに従った。
手を離すと一目散に駆けていく。
再び、オリバーと娘の笑顔を思い出した。
もし――
もし月の石のことを話したら、あの子は許してくれるだろうか。

この記事が参加している募集

やってみた

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?