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ヨカゲームズ主催コンテスト審査員辞退問題 当事者の声明まとめ

7/2にドイツボードゲーム会の巨匠、ライナー・クニツィア氏がTwitterで行った3件の投稿が話題を集めている。

要約すると、クニツィア氏がヨカゲームズ(遊卡卓遊、Yoka Games)主催のボードゲームデザインコンテスト「World Original Design Contest(WODC)」の審査員を辞退するというものだ。

ヨカといえば『三国殺』で有名なメーカーだが、ルールの根幹が『バン!』という別ゲームと同一であり、ルールの主要部分を盗用しているであろうことはもはや業界内で公然の事実となっている。そのため、中国国内でもコアなボードゲームファンからは評判が悪いのだが、その一方で出版から10年経った今でも熱烈なファンが存在する。昨年にはヨカが日本のゲームマーケットに出展して日本語版『三国殺』を販売しているし、今年に入ってからはその一般流通も始まった。大手チェーンのイエロー・サブマリンが取り扱いを始めたこともあって、ヨカと『三国殺』についてはなんとなく禊が済んだ感がただよっていた。

また、ヨカは近年、中国国内においては、LARP系のミステリーゲームシリーズ「謀殺之謎(Murder Mystery)」をプッシュしたり、各種イベントに参加して中国国内で出版するに値するオリジナルゲームを探したりと、脱『三国殺』を企図していると思われる動きを見せている。今回のコンテストもその一環だろう。このコンテストは昨年末ごろから細々と情報が出回っていたのだが、今年5月に正式に要綱が公開された。

このコンテストの目玉の一つとなっていたのが、豪華な審査員チームだ。ドイツゲーム会のレジェンドといっていいクニツィア氏のほか、世界的に有名な日本人デザイナーのカナイセイジ氏と、ヤポンブランドのプロモーター・健部伸明氏、そして台湾のボードゲームデザイナーの中では先駆け的な存在である呉達徳氏が名を連ねていた。この豪華審査員チームは実質的にコンテストの広告塔として機能しており、強力な助っ人を得られたとあって、ヨカはいよいよ業界的に許されたのだという雰囲気になっていた。

ところが、要綱の発表から2か月ほど経ち、すでに応募が締め切られているタイミングになって、冒頭の一連のツイートが投稿された。話題を呼んだこのツイートからも2週間が経ち、当事者の声明があらかた出そろったので、ここにまとめておきたいと思う。

【当事者の声明】
7/2 クニツィア氏 一連のツイート
7/2 健部・カナイ両氏 ツイート
7/3 ヨカゲームズ 声明を発表
7/4 地核卓遊工作室 ヨカゲームズにインタビュー
7/6 弈乎 クニツィア氏にインタビュー
7/11 呉達徳氏 声明を発表

7/2 クニツィア氏 一連のツイート

クニツィア氏のツイートは冒頭に掲載した通り。以下にその訳を掲載する(筆者訳、以下同)。

ヨカゲームズ(中国)は『ロストシティ』や『バン!』といったゲームをコピーした過去がある。ヨカの知的財産権に対する態度を非難する。
私はヨカが主催するWODCの審査員を辞退する。また、このコンテストに応募しないことを推奨する。
世界中のゲームデザイナーのみなさんへ、あなたがデザインした未発表のゲームを共有する相手は慎重に選ぶように。ゲーム業界のならず者(black sheep)に気を付けて!

ここでいう『バン!』のコピーゲームとはもちろん『三国殺』のことだろう。一方、『ロストシティ』のコピーとは、ヨカが持つブランドの一つ「歓楽坊」の一作『小小王国』とみられることが直後の中国メディアの記事で指摘されている。

この「歓楽坊」ブランドのゲームは中国国内のスーパーマーケットなどで19元(約320円)や29元(約490円)といった超低価格で売られているのだが、『三国殺』と同様にルールを盗用してテーマを変えただけのものが多いという評判であり、ヨカにとっては『三国殺』以上の爆弾となっている。具体的には、『ディクシット』や『イリアス』などが剽窃元のゲームとして指摘されている。

7/2 健部・カナイ両氏 ツイート

問題の発端となったクニツィア氏のツイートからおそよ2時間30分後、健部・カナイ両氏が以下のツイートを投稿し、審査員からの辞退を表明した。

両氏の声明ともおおむね審査員を辞退するという事実の表明にとどまっており、このほかの具体的な経緯の説明などは確認できない。

7/3 ヨカゲームズ 声明を発表

翌日、ヨカがWeChatの公式アカウントで声明を発表した。

对于原创,我们是认真的!
https://mp.weixin.qq.com/s/yMmurlQBnntT7EDzcIS8_Q

また、同様の内容のものが7/5にBGGのフォーラムに投稿されている。内容を要約すると以下の通りだ。

WODCの審査委員であるライナー・クニツィア氏が個人的な声明を発表し、審査員団から離脱することを表明した。大変遺憾であり、現在解決に向けて尽力している。コンテストは以前に発表した通りの日程で進行し、投稿していただいた作品は公正に審査を行う。また、受賞者に対しては約束の賞金を授与し、作品を実体化するという夢の実現にも協力する。

「ライナー・クニツィア氏が個人的な声明を発表し、審査員団から離脱することを表明した」という回りくどい言い方がされている。また、他の3人の審査員の去就については発表されていない。

なお、この声明の中で、投稿作品の中にはアメリカ、日本、アイスランド、スウェーデン、イギリスなど12か国からのものが22点あり、これらが全投稿作品の約20%を占めていることが明らかにされている。

7/4 地核卓遊工作室 ヨカゲームズにインタビュー

ヨカの声明の翌日、ボードゲームメディアの「地核卓遊工作室」がWeChatの公式アカウントでヨカへのインタビューを掲載した。

被设计师RK炮轰后,游卡正式回应了我们提出的五个问题
https://mp.weixin.qq.com/s/ao1DDuUgC0WqmU-O5dexLg

その内容を以下に要約する。

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地核:ボードゲームファンからの憶測があるように、クニツィア氏の未発表のゲームのルールを許可なく使用したことはあるのか。また、クニツィア氏の許可なく名義を使用してWODCの宣伝を行ったのではないか。

ヨカ:クニツィア氏が突然、審査員を辞退することを発表した理由についてはさまざまな憶測があるが、「虚偽の宣伝」は行っていない。また、ヨカがクニツィア氏の未発表のルールを盗用したというネット上のうわさも事実無根だ。WODCの宣伝はクニツィア氏の同意のもとに行っており、プロフィールなどの内容も先方に提供してもらっている。

地核:クニツィア氏がネット上で非難したような、ヨカがゲームをコピーしたという過去、および知的財産権を無視しているということは事実か。クニツィア氏の『ロストシティ』のメカニズムをコピーしたことはあるのか。

ヨカ:「コピー(抄襲)」と「参考にする(借鑑)」の定義は非常に明確である。『三国殺』のテスト版は確かに『バン!』と似ている部分があった。当初、『バン!』を『三国殺』の参考にしていたことは否定しない。ただし、これはカードゲームそのもののルール的な特徴によるものである。また、正式版の『三国殺』と『バン!』のルールには大きな違いがあり、ゲームの根本的な設計思想も異なる。さらに、ゲームのイラストのスタイルやキャラクターのスキルの設定などについては言うまでもない。『三国殺』の最大の特色は、中国の伝統文化をボードゲームという形式で伝達していることにある。この問題については、ヨカはオープンな態度を取ってきており、『バン!』のデザイナーとも直接的に対話したいと考えている。2014年にdaVinci Editrice S.r.l.が、『三国殺』に権利を侵害されているとして訴訟を提起したが、テキサス州の裁判所は特許法と著作権法に基づいて『三国殺』勝訴の判決を下している。これは『三国殺』が法曹界の承認を得たことを示している。

地核:クニツィア氏は自身がかつてヨカに未出版のゲームデザインを共有し、盗用されたことをほのめかしているが、これは事実か。

ヨカ:ヨカがクニツィア氏の未発表のルールを盗用した事実はない。クニツィア氏はヨカが応募者のアイデアを盗用することを恐れてそのように言ったのだろう。ヨカはデザイナーたちのアイデアの価値を尊重し、受賞作品のデザイナーに対しては賞金を授与するほか、応募作品のうち、出版されることになったものに対しては相応のライセンス料を支払う。

地核:このような状況が発生して、WODCの開催に影響はないか。

ヨカ:確かに一定の影響はあるが、オリジナルのゲームをサポートしたいという理念が揺らぐものではない。

地核:知的財産権の保護についての立場は?

ヨカ:知的財産権保護の問題はボードゲーム業界の人々、特にデザイナーたちにとっては非常に関心の深い問題だ。ヨカの知的財産権保護の立場は一貫している。
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あまり面白みのない建前が並んでいる一方で、『ロストシティ』の盗用については答えていないこと、および『三国殺』の正当性を主張している点が目を引く。

7/6 弈乎 クニツィア氏にインタビュー

7/6、中国のボードゲームメディアの弈乎がクニツィア氏の声明を掲載した。

【独家爆料】RK老师正式回应桌游设计大赛相关问题!桌游设计大赛又出事了!
https://mp.weixin.qq.com/s/VvxAzbpwq8Eh2R873QkZnQ

声明の英語原文
http://bbs.yihubg.com/t/topic/3300

内容の要約は以下の通り。なお、この声明はクニツィア氏の口述をスポークスマンが代筆したものであるため、一人称ではなく三人称で掲載されている。

クニツィアがWODCの審査員を引き受けると、複数のパートナーより、ヨカゲームズにはゲームをコピーしているという評判があることについて警告を受けた。
法律的な評価は別として、ヨカが『バン!』をコピーしたことはよく知られている。さらに、クニツィアは自身のゲーム『ロストシティ』が『小小王国(原文では「Little Kingdom」)』としてヨカにコピーされていることを発見した。
これらの事実が明らかになると、クニツィアは『バン!』、『ロストシティ』、その他のゲームに関する言行不一致を正すようヨカに要求した。
ヨカは『ロストシティ』のルールを許可なく数年間使用してきたことを認め、「『小小王国』の売り上げに基づいてルールに対する支払いを行いたい」と申し出た。しかし、また「イノベーション、製品の立ち位置の調整、グラフィックの変更を行っているため、これはライセンス料ではなく感謝費(rules royalty as gratitude)である」とも述べた。
クニツィアはヨカの知的財産権に対する態度を強く非難している。そのような「感謝」費を受け入れては、『小小王国』あるいは『ロストシティ』に関してヨカが知的財産権を所有していることを認めることになってしまう。
クニツィアは中国がこの数十年で経済発展を遂げ、世界最大の経済圏を作り上げたことに感銘を受けている。そして、信頼できる中国のビジネスパートナーに協力することで中国の繁栄にささやかな貢献ができることをクニツィアは誇りに思っている。
ヨカは中国の評判を高めることには貢献しない。ヨカが多くの誠実で勤勉な中国パブリッシャーの長期的な成功を阻害しないか心配している。
このような状況では、クニツィアはヨカとのいかなるビジネスも考えておらず、コンテストの審査員も担当しない。そして、他の3人の審査員も同じようにするだろうと考えている。
現在、ヨカがグラフィックだけを変えて投稿者のオリジナルのデザインをコピーしてしまうことが懸念される。外見上は無害に見える「感謝」費を受け入れることは、経験の浅いデザイナーが持つべきデザインに関する権利を損ねることにつながるだろう。

7/11 呉達徳氏 声明を発表

そして7/11、審査員の中で唯一立場を明らかにしていなかった呉達徳氏もFacebookで声明を発表した。要点は下から2段落目に凝縮されているので、この段落を丸々引用する。

(ルールを)参考にさせてもらう前に原作者に話を通す人はいても、そのような人はゲームをコピーすることはない。しかし、中には参考にするのもコピーするのも大したことではないと考え、「コピーする」ことを「参考にする」という人もいる。そう、捜狐の記事(注:7/4に公開された地核卓遊工作室のインタビュー記事のこと)で、ヨカは、『三国殺』はテスト版に限っては『バン!』を参考にしたと言っている。ゲームを丸ごとコピーして堂々と売りさばいておきながら、参考にしたと言い張っている。より恐ろしいのは、いまだに『三国殺』が『バン!』をコピーしたことが許容されると思っていることだ。これには失望した。今に至っても創作をまったく尊重していない。これでは創作の推進など論外で、コンテストなど話にならない。

実のところ、審査員を辞退すると明言した個所はないのだが、実質的な辞退表明であるように読める。ここにおいて、当初予定されていた4人の審査員全員が辞退することとなった。

審査員辞退問題まとめ

以上の声明のうち、審査員辞退問題に関する経緯をまとめると次のようになるだろう。

1.クニツィア氏が知的財産権の問題についてヨカに問い合わせ
2.ヨカが『ロストシティ』について「感謝費」を提案
3.クニツィア氏がヨカの知的財産権に対する態度を疑問視、辞退を発表
4.他の審査員も辞退を発表
5.ヨカはコンテストを予定通りに行う

この一連の経緯の中で一番のポイントは、クニツィア氏の問い合わせに対してヨカがライセンス料ではなく「感謝費」を支払うという解決方法を提案していることだろう。事後承認を求める立場でありながら「感謝費」なる名目でお茶を濁そうという態度は衝撃的である。たとえ知的財産権などくそくらえだと思っていたとしても、そこは平身低頭の謝罪をしたうえでライセンス料を支払うことで手打ちにしてもらうべき場面であって、それにもかかわらず提案されたソリューションが「感謝費」というのは、根本的にコンプライアンス感覚に欠けているとしか思えない。

ヨカは2014年にアメリカで提起された訴訟に勝ったことを錦の御旗にしている節があるが、この訴訟で争点となったのは「ゲームのルールに著作権は発生するのか」という点であり、ルールが似たゲームを発売する行為が他の不法行為に該当する可能性はないのか、あるいは業界的に許されるのかについてはまた別の問題である。

ヨカのこれから

ヨカは確かに「三国殺」という一つのIPを作り上げたのであり、この点については一定の評価をしていいように思う。今年には三国殺をテーマにした映画の予定が公開されているなど、その人気は衰えていないように見える。しかし、全盛期に比べれば明らかに衰退傾向であり、それを補うための施策の一つが、コンテスト主催に代表される正真正銘のオリジナル路線なのであろう。

そして、知名度、リソース、資金力といった面ではやはり一日の長があるのがヨカであり、この点でオリジナル路線はボードゲーム業界全体にとってもプラスになるのではないかと期待したい。しかし、今回の騒動で伝えられたヨカの態度を見ると、今後、国内外で協力者を得るのは難しいと言わざるを得ない。折に触れてコピー問題を追及されることになるだろう。

現在、ヨカは国外のゲームである『City of Spies』と『オニタマ』の中国版を、いずれもアートワークを刷新して製作することを予定している。これらについては正規のライセンスを受けているらしい。このように、正規ライセンスを受けて中国版を作るという試みも今後は増やしていくのだと思われる。コンプライアンス問題が未解決のままではあまり応援する気にはならないのだが、ともあれクリーンなプロジェクトが増えるのはいいことだ。引き続き動向に注視していきたいと思う。

ノートに「スキ」をしていただくと、あるボードゲームの中国語タイトルと、それに対応する日本語タイトルが表示されます。全10種類。君の好きなあのゲームはあるかな?