「悪く思うなよ」という台詞

 映画やアニメなどで「悪く思うなよ」という台詞を聞いたことがあるだろう。
 たいていの場合、これから相手に酷いことをする側の人間が言う台詞だ。
 例えば、以下のような例が挙げられる。

例1.相手に銃口を向けて「悪く思うなよ……」と言ってからバン!   例2.ピンチの時に相手を囮にして自分だけ逃げて「悪く思うなよ!」。
例3.自分の利益のために相手を騙して不利益を被らせて「悪く思うなよ」。

 などなど、状況は違えど色々な「悪く思うなよ」がある。
 だが、そのどれも「悪く思わない」のは無理だ。
 どう考えても言う側が悪いし、やられた方は悪く思うし、恨むし、時には復讐を誓うこともあるだろう。
 そう、どう考えても無理がある。私は前々から違和感を覚えていた。
 だが、この台詞はお決まりのものとして、昔から様々な作品において使われている。
 誰も疑問に思わないのだろうか。

 少し調べてみると、疑問を持っている人は、他にもいた。
 そして、この台詞について、こんな解釈があることがわかった。
 すなわち「仕方なくやっていることだから、悪く思わないでほしい」という意味である、というものだ。
 つまり、悪いことをする側にも何らかの事情がある。という考え方である。
 上記の例で言えば、

例1.仕事で、どうしてもあなたを殺さなくてはいけません。なので、私を悪く思わないでください。

例2.私はどうしてもここで死ぬわけにはいきません。だからあなたを囮にして逃げます。悪く思わないでください。

例3.私は大切なものを守るために、あなたを騙さなければなりませんでした。悪く思わないでください。

 いかがだろうか。
「そうか、それなら仕方ないね」となるだろうか。
 私はならない。
「いやいやいや、悪く思うわ、ふざけんなよ」と言うだろう。

 この、相手にも事情がある、という考え方はとても現代的だと感じている。
 最近はアニメでもゲームでも映画でも、所謂「絶対悪」というものが少なくなってきている。
 悪役には悪役なりの事情があり、しかもそのバックボーンが綿密に練られているほど評価される傾向にある。
 その最たるものと私が思うのは『テイルズオブファンタジア』のダオスである。彼は、故郷の星デリス・カーラーンを救うために、世界樹にマナが集まってできる「大いなる実り」を手に入れようとしていた。なので、魔科学などでマナを大量に消費する人間を攻撃した。
 ダオスにはダオスの事情があった。だが、主人公のクレスに「僕はダオスをだおす!」とか言われて、彼は倒された。
 というのは冗談だが、事情を知ったクレス達も、もう後には引けなくなっていた。自分たちの大切な家族は無惨にも殺害され、これまで旅してきた国や町の被害状況も見てきている。そして、今後の被害拡大も予想できてしまう。止めるしかない。
 事情があるからと言って、許されるものではない。
 クレスの両親や、親友のチェスターの妹アミィ、ミントの母親を殺したマルスは、ダオスが自分が復活するために操っていた。
「故郷を救うためだったんだ。悪く思わないでくれ」と言われても(言ってないけど)、悪く思うわ、そりゃ。特にアミィを殺したのは個人的に許せない。
 ともかく、最近は純粋な悪が少ないという話だ。その点『鬼滅の刃』の鬼舞辻無惨は絶対悪と呼ぶに相応しい悪役であり、私は高く評価している。

 調べていると、逆の見方も出てくる。
 すなわち「悪く思ってくれていいよ」と素直に言う者がいたとして、決して印象が良くなるわけではなく、むしろ「悪く思わないでくれ」という者の方が、自分の罪をより深く認識しているのではないか、という印象を受けるというものだ。
 なるほど、そう言われてみれば、たしかに一理ある。
「恨まないでくれよ」と言って引き金を引く者よりも「恨んでいいよ」と言って引き金を引く者の方が、軽薄な感じはする。
 だが、おそらくそれは言い方の問題で、重々しく「(私を恨むのは自然な感情であり、私はそれ相応のことを今からするのだから)恨んでくれて構わない」ということであれば、軽薄にはならない。
 要は、どんな言い方をさせるかによって、その台詞を発した人物のキャラクターができあがる。
「悪く思うなよ……」も、ニヤニヤしながら言えば、文字通りの悪党になる。
 だからこそ、映画やアニメなどで重宝される台詞なのだろう。
 一見無理があるようなセリフにも、こうした背景があり、歴史の中で定着していったわけだ。たぶん。
 私も一応は作家の道を諦めてはいない身として、いつかこの台詞を効果的に使ってみたいものだ。
 なるべく、ありきたりでない設定で言わせてみたい。
 そう、例えば……。

 などと、ここでひとつ小話を書きかけたが、それこそ野暮というもの。やめておこう。
 ただ、ここまで考えたところで悪く思わないはずがないという私の考えは変わらない。だから、その時が来たら、私はきっと気弱な男と強気な女にこう言わせるだろう。
「悪く思わないでください」
「思うわ」

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