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小説 ノウズ (前編)

割引あり

2023年2月 Twitterで小説を募集という投稿を見た。
私はその投稿を見て、小説を書きたい、応募したいと思ってしまい、全てはじめてでしたが、昨年の5月末の締め切りまで挑戦してみることにしました。結果は 落選 してしまったのですが、登場人物だったり、実際にあったエピソードも加えたりしましたので、せっかくなのでお披露目です~
もし、ご興味ありましたら、読んでみてください!

代官山の美容師さんとCGクリエイター達のお話しです!
甘井萌乃( あまい もの )



第1章 3ds Max 

彼女に似合う髪型を私は知っています。
という意味で美容室の名前は「She knows…」(シーノウズ)にした。
私はその店の美容師『 篠塚 悠莉奈 』。アランイランのオーナーから店を譲ってもらった事で、経営者になったのだ。別の言い方をすると、36歳で店を買い取った。そう、36歳で大きな借金をした事になる。

アランイランからシーノウズに名前を変えたのは、自分の店として、新なスタートを切りたかったからだ。早いもので独立してもう8年が過ぎた。8年間でスタッフの入れ替えは色々とあり、今は、独立当初から一緒に働いている石山君(通称 イッシー)と二人でなんとか回している状態だ。私のこだわりのパッツン前髪は石山君にカットしてもらっていて、石山君がいるだけで色々と心強い。

シーノウズのある場所は、渋谷と恵比寿と代官山のちょうど真ん中あたりで、どの駅からも10分以上はかかる小さな3階建ての建物だ。
地名でいうと、猿楽町。

1階は、元アパレルの中本麻美さんが脱サラして経営を始めたBar Asami。歳は私の2つ上で、私は中本麻美さんを、バーのママだから「ママ」と呼んでいる。パセリたっぷりのカレーを提供しており、かわいらしいパセリのようなパーマヘアが特徴だ。ちなみに、かかりつけの美容室は私の店ではない。ママは、元アパレルだけあって、ファッションもインテリアも料理もセンスが抜群だ。おまけに性格も素晴らしい人間だ。

シーノウズは、2階と3階、そして屋上となっている。2階が受付スペースであり、3階には接客のスタイリングチェア5席とシャンプー台2席が配置されている。3階の一部の壁は、鮮やかなピンク色に石山君と私が塗った。

Bar Asamiの出入り口は飲食店が並ぶ道路側にあるのに対し、シーノウズに行くには、建物の裏側に周ってスチールの階段を上がらないと行けない。そのせいか、新規のお客様のほとんどの人が道に迷う。Bar Asamiの前から電話をしてきて「入口がわからない」と連絡がくるのだ。けれど、一度来てもらえたら、隠れ家のように気に入ってもらえるので、私はこの場所で、ずっと美容師をしていたい。

お客さん達は、私の事を「篠塚さん」と呼ぶ。ただし、特別な存在の一人、持田きな子さんだけが私の事を「悠莉奈さん」と下の名前で呼んでくれる。
最初に名前で呼ばれたのは、私がまだアシスタントの時だった。カットデビューに向けて、マネキンの髪の毛を切って練習していると、彼女が声をかけてくれた。
「悠莉奈さん、がんばってる?」
と。いつも甘いものを差し入れてくれ、近くのセブンイレブンで買ったチロルチョコの「きなこもち」は  もちだきなこ の定番だった。

きな子さんの髪は直毛で、毛の量がとっても多い。歳は、ママと同じで、私の2つ上になる。チロルチョコを配っていた時期は、恵比寿にある建築パース屋さん(株式会社オルト)に努めていた。通勤の行きは電車だが、帰りは渋谷駅まで歩くのが、彼女のスタイルだ。
その途中でアランイランを見つけてくれたのが私との出会いになる。カットデビューしてからずっと担当しているので、彼女に似合う髪型は私が一番知っているのだ。

ただし、彼女の仕事の業界についてはよく知らない。彼女に会うまで、『建築パース』という言葉は知らなかった。図面から3Dで立体にして形にするらしい。きな子さんはCG部に所属していて毎晩のように残業していた。そして、建築CGという業界で38歳の時、独立したのだ。私と同じタイミングだったから、きな子さんも8年目だ。色々と共感できる事が多く、合コンや旅行などプライベートも過ごしたので、お客さん以上、親友未満の間柄になれたと私は思っている。私もママも、きな子さんも三人とも彼氏はいるが、独身で、只今人生を楽しみ中である。

 2019年 3月3日(日)
「良かったら、石山君と食べて」
と言って、きな子さんは、差し入れを持ってきてくれた。
頂いた小さな箱には、虎のイラストが描いてあり、私はすぐに喜んで受け取ってしまった。
「わ~い、とらや じゃないですか?」
箱の中には、桜餅がふたつ入っている。そうか、今日はひな祭りだ。
「あと、これは招待状。ぜひ来てね」
招待状は私にだけくれた。それは2週間後のパーティーの案内だった。

きな子さんが帰ってから、招待状を見ながら、桜餅を頂いた。
私の好きなこしあんだ。実に上品な甘さである。招待状には、自己紹介のブレゼンをお願いします。(プロジェクター完備)と記載されていた。

私は、きな子さんのアイディアにクスっと笑った。それにしても、プロジェクターを使うようなプレゼンなんて生まれて一度もしたことがない。食べかけの桜餅を持ちながら、ポカンと口を開けていた時、石山君から紙芝居の提案が出た。なるほど、紙芝居なら私でも出来る。
早速、翌日から自分プレゼンの紙芝居の準備を始めた。12色のマジックを使って、描いて、眺めて、練習して、毎日心が弾んだ。

 2019年3月25日(日) パーティー当日
A3サイズの紙芝居を持って、時間ピッタリに青山にあるバニラビーンズに行った。その日の、桜は八分咲きで、ちょうど良いお花見の時期だったが、気温が突然冬に戻り、残念ながら花の雨が降っていた。そんな天候にも関わらず、会場には40人くらいの人が集まっていて、主役のきな子さんは桜柄の着物を着ていた。私を見つけると、
「あ、悠莉奈さん、来てくれてありがとう。楽しんで行ってね」
ポンポンと、私の肩を叩いた後、同じ言葉を色んな人にかけて走り周っていた。まるで、きな子さん自信が桜風吹のようだ。

きな子さんは、また、私の所へ戻って来てくれ、パーティーの司会の女性を紹介してくれた。きな子さんのビジネスパートナーらしい。その人も着物を着ていたので、どうして着物なのか聞いてみると、二人で合わせたそうだ。司会者を紹介してくれたおかげで、私は、知っている人はきな子さんだけだったが、緊張せずに過ごす事が出来そうな予感がした。

きな子さんが、出版した本は「3ds Max建築CGマスター」という本で、CG業界の人が使っているソフトで、その使い方が初心者にもわかるように丁寧に記載されているそうだ。その本の通りに操作して制作すると、CGパースというのが描けるのだ。隣にいた人がその本を持って来ていたので、見せてもらうと、豆腐のような白い四角いお家の作り方が載っていた。ページをペラペラめくると244ページもあった。

パーティーは、CG業界の人の集まりであると、数人のプレゼンを観る事で、その事が解った。一昨年、話題になった映画『ビックゴリラ』の制作に携わった人もいた。その人達は、スタジオエイトと言って、林明さんと梨沙さん夫婦二人で制作していると言う。会場にいるほとんどの人が見ている映画だった。きっと、CG業界では有名なのだろう。
私は、見ていなかったので、その場でスマートフォンを使って検索すると、映画『ビックゴリラ』は、公開から10日間で、観客動員数70万人、興行収入は8億6千万円と過去のニュースの記事が出て来た。

よりによって、その夫婦の素晴らしいプレゼンの後に、私の自己紹介プレゼンの出番がやってきた。私は、紙芝居を左の脇に挟み、みんなの前に出た。
右手でマイクを持つと、やっぱり緊張する。もう一杯お酒を飲んでおけば良かったと思ったが、ここまで来たらやるしかない。一度咳払いをして声を出した。

「はじめまして。持田きな子さんの髪を20年切っている、美容師の篠塚悠莉奈です。代官山でシーノウズという美容室をやっております。みなさんみたいにCGとか映像は流せないので、今日は紙芝居を描いてきました。クイズも作ったので、ぜひ参加してください」
会場の人は笑顔になり暖かい拍手をしてくれた。すると、司会者は、私の脇に挟んだ紙芝居に気が付き、めくる係をすると目で合図して取ってくれた。

みんなの視線が、私ではなく紙芝居に向く。

一枚目の表紙には「She knows…」マジックで描いてあり、なんとか目立っている。2枚目からは「美容室クイズ」でプレゼンを始めた。

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