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工作のカレー

「おにぎりと竹とんぼは買うもんじゃあない、自分で作るべきもんだ。楽しいぞ。」
どこかで目にしたそんな言葉に惹かれて、目黒区美術館で開催されていた『DOMA 秋岡芳夫展 ーモノへの思想と関係のデザイン』に僕が行ったのは2011年の秋のことだった。
「立ち止まったデザイナー」を名乗っていた秋岡芳夫さんは、童画家、工業デザイナー、生活デザイナー、木工家、プロデューサー、道具の収集家など多彩な顔を持ち、伝統と現代を融合させるそのユニークでユーモアのある思想と方法論は多くの人々に影響を与えてきた。1957年、金子至、河潤之介とKAKデザイングループを設立し、約3,000点の工業製品を手がける。70年、東京・中野で有志のサロンを母体にグループモノ・モノを創始。「消費者から愛用者へ」「裏作工芸」などのアイデアを生活者に提案するとともに、全国各地の手仕事の復興に力を尽くした。
その時の僕は、2000年代を過ごした東京を離れ、新しい暮らしと仕事の仕方を求めて飛騨に移ったばかりだった。

2017年、春。「秋岡芳夫のDIYデザイン」というトークイベントが中野のギャラリー『モノ・モノ』であり、僕はそこに足を運んだ。イベントは秋岡さんらが1953年に出版した日曜大工の入門書『アイディアを生かした家庭の工作』をテーマにしたものだった。生活が貧しかった1950年代、デザイナーは何をなすべきか。秋岡さんらが考えたのは製品をデザインすることではなく、すぐれたDIYデザインを庶民に提供し、少ない材料と予算で暮らしを豊かにすることだった。
イベント会場の『モノ・モノ』は、秋岡さんが創設した生活デザイン運動の拠点で、現在は木の器と家具のショップ&レンタルスペースとして運営している。その4代目代表を務めているのが、リトルプレス『Crafter』の編集発行人でもある編集者でライターの菅村大全さん。その時はじめてお会いした菅村さんは、とても柔らかい空気を纏った人だった。デザイナーでもクラフトマンでもない菅村さんが秋岡さんの思想を次世代につなげる活動をしていることに、僕は勝手に強い親近感と共感を覚えた。

2019年、春。菅村さんから連絡をもらった。今度『アイディアを生かした家庭の工作』をリメイクしたDIY書籍『杉でつくる家具』を出版する、その巡回展とワークショップを飛騨でやりたいので一緒に企画してほしい、という話だった。
そしてその年の夏に開催した『杉のDIYデザイン展 in 飛騨』。展示やトークショーの他、一般向けのDIYワークショップではなく木工経験者を対象とした「インストラクター養成講座」をすることにした。飛騨は家具の産地であるため、木工に精通した人が多い。せっかくなら1回だけのワークショップではなく、もっと杉のDIY家具のことや秋岡さんやグループモノ・モノの思想を広めていくことができれば、と思った。当日は飛騨の木工作家さんや大工さんの他、全国からたくさんの人が参加してくれた。

講座終了後の交流会で、僕はカレーを作って出すことにした。不器用で面倒くさがり屋で、家具も竹とんぼも作れないけれど、カレーは作れる。せっかくなら秋岡さんをイメージしたカレーを作ろうと思って、菅村さんに秋岡さんの好物だったものを聞いてみた。すると菅村さんから「秋岡さんが好きだったのはサントリーオールドです。空き瓶を竹トンボのスタンドに使うため、大量に飲んでいたようです」と返ってきた。
サントリーオールドを使ったカレーはうまく作れそうにない。考えた結果、イベントのコンセプトに合わせて「DIYカレー」をつくることにした。自分でスパイスを調合して材料を調理して作ってもらう(Do It Yourself)カレーも考えたが、懇親会で酔っ払った木工関係者はそんなことをしてくれそうにない。そこで、大根と鰯をメインの具にしたスパイスカレーをつくってゆず胡椒を添えた。語呂合わせで「D(大根)I(鰯)Y(ゆず胡椒)カレー」だ。カレーはすぐに売り切れ、懇親会は夜中の3時まで続いた。

菅村さんに聞いてみたことがある。いまやっている活動が秋岡さんの思いと合っているかどうかはどうやって判断しているのか。「もしいま秋岡さんが生きていたら、こんな企画をしたら面白がるんじゃないかな、喜んでくれるんじゃないかなと思うことをやっています」と菅村さんは穏やかに答えてくれた。

秋岡さんは言っている。「工作というのは、手と頭を運動させて連動させてクリエーティブにものを作ること。そういう意味では「おにぎりをむすぶ」のもりっぱな工作といえます。思いやりを持って、だれが食べるのかを頭に入れて、ご飯の量、なかに入れる具の量を加減するーそれはりっぱな工作だと思います。」

僕にとっての工作のカレー。秋岡さんは面白がって、喜んでくれるだろうか。僕の周りでは、みんなそれぞれの工作をしながら楽しく暮らしている。

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