松本剛

森と木と人をめぐる仕事をしています。本とカレーとらっきょう好き。 ここでは仕事を通じて…

松本剛

森と木と人をめぐる仕事をしています。本とカレーとらっきょう好き。 ここでは仕事を通じて出会った森に集う人たちのことをB面的に書いています。

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森の仕事をしているけれど

そのカフェは吉祥寺駅近くの路地裏の古いビルの上にひっそりとあった。森の中の臆病な動物たちが隠れる木の洞(うろ)のような、東京の街の僕の避難場所だった。 残念ながら昨年末にお店が閉店してしまうことが決まり、久しぶりに立ち寄った。その日は「靴下まつり」という手編み作家たちの展示会をしていて、店内には天井から大量の靴下がぶら下がっていた。靴下は蔦のようで店はますます洞のようだった。 ドアを開けると厨房の中から、毛糸の帽子を被ったオーナーのあけみさんが顔を出す。「あら、久しぶり。とこ

    • アカマツ

      築110年の古民家を改装した僕らのカフェの中庭には二本のアカマツが生えている。5年間にこの建物を譲り受けてからずっと手入れをしないままでいたら、最近どんどんと元気がなくなってきて、枯れかけてきたように見える。さすがにこれは放っておけないと、庭師の宮前さんに来てもらった。 宮前さんが言うには、上の方の小枝や葉っぱが混みあって光合成や呼吸ができなくなっていて、中の方から枯れ始めている。今はまだ大丈夫だけど、このままの状態で放っておくと枯れてしまう可能性が高いという。 そこで、宮前

      • 玄関の扉を少しだけ開けておいて

        3か月ぶりに町をでた6月の雨の水曜日。くらがり渓谷をぬけて向かったのは、岡崎市千万町町に今月オープンしたばかりのネパール喫茶『茶流香』。 いつか森の中でカレー屋をやりたい僕は、知人のブログでこのお店のことを知って興味を持った。たまたま近くで泊まりの仕事が入ったので、その前の昼ごはんに行ってみることにした。知人のブログには「とにかくグーグルマップにも、もちろん食べログにも載っていない。そもそも店の看板がない。空き家を改造したというが、幹線道路にも面していないし、近づいても店と

        • あなたは何でもできるから

          300年生の吉野杉の森を案内してくれた木工作家の平井さんは、素敵な家具を杉でつくっている。アート作品と言った方がふさわしいような美しい流麗なフォルムの家具。だけど、平井さんはその杉のことを「面白くない」と言う。 平井さんは大学で建築デザインを専攻し、卒業後は、大手建設会社でオフィスビル等の設計をしていた。しかし自らの手でものづくりをしたいという思いから木工を志し、2年間飛騨の木工職人養成学校で木工の基礎を学び、その後3年間アイルランドの個人工房で修行を積む。そこで造形作家ジ

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        森の仕事をしているけれど

          でも時に宿る魂が大きすぎることがあって

          大きな川が流れる山間の小さな町、奈良県吉野町に行ってきた。そこは500年の歴史を持つ日本最古の林業地と言われている。 昨年秋に吉野町のみなさんが僕らの町に来てくれて、早速今度は僕らが吉野町に行くことにしたのだ。吉野町で大きな製材所を営む石橋さんにお世話になり、建築家の長谷川豪さんとAirbnb共同創業者ジョー・ゲビアのコラボレーションによって建設された「吉野杉の家」に泊めていただき、その夜は関係者のみなさん集まって宴会をしていただいた。翌日は木工所や、吉野杉の学校机を毎年生徒

          でも時に宿る魂が大きすぎることがあって

          木の形

          僕らが皮をむいて裸にした曲がった木たちを、AR建築の専門家の住友さんが吊るして3Dスキャンしてデータにしてくれた。 ハンディ型の3Dスキャナを手に持って木との一定の距離とスピードを保ちながら、時間をかけて少しずつ、舐めるように、でこぼこした曲がり木の有機的な形をなぞる。住友さんが舐めとった木の形がデータになってケーブルを通ってPCにおさまっていく。僕らが何度も見て写真も撮って、触って運んで皮までむいてよく知っていたはずの木の、本当の形を知る。木全体の三次元のねじれ具合や、木肌

          後生枝がいっぱい

          「では、次に失敗作の森を見に行きましょう」と新田さんは言った。 昨年秋から僕たちは、広葉樹の森や製材所、木工房をめぐるツアーをしている。森の案内はいつも森林組合の新田さんにお願いしている。広葉樹の森の特性や、持続的に木材を使うための手入れの仕方の説明をしてくれる新田さんは強面で義理人情に厚い。スイスのフォレスターに教えてもらったやり方をもとに試行錯誤している。 将来お金になる真っ直ぐな太い木を育てるには、近くの邪魔になる木を伐ってどけて光を当ててあげる。ただし、一気に光があ

          後生枝がいっぱい

          木をもてなす場所

          「りんごの木を薪ストーブで燃やすと、アップルパイを焼いているような香りがするんです」 武田さんは木の板の山の前で積まれたりんごの木を前に教えてくれた。「お客さんが来た時におもてなしのつもりで燃やしていると、お客さんの方はいつアップルパイが出てくるのか期待してしまって、結局出てこなくてがっかりされたって話を聞きましたけど」 三重県大台町の武田製材の武田さんは、森の木だけではなく、街路樹、庭木、公園の木、神社の木、果樹園の木など何でもかんでもいろんなところから集めては板に挽く。

          木をもてなす場所

          丸の内の朝、奥多摩の夜

          2014年春のある時期、僕は毎週火曜日に『丸の内朝大学』の講座のために朝6時半に丸の内に「出勤」していた。 『丸の内朝大学』は、丸の内周辺のビジネスパーソンを対象にして開かれる朝7時半から8時半までの市民講座。専門的すぎたり資格取得を目指すような講座はあまりなくて、東京で暮らす人たちが日頃から気になっているテーマのさわりの部分を教えてくれて、生活を変えるきっかけを与えてくれる。 そこで僕らの会社が「東京の森」をテーマに講座をさせてもらうことになった。企画の打合せをしている時、

          丸の内の朝、奥多摩の夜

          皮をむく

          「愛の実体を追求しすぎることは、ラッキョウの皮をむくようなもので、ムキすぎると無くなってしまいます。」(伊藤整『女性に関する十二章』) 僕は、毎年夏になるとらっきょうをむくワークショップをしている。ふとしたことから、故郷の名産品であるらっきょうの不人気ぶりを知り、売れないアイドルを応援し続けるファンのような気持ちで、全国各地でらっきょうをむいて洗って漬けるワークショップをもう10年近くもやっている。手間がかかるつまらない皮むき作業もみんなでおしゃべりしながらやれば楽しいよ、

          皮をむく

          アイスクリームが溶けないうちに

          昨年の秋の週末、奈良県吉野町の木材関係者8名が視察に来てくれた。吉野町と言えば「吉野杉・吉野檜」で有名で、500年の歴史を持ち、戦後の日本林業のモデルともなった場所。 彼らはものづくり施設や製材所の視察の他に、僕らのものづくりプログラムを実際に体験してみたいということで、木のアイスクリームスプーンづくりワークショップをしてもらった。家具の端材の様々な広葉樹の板をレーザーカッターで加工して小さなスプーンの型を作っておく。スーパーやコンビニでアイスクリームを買うとついてくるくびれ

          アイスクリームが溶けないうちに

          工作のカレー

          「おにぎりと竹とんぼは買うもんじゃあない、自分で作るべきもんだ。楽しいぞ。」 どこかで目にしたそんな言葉に惹かれて、目黒区美術館で開催されていた『DOMA 秋岡芳夫展 ーモノへの思想と関係のデザイン』に僕が行ったのは2011年の秋のことだった。 「立ち止まったデザイナー」を名乗っていた秋岡芳夫さんは、童画家、工業デザイナー、生活デザイナー、木工家、プロデューサー、道具の収集家など多彩な顔を持ち、伝統と現代を融合させるそのユニークでユーモアのある思想と方法論は多くの人々に影響を

          工作のカレー

          遠くで家具を売る人

          隣町で木工房を営む阿部さんから頼まれて、千葉県から来る家具屋さんを森に案内することになった。 阿部さんの工房では飛騨の木で一枚板や接ぎ板のテーブルを作って全国の家具屋さんに納めている。千葉の家具屋さんもその取引先のひとつ。お客様のゆたかな暮らしとそのための出会いをつくることを標榜しているお店だ。 テーブルの天板には、「一枚板」といわれる大きな板そのままのものと、「接ぎ(はぎ)板」といわれる複数の板を接着剤などで接ぎ合わせたものがある。一枚でテーブルになるような大きな板がとれる

          遠くで家具を売る人

          リバース・ビーチ

          2020年。年があけたばかりの雨の日、僕の眼の前で一本のブナの木が剥かれていた。 大きな大根のかつら剥きのように、直径30センチのブナの丸太がくるくる回って剥かれ、突板と呼ばれる薄く大きな木のシートが次々と出てくる。木から流れ出した水が大きな川になって流れていくみたいに。 ブナ(ビーチ)は、その雄大で美しい姿から「森の女王」と言われる。ブナの木肌はきめ細かく木目も穏やかで控えめ、上品で明るい雰囲気を作りだす。一方、その優しい印象からは想像できないほど硬さと粘りがある。 また

          リバース・ビーチ

          スプーン採集

          僕はいつか森の中で小さなカレー屋さんをやりたい。『おりょうりのもり』という絵本があって、女の子が森の中を歩いていくと、フライパン、お皿、フォークのなっている木があって、そばにはスプーンの花が咲いている。そこに卵のきのこも生えてきて、たまご焼きを作って森の動物たちと食べるお話だ。そんな森でカレー屋さんをやりたい。 造形作家の貝山伊文紀さんは、木の枝が自然に作り出す美しい形に着目し、山や沢や街で採取した木の枝でアート作品や日常の道具をつくっている。僕はその作品が大好きで、貝山さ

          スプーン採集

          僕はわりばしワーリー

          誰しもが物語の主人公に自分を重ね合わせることはあると思うけれど、割り箸のキャラクターに感情移入することは珍しいのかもしれない。だけど、その時の僕にとってその割り箸以上に共感できるものはなかった。 2013年当時、僕は国産割り箸の営業をしていて、名だたる大手外食チェーンやコンビニから個人経営の小さな居酒屋やカフェ等を回っていた。大手はすでに導入していたエコ箸という名の樹脂箸からの切り替えを嫌ったし、そうでないところも安価な海外産の割り箸よりも1円高いだけで採用してくれなかった

          僕はわりばしワーリー