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ヴィトルド・ゴンブロヴィッチ『ポルノグラフィア』におけるパロディ

はじめに

『ポルノグラフィア』は、ポーランドの文学者、ヴィトルド・ゴンブロヴィッチの小説で、原文は1960年に出版されました。
ゴンブロヴィッチは近代のポーランド文学において重要な存在であり、その著作は独自の視点と深い洞察を提供しています。
日本ではまだ主流ではないかもしれませんが、その文学的な寄与は見逃せないものです。

この記事は、『ポルノグラフィア』について、以下の論文を基に、そのパロディの構造と意味を探求することを目的としています。
ゴンブロヴィチの作品に興味がある人や、パロディの文学的な効果について学びたい人は読んでいただけたらなと思います。

Głowiński, M. (1981). Constructive Parody: Gombrowicz's" Pornografia". Literary Studies in Poland, 7, 27-46.


『ポルノグラフィア』のあらすじ

『ポルノグラフィア』は、第二次世界大戦中のポーランドを舞台に、二人の中年男性が若い男女の間に恋愛関係を仕組もうとするという物語です。
しかし、彼らの計画は思わぬ結果を招き、彼ら自身の人間性と道徳を問い直すことになります。

『ポルノグラフィア』の背景

『ポルノグラフィア』は、ゴンブロヴィッチが得意とするパロディの手法を駆使されています。
伝統的な小説の形式やジャンルを模倣しながら、その中で新たな意味を生み出し、読者に深い洞察を提供します。
この記事では、そのパロディの構造と意味を詳しく解説し、ゴンブロヴィッチの作品をより深く理解するための一助となることを目指しています。
どうぞお楽しみください。

パロディ

パロディとは

他のテキストや文化的な要素を模倣し、風刺的、批判的、あるいは敬意的な効果を狙って変形したテキストや作品のことです。
パロディは、元の作品との対話や距離を生み出し、その意味や価値を問い直すことができます。

パロディの分類

パロディは、その目的や手法によって、さまざまなタイプに分けられます。
たとえば、元の作品を滑稽化する喜劇的パロディ、元の作品を批判する風刺的パロディ、元の作品を称賛する敬愛的パロディ、元の作品を再解釈する創造的パロディなどがあります。

パロディの歴史と役割

パロディは、古代ギリシャやローマの文学から現代まで、さまざまな時代や文化で用いられてきました。
パロディは、文学的な伝統や慣習に対する反抗や批判の手段として、また、新しい表現や思想の創造の手段として、文学の発展に貢献してきました。
現代文学では、パロディは、多様化した文化やメディアの影響を反映し、テキスト間の関係や相互作用を強調することで、文学の可能性や限界を探る役割を果たしています。
たとえば、パロディは多様な文化やメディアの影響を反映し、それらを模倣することによって、現代社会や文化の様相を描写します。
これにより、文学が現代の複雑な文化状況に適応する手段となります。

ゴンブロヴィッチのパロディ

ゴンブロヴィッチは、ポーランドやヨーロッパの文学的な伝統やジャンルをパロディ化し、その形式や内容を否定的にではなく、建設的に変容させました。
ゴンブロヴィッチのパロディは、人間の未熟さや不完全さを肯定し、人間関係や世界観の再構築を巧妙に試みました。
そのパロディは初めは無意味であるかのように見えますが、実際には深い洞察と独自性に満ちたものでした。
読者に対しても、ゴンブロヴィッチのパロディは、テキストや文化に対する距離を生み出し、批判的な視点を促進しました。

『ポルノグラフィア』におけるパロディの構造

『ポルノグラフィア』でパロディされている文学的なモデルやジャンルは、主にガウェーダ(ポーランドの伝統的な口承文学)、ジェントリー・ロマンス(ワルター・スコットの影響を受けた歴史と恋愛を結びつけた小説)、ピカレスク小説(放浪する主人公の冒険を描いた小説)です。
これらのモデルやジャンルは、ゴンブロヴィッチの文化的な背景やテーマに関連していますが、同時に彼のパロディの対象となります。

ゴンブロヴィッチは、伝統的な小説の要素を空洞化し、否定し、再構築するために、以下のような手法を用いました。

物語の始まり

『ポルノグラフィア』は「もう一つ私の冒険譚をしよう、これはわが身に起きた事件のなかでおそらく最も宿命的なものである。」という古風な口調で始まります。
これはガウェーダの典型的な手法ですが、同時に読者との距離を作り出し、パロディの世界に引き込みます。
『ポルノグラフィア』は直接的な接触ではなく、時代や文化の隔たりを示しています。

二重の筋書き

『ポルノグラフィア』は、歴史的な出来事と恋愛の筋書きを結びつけるジェントリー・ロマンスのパターンに従っていますが、その内容は伝統的なものとは逆転しています。
歴史的な出来事は、ナチスの占領下でレジスタンスの一員であるシェミャンの暗殺計画であり、恋愛の筋書きは、都会からやってきた二人の紳士が、カロルとヘニアという若い二人を強引にくっつけようとする陰謀です。
両方の筋書きは、最後に犯罪として結びつきますが、それは英雄的な行為や結婚式とは対照的です。
伝統的な構成とは異なり、両方の筋書きは不自然で人為的に結びつけられており、パロディの効果を高めています。

ピカレスクな要素

『ポルノグラフィア』には、ピカレスク小説に由来する要素も見られます。
たとえば、物語の語り手であり主人公であるヴィトルド・ゴンブロヴィッチは、社会的な地位や目的が不安定であり、冒険心に富んだ人物として描かれています。
ゴンブロヴィッチは自分の世界をリアルに経験するのではなく、自身のデザインに従って塑造しようとするキャラクターです。
彼の物語は一連の緩やかなエピソードとして描かれており、これらは統合されたシステムとしてではなく、個々の出来事として提示されています。
ゴンブロヴィッチは自らの冒険を伝えることに価値を見出し、これが彼の未熟さや若さへの憧れを示しています。

さらに、もう一つのピカレスクなキャラクターであるカロルが登場しますが、彼は物語の中で主題ではなく、二人の紳士によって操られる対象となります。
ゴンブロヴィッチは物語の構造の中でピカレスクな要素を意識的に取り入れており、これは予想外のアプローチと言えます。

空洞化した叙事

『ポルノグラフィア』は、小説としてのジャンルや叙事を全体的にパロディ化しています。
ゴンブロヴィッチは、従来の小説のテクニックを取り入れつつ、その本来の役割を転覆させています。
たとえば、登場人物の性格描写や一般的な文章は、標準的な書き方のパロディでありながら、同時に作者のテーマを表現する手段として機能します。
また、会話は、は登場人物の感情や個性を示すのではなく、むしろ相互作用やゲームの要素として組み込まれます。
これにより、会話は文字通りの意味だけでなく、他の可能性の具現化として捉えられます。

さらに、外部世界の描写も、物語と直接関係のない細部や風景で満ちていますが、これらは雰囲気を形成するだけでなく、伝統的な小説のモデルを引き合いに出し、パロディの一部となります。
ゴンブロヴィッチは、昔は統一的で機能的だった構造を分解し、否定し、再構築することで、自身の独自のスタイルを築き上げたわけです。

パロディの意味と効果

パロディは、ゴンブロヴィッチの作品において、伝統的な小説の形式やジャンルを引用しつつ、その機能や正当性を拒絶する巧妙な手法です。
このアプローチは、古典的な小説のモデルを空洞化し、その要素を自分のテーマや構想に適合させるための素材として利用します。
ゴンブロヴィッチの思想や美学を具現化する上で、パロディは建設的な手段として機能しています。

パロディは、ゴンブロヴィッチの作品において、主題的な役割や読者への影響をもちます。
彼の重要視する人間関係や相互作用、未熟さや青年性、形式と距離といったテーマを提示するための手法となります。
読者に対しては、伝統的な小説の読み方や解釈法を再考させながら、作品の多層性や曖昧性、逆説性や狂気性を味わわせます。

感情的な面でも、パロディはゴンブロヴィッチの作品において大きな影響を与えます。
パロディによって、ユーモアや批判性を盛り込むことで、読者に笑いや驚き、挑発を提供します。
また、距離感や緊張感をもたらし、読者を引きつけたり遠ざけたり、不安にさせたりします。
パロディを通じて、作品に対する読者の態度や感情が揺さぶられ、変容する瞬間が生まれます。

このように、パロディには既存の文学やジャンルに対する独自のアプローチや否定的なスタンスがあり、これがゴンブロヴィッチの作品において新しい思想や美学を形成し、読者に対して深い影響を与えるのです。

論文の著者の感想と評価

今回内容を紹介した論文の著者であるミハウ・グウォヴィンスキ氏は、『ポルノグラフィア』に対するゴンブロヴィッチの深い理解と敬意を示しています。
その手法としてのパロディを通じて、彼が小説や言語といった媒体を批判的かつ創造的に再構築し、自身の思想や美学を見事に表現しているとグウォヴィンスキ氏は評価しています。
ゴンブロヴィッチの作品は、読者にとっても挑戦的で魅力的な存在であると述べられていました。

その他、グウォヴィンスキ氏は以下のように語っていました。

パロディの多層性

グウォヴィンスキ氏は、ゴンブロヴィッチが古典的な小説の形式やジャンルを借用し、それらを否定的にも肯定的にも利用することで、自分のテーマや問題を表現する方法を「構成的パロディ」と呼んでいます。
グウォヴィンスキ氏は、ゴンブロヴィッチの作品が読者にさまざまなレベルで読ませることで、パロディの効果を高めていると指摘しています。

空虚な叙事詩の原理

グウォヴィンスキ氏は、ゴンブロヴィッチが小説の伝統的な要素を多用しながら、それらが本来もっていた機能や正当化を奪うことで、小説というジャンル自体を問い直す方法を「空虚な叙事詩の原理」と呼んでいます。
グウォヴィンスキ氏は、ゴンブロヴィッチが小説的な要素である描写や対話を、彼自身の作品の構造や意味とは無関係に使ったり、逆にそれらを強調するためにパロディを活用していると分析しています。

言語と人工性

グウォヴィンスキ氏は、ゴンブロヴィッチが言語を自分の作品の主題として扱っていることを強調しています。
グウォヴィンスキ氏は、ゴンブロヴィッチが言語を自然なものではなく、人間の関係や世界の構築において人工的な役割を果たすものとして捉えていると述べています。
グウォヴィンスキ氏は、ゴンブロヴィッチが言語の様式や慣習をパロディとして扱うことで、言語の人工性を暴露し、その可能性や限界を探求していると評価しています。

まとめ

『ポルノグラフィア』は、第二次世界大戦中のポーランドを舞台に、中年の男性たちが若い男女の間に恋愛関係を仕組もうとするが、思わぬ結果に直面し、人間性と道徳を問い直すというストーリーです。

ゴンブロヴィッチの作品におけるパロディの背景として、彼の得意とする手法が挙げられます。
伝統的な小説の形式やジャンルを模倣しながら、新たな意味を生み出し、読者に深い洞察を提供することがゴンブロヴィッチの特徴です。
今回紹介した論文では、そのパロディの構造と意味を詳細に解説し、ゴンブロヴィッチの作品を理解する手助けを提供することを目指しています。

ゴンブロヴィッチのパロディは、『ポルノグラフィア』においてポーランドやヨーロッパの文学的な伝統やジャンルを対象にし、それらを否定的ではなく建設的に変容させました。
彼のパロディは人間の未熟さや不完全さを肯定し、人間関係や世界観の再構築を試みました。
また、読者に対してはテキストや文化に対する距離を生み出し、批判的な視点を促進しました。

『ポルノグラフィア』におけるパロディの構造は、物語の始まり、二重の筋書き、ピカレスクな要素、空洞化した叙事などを含んでいます。
これらの手法は、伝統的な小説の要素を分解し、否定し、再構築することで、ゴンブロヴィッチの独自のスタイルを生み出しました。

さらに、グウォヴィンスキ氏はパロディの多層性、空虚な叙事詩の原理、そして言語と人工性に注目しています。
これらの要素は、ゴンブロヴィッチが小説を通じて言語や文学の本質を追求し、人間関係や社会における人工性を浮き彫りにしていると指摘しています。

総括として、ゴンブロヴィッチの『ポルノグラフィア』におけるパロディは、文学的な伝統やジャンルに対する新しいアプローチと否定的なスタンスを組み合わせ、独自の思想や美学を具現化しています。
読者にとっては、パロディがテキストと文化に対する新しい視点を提供し、深い影響を与える要因となっています。


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