見出し画像

啓蟄 * お供えのフルーツが芋にかわる頃

咲き始めた桃の花を、つがいのひよどりがあちこちつついて、花びらがぱらぱらと落ちてくる。彼らはヒーヨヒーヨと通る声で盛んに喋るのですぐ分かる。この声が聞こえ出すと、神様への果物のお供えがしばらくの間、芋類に変更になる。

なぜかというと、雑食で比較的体の大きいひよどりは、神様にお供えした果物をあっというまに食べてしまうからである。夏みかんなどの柑橘類は中身をくり抜いたようにきれいに食べられ、りんごも彫刻家が削ったように細くなっている。そして彼らは食べながらふんをするので重要文化財が傷む。というわけで彼らが食べない芋類を果物に代えてお供えする。

毎日の散歩ルートにご近所の神社参拝を組み込んでいる人は、気づくことがあるかもしれない。
「あれ、このお宮さん、最近お供えが、じゃがいも一辺倒だな」
「いや、さといも・じゃがいも・さつまいもをループしてる」
と。
それは99%鳥事案によるものだと得心していただきたい。

4月も後半の巣作り開始の季節になると、境内にある紙類がひよどりに持っていかれる。灯籠の窓にぴっちり貼ってある半紙にくちばしでプスっと穴をあけ、そこからビリビリ破いて持っていく。人間だって障子に穴を開けるのは楽しい。灯篭の窓にぴっちり貼られた半紙に穴を開けるのはひよどりにとっても快感なのだろう、何やら楽しげだ。

基本いつも楽しげなひよどりだが、一生懸命を丸出しにしていることもある。それは頭の毛が逆立っている方=オスが、紙垂しでをくちばしで引っ張って取る時。

紙垂というのは、白い紙に切り込みを入れてイナズマ形に折り、注連縄から垂らして結界を示したものである。キュウキュウに注連縄にはさんであり、少々の風では飛ばない。もちろん鳥の力で抜き取るのは容易ではないから、破り取ることになるが、それも結構な力と器用さが必要である。だからオスのひよどりは一生懸命が丸出しになってしまう。逆立っている頭の毛がボサボサ揺れて、まるで芝居の大きい役者のようだ。それでも紙垂を狙うのは、その形状と質感がたいへん良いからだと思う。

ひよどりの巣は9割方木の枝で組まれているが、あとの1割は様々な素材が編み込まれている。飛行中に見つけたものを持ち帰って彼らのセンスで使うのである。紙垂はいい塩梅に柔らかくて防水性もあり、しかもイナズマ形に折られているからくちばしで木の枝に編み込むのにちょうど良い。お布団的な部分にこの紙垂がクッション材として使われているのを、ある年に台風で落ちてきたひよどりの巣で見たことがある。

頭の毛が逆立っていない方=メスは、周囲を警戒しつつ、紙垂を引っ張るオスを監督している。オスはくちばしで紙垂を挟み、必死で引っ張る。5、6回引っ張ると、ついに紙垂が抜けた。オスはメスの方にくるっと向いて(デキタ!)と紙垂を見せる。メスは「ひよ、ひよ(よくやった)」と鳴く。

出たな紙泥棒!
私はその現場を撮影するためカメラを構えた。
するとメスが「ひょっ(させるかっ)」と言いながら飛び立った。
オスも慌ててそれに続くが、途中で紙垂を落としてしまった。

このあと2羽は枝から枝へせわしなく飛びうつりながら、
メス「ひよ、ひよ(取ってこいよ)」 
オス「ひよ、ひよ(無理っス)」
を繰り返していたが、わりと早くあきらめて飛び去った。そもそも渡り鳥であったせいか、ひよどりは気持ちの切り替えがうまい。

ひよどりだけではなく、鳥にとってはたとえ紙のように薄いものでも、何かをくわえて飛ぶというのは意外にむずかしいことのようで、境内を掃除していると、飛行中にものを落としてしまう鳥をしばしば見かける。ことに巣作りの春になると、鳥たちはいろんな材料を物色して巣に運ぶので、クリップ、卵パック、ビニール紐など、「どうしてこんなものが?」という物体が神域に落ちている。

さらに、咥えたものを「一旦置く」という行為もしばしば見られる。
ものを咥えてちょっと飛んでみたがこれはバランスが悪いぞと感じた場合、一旦置いて咥え直してからまた飛び立つのだ。

雀の一群が、楽しそうに飛んできた。
全員丸っこい。なかでも特に丸っこい一羽が、不用心にも私の5メートルほど先に着地。何か咥えている。ミミズだ。春になってちょっと地面に出てきたところを捕まってしまったのだろうか。

特に丸っこい雀は、(ちょっと一旦置いとこっか)といった丸っこい風情でミミズを地面に置いた。すると突然、視野の外からシュッとした雀が飛んできて、一瞬の隙をついてそのミミズを咥え、シュッとした飛行であっという間に遠くへ飛び去っていった。

特に丸っこい雀も、その仲間の丸っこい雀たちも慌てて飛び立ち、(待てー!)というようにシュッとした雀を追いかけたが、もうその姿は点のように小さくなっていた。

毎日のように境内で繰り広げられるプチ・ナショナルジオグラフィックである。

***

23歳の新米神職ふるぽんが、生まれ変わるなら何の動物がいいかと聞いてきた時、私は「鳥」と答えた。

えー、でも、いつもお腹空いてるんですよ、いつもえさ探してて。
で、えさみつけても、口ちっちゃいからそんなに食べられないんですよ。
歯、ないんですよ。ストレス溜まりそうじゃないですか?

と、ふるぽんが反論する。

いや、鳥は、お腹空いてる状態が気持ちいいんだと思うよ。
お腹空いて体が軽いな、いっちょ食べ物でも探すか。
って飛んでる時が最高にご機嫌なんだよ。
逆に、まんぷくで飛びにくいのとか、いやなんじゃないかな。

と私は答える。ふるぽんはまだ「そうかなー」と、納得していない。

言われてみれば自分がふるぽんぐらいの若いころ、お腹が空くと手が震えて字が書けないほど、空腹に弱かった。
学生時代、吉祥寺の有楽うらく食堂(料理の美味しい中華風飲み屋)でホールのアルバイトをしていた時は、まかない何がいい?と優しい店長に聞かれて、いつも「鶏肉の南蛮漬けお願いします」と答え、コッテリ美味しいそのおかずでご飯をまんぷくになるまで食べさせてもらって幸せだった。

でもいまは、体が軽いと感じる程度にお腹が空いている方が気持ちいい。まんぷくになるとちょっと気持ちがわるい。

もしかしたら鳥も同じかもしれない。若い鳥はいつもいつも腹が減って食べ物のことばかり考えているが、年を取ったらそんなに食べられなくなって飛行すること自体が気持ちいいという境地に達するんじゃないか。かもめのジョナサンみたいに飛ぶことにストイックなわけじゃない。ご近所を散歩するみたいに飛ぶ境地に。

ふるぽんは腹を空かせた若鳥だ。私は、飛行自体が気持ちいいフェーズに入った鳥だ。いつも楽しそうでいいですねって言われるのはそういうことだったのか。



二十四節気 啓蟄けいちつ 新暦3月6日頃

*百千鳥(ももちどり)
春が来ていろいろな鳥がやってくる。
名前を知ってるのも。知らないのも。
あちこちでさえずりが聞こえる。

*桃花水(とうかすい)
春に近づく雪国へ行き、散歩に出ると
山からじゃんじゃん流れてくる雪解け水の音がいつもしていて
耳が楽しい。
桃の花が咲く頃に流れ出す雪解け水には、桃花水という名がついている。







この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?