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軽度認知障害の人への予防プログラムの効果

認知症予防は、認知症の講演会を行うと必ずといっていいほど質問が来る人気のテーマです。これまでにもたくさんの研究がなされており、認知症予防ができるというような雰囲気もあります。実は予防効果があったというエビデンスは解釈が難しいのが現状です。

本日は、わが国で初めて!大規模にMCI(軽度認知障害)の人へ介入した研究から認知症予防の現状を探っていきたいと思います。

おさらいをすると軽度認知障害は、生活機能障害が出現していないが、検査を行うと認知機能が低下している状態を指します。健常でも認知症でもない状態です。
果たして認知症予防プログラムは有効だったのでしょうか?


J-MINT研究:軽度認知障害を有する高齢者における多因子介入プログラムの効果


研究概要

  • 発表日付: 2023年10月10日

  • 実施機関: 国立長寿医療研究センター、名古屋大学、名古屋市立大学、藤田医科大学、SOMPOホールディングス

  • 対象: 65歳から85歳の軽度認知障害を有する高齢者531名

  • 内容: 18か月間のランダム化比較試験

介入プログラム

  • 介入群: 生活習慣病の管理、週1回の運動教室、栄養指導、タブレットPCを用いた認知トレーニング(BrainHQ)

  • 対照群: 生活習慣病の管理と2か月に1回の健康情報提供

研究成果

  • 主要評価項目: 認知機能のコンポジットスコアに有意差なし

  • 特定サブグループ: アポリポ蛋白E遺伝子のE4多型保因者では、介入群で認知機能が維持

  • 運動教室参加率: 70%以上参加したグループで認知機能が改善

  • フレイル予防: 運動教室参加群では食物多様性、血圧、BMI、身体組成、運動機能の改善が見られ、身体的フレイルの割合が低下

発表情報

  • 2023年7月16日、AAIC2023(オランダ・アムステルダム)にて口述発表

今回参考にした資料


なお、今回は、以下のプレスリリースをもって読み解いていきました。

臨床試験の概要

J-MINT研究ホームページ

研究プロトコル



私の意見をご覧になりたい方は、以下をご覧ください。

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感想

1年半の介入による結果

J-MINT研究に関して、介入群では、集団での運動教室が週1回、個別の栄養に関する面談と電話相談が15回、タブレットPCの配布など、多くの「ケア」が施されています。
一方で、対象群は、生活習慣病の管理と2か月に1回の頻度での健康情報の提供(テキストの配布)をするだけで、ほぼ何もしませんでした。

これだけの多因子についてしっかり介入したにもかかわらず、一次評価項目で認知機能改善に有意差がつかなかったということは、大変残念な結果であったようにみえます。
ただ、各群とも分散が大変大きい(差が大きい)ので、出にくい結果だったと思いました。脳疾患以外の認知機能に与える要因も結構あるのではないかと思いました。


軽度認知障害の進行予防には、より細かな診断が必要なのではないか?

本研究においては、軽度認知障害の原因疾患には言及されていません。この介入研究は、介護事業を広く展開する企業が関与しており、おそらくケア現場に実際に導入することを考えて研究がデザインされたのだと思われます。そもそも認知症は100以上の疾患が原因で引き起こされる症候群です。軽度認知障害から認知症への進行予防策も一人ひとりの原因疾患ごとに異なるはずです。

また軽度認知障害(MCI)は、とてもあいまいな概念です。認知症への移行のリスクが高いと考えられますが、認知症疾患診療ガイドライン2017には何もしなくても正常に戻ることも多くあるといわれています。
こういう診断自体があいまいな状況で介入する場合は、より多くの被験者を集める必要があると言われています。


介入群でも生活習慣病の管理はなされていた

それにしても、改善が少なかったのは、どうしてでしょうか?

推測ですが、今回の研究では、対象群でも医師による生活習慣病の管理がきちんとなされていました。被験者は対象者であったとしても地域のかかりつけ医に通っている患者さんよりも多くかかわってもらっていたことは間違いありません。それで、かかわりや健康状態が維持されていたようにも思います。


遺伝子多型への言及は重い

APOEε4遺伝子多型はアルツハイマー病のリスク要因として知られています。本研究の副次項目ではAPOEε4の人への介入が有効であるとされています。
APOEε4を持つ方は、このプレスリリースにもあるように、かなり認知機能が低下します。この検査は慎重に考えたいです。というのも遺伝子検査の結果が家族にも受け継がれるため、家族が知りたくなくても自分の遺伝子多型の一部を知らされることになるかもしれません。その評価には倫理的な配慮が必要です。
認知症のリスク因子は、遺伝子多型だけでなく、生活習慣や他の医学的要因も認知症のリスクに関連しています。遺伝子多型の検査結果に過度に注目することは、患者さんやご家族が誤解してしまう可能性があります。


介入プログラムへの参加率とその交絡因子

J-MINT研究では、多因子介入プログラムに70%以上参加した人で認知機能の改善に効果があることに言及しています。しかし、プログラム参加者が、なぜ参加できなかったのか具体的な理由は一部しか書かれていませんでした。想像するにコロナの時期だったので参加するのは大変だったと思います。しかし低参加率の群には疾患、身体的、心理的な理由でプログラムに参加できなくなった高齢者、COVID-19などの疾患の影響を受けた参加者などが含まれる可能性があると、研究結果に影響する場合もあるかなと思いました。


認知症予防プログラムはいまだ開発段階

この結果からは、認知症予防プログラムは、いまだ開発段階であると考えます。介入の効果がまだわからない中で、介護保険を利用するのは、なかなか難しいかなと思います。

では今、MCIと診断された人は、どうすればよいのでしょうか。
12月20日にレカネマブ(レケンビ)が上梓された今、MCIや認知症と早期診断された人がたくさん出てくる可能性があるでしょう。これまでは、このような人を積極的に診断をしていくことは少なかったのですが、増えると思います。

MCIの方々は、生活機能障害がありませんので、介護保険の対象外になると思います。これまでだと包括支援センターの総合事業対象者か、それにも当てはまらない程度の認知機能低下の方です。おそらく、既存の通所サービスの利用者さんとは認知機能低下には大きな差があるでしょう。

一方で医療機関でMCI診断されただけでは、本人や家族はショックを受けて、座して死を待つように感じるかもしれません。ですから医療機関では心理的支援を含めた慎重なかかわりが求められます。

現状でもできることはあると思います。医師が個別の指導が必要であると認めれば、介護保険の利用を行う前に、医療保険での訪問看護や訪問リハビリテーションで、健康、心理、栄養サポートをしていく可能性はあると思います。
また、同じようにMCIと診断された人が、集まるようなピアサポートの場を作る可能性もあるでしょう。こういった取り組みは、非営利団体ではすでに行われていますが、これから費用面をどう工面するかが普及のカギとなるでしょう。
病気と診断されても、健康でいたいということは当たり前の心理であると思います。その伴奏者をぜひ見つけていただきたいです。


個別性の高いプログラムが人気となる可能性も


では、治療がないタイミングでの予防したい人はどこに行くか。現時点では、マーケットとしてパーソナルトレーナーのような、心理的支援を含めた個別性の高いプログラムが人気が出る可能性があると思います。ただ、癌に治療法がなかった時のように、やみくもに効果をうたう業者や医療機関が出てこないとも限りませんので、患者さん自身がサービスを選択する際、相談に乗れる人をつくるのは重要だと思います。ちなみに医療法では、広告に規制があります。

認知症予防の研究の仕方は、以下を参考にされると良いでしょう。経産省のガイドラインです。

https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/ninchisho_wg/pdf/2022_002_05_00.pdf

以上、感想でした。




最近出版した認知症に関する本です。認知症に1人で向き合わない!を合言葉に、こんな症状が出たら、誰に相談するか、どんなサービスや制度を使うかに焦点を当てました。よろしかったらお手に取っていただければと思います。Kindle版もでました。iPADなどのタブレットをお持ちの方には結構お勧めです。



表1 J-MINT 研究の対象および除外基準(翻訳)

包含基準

  1. 研究登録時の年齢が 65 ~ 85 歳である。

  2. 年齢および教育によって調整された認知機能低下がある(すなわち、NCGG-FATによって測定される任意の認知領域において基準閾値から少なくとも1.0SD低下している)

  3. 書面によるインフォームドコンセントに同意していること。

除外基準

  1. 骨や関節の疾患、腎不全、虚血性心疾患、心肺疾患などの機能低下により、運動や食事を制限する必要がある。

  2. 認知症と診断されている。

  3. MMSE スコアが 24 未満である。

  4. 要介護認定を受けている。

  5. 日本語を話すことができない。

  6. 認知機能テストを実行できない。

  7. 各施設の責任研究者または研究分担者によって研究参加の資格がないとみなされる。

主要評価項目
記憶 (改訂版ウェクスラー記憶スケール (WMS-R)  および自由および手がかり選択的想起テスト (FCSRT) の論理記憶 I および II サブセット)。
注意(ウェクスラー成人知能指数(WAIS)-IIIの桁スパン)。
実行機能/処理速度(トレイルメイキングテスト(TMT)、WAIS-IIIのサブセットである数字記号置換テスト(DSST)(18
言語流暢性テスト(19

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