クラウセヴィッツの論理と文法

はじめに

先日”Logic and Grammar: Clausewitz and the Language of War”という論文を和訳した。著作権上その和訳は非公開にしているが、読んで感じたことをまとめたい。

要旨

クラウセヴィッツは戦争を「ほかの手段による政治の継続に過ぎない」と位置付けたことでよく知られている。更に彼は政策と戦争遂行の関係を以下のように論理付けた。

戦争は独自の政策=論理は持たない。政策は戦争を生み出す上位概念である。戦争が持つのは戦争遂行=文法のみである。

言い換えるならば、戦争は自己目的化することはなくあくまで背う策のもとにあり、そのうえで戦略や戦術などの戦争遂行の際の文法を持つ。

この論文ではクラウセヴィッツの概念をナポレオン戦争、対テロ戦争、第一次世界大戦、冷戦期の核の脅威の四つを通して検討している。

まずナポレオン戦争では、国内の政治的支援を受けるため、ナポレオンがとった政策は軍事的優位に立つことだった。それゆえ彼はロシア遠征とワーテルローとにおける戦いに挑むほかなくその失敗はナポレオンの没落につながった。つまり、ナポレオンの行った戦争は国内での支持の確保という政策の一環にすぎず、手段である戦争の失敗は目的である政策における失敗に直結した。これはまさに”War... continues after the guns fall silent."ということだろう。

次に対テロ戦争について、戦争の相手となるテロリストは伝統的な意味として目的を持たないのであるからこれは政策が戦争を支配するというクラウセヴィッツの概念に反するのではないかという議論がある。しかし目的と手段による敵との接触や、敵に明確な目的がないということは、対テロ戦争で使われている戦争はもはや比喩の上でのものでしかなく、戦争という論理的枠組みには収まらない。

そして塹壕戦による悲惨な膠着状態が長期化した第一次世界大戦も、政策が戦争を支配していた。戦争の残虐性はクラウセヴィッツも理解するところであり、それでもなお人道性のもとで戦闘を放棄することは許されないとする。結局のところ残虐な戦争は、政治的結果の無慈悲な追及によって行われたのだ。

最後に、人類すべてを破壊に導いてし合う可能性のある冷戦期の核戦争についても、結局それが使用されなかったのは政策の支配によるものだ。それは端的にMADを政策が取り入れたことから理解できる。

以上四つの例からわかるように戦争は文法は持つが、論理は持たず政策のもとにある。それはクラウセヴィッツの時代だけでなく今日においても適用可能な論理である。

所感

戦争は政策によって支配される、という一貫した論理は戦争に対しある程度の論理付けするものであり、今日的にも影響力のあるものだろう。

現代の核兵器を取り巻く状況を例にすれば、高度に理論化された核抑止論をもとに政策が成り立ち、政策なしでは現在の国際環境はありえない。また、民族間の紛争などもそれが政策と呼べるのかは判然としないが、歴史や文化を反映した相手民族への憎悪という政策が紛争を強く支配しているため、目を覆いたくなるほど残虐なものになってしまうのだろう。

戦争という思わず目を背けてしまいたくなるものに対し、一見当然のように思えるがしかし重要な視点を与えてくれる論理である。逆に言えば戦争が政策により支配できなくなってしまったら、それは忌み嫌われる戦争よりももっと悲惨な得体のしれない何かになるのだろう。

現在第二次世界大戦の独ソ戦に関する本を読んでいるので、独ソ戦における論理と文法の有効性などについては後日まとめたい。

この論文は論理と文法という名称だが、論理の政策への影響が中心であり文法の方はあまり出てこなかった。もちろんクラウセヴィッツは『戦争論』のなかで文法=戦術や戦略を述べており、それは多くの人が知ることだろう。だからこそこの論文では論理の方に注目したのだろうが、それならば「論理による戦争の支配」などのタイトルにすればよかったのではと感じる面もあった。

単語

by extension 延長線上で考えると

untrammeled 拘束されない

usurp 奪う

overarching 包括的

command-in-chief 総司令官

albeit althoughと同義

annex 併合する、付与する

familiar refrain おなじみの言葉

statecraft 政治手腕

iteration 継続

envisage 想像する

attrition strategy 消耗戦略

of note 注目すべきなのは

 shrink from 目を背ける

wield 振りかざす

construe 解釈する

disenchantment 幻滅すること

inexorable 止められない

espouse 支持する

taken on face value 額面通り受け取れば

proxy 代理

streamline 合理化する


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