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馴染みの店の、馴染みじゃないメニュー/辻本力 第8回 ライブハウスのノンアルコール・ビール

ライブのお供といえば、酒である。

チケット代とは別に、入場時にドリンク代を取られるシステムからして、もう飲むことが前提になっているのは明白だし、もぎりの列に並びながら「早く飲ませてくれ」と気が急いてくるのもいつものことだ。

カクテルやハイボールなどに浮気することもあるが、飲むのはもっぱらビールである。生ビールのみなら生を飲むし、もし瓶や缶のビールがあれば、人混みでぶつかってもこぼれにくいという利点から、あえて頼んでみたりもする。心なしか、しゅわしゅわが飛ぶペースがゆっくりだから、激混みでバーカウンターまでたどり着くのが困難な場合などは、これでちびちびやってしのいだり。会場によって銘柄や出し方が異なるのを「へぇ〜」と眺めるのも、いろいろなライブハウスに行く上でのささやかな楽しみとなっている。

今年(2021年)に入ってから、日々の楽しみであったライブ鑑賞を自粛していた。理由は、新型コロナウイルスの蔓延によって、東京都での感染者が劇的に増えたからだ。2千人を超えたあたりで、ちょっとこれは、さすがに……となったのだった。

そして先月、約半年ぶりにライブを解禁した。感染者が減ってきたから、というよりも、会場もコロナ対策をすごくしっかりしていることがわかって安心したからだ。また、そろそろ我慢の限界だった、というのもある。

西荻窪、渋谷、新大久保——馴染みのライブハウスで久方ぶりに爆音を浴び、枯渇していた栄養分がドクドクと体内に注入されていくかのような気分を味わった。最高である。

ただ、一点だけ、足りないものがあった。酒である。

現在、私の暮らす東京都は緊急事態宣言下にある。よって、ライブハウスはアルコールの提供を自粛しているのだ。

音楽があれば、他に何が要る? とも思う。ライブが見られるだけ、どれだけ幸せか、と。

でも、ビールがあれば、もっと楽しい。そのことを知ってしまっているがゆえに、ビールの、あるいはウイスキーの、ジンの、ウォッカの、ラムの、テキーラの味と香りが蘇ってくる。しかし、今自分が手にしているのは、ノンアルコール・ビールだ。

ノンアルコール・ビールを否定するわけではない。飲めない時のもう1つの選択肢として市民権を得ていることも、昔と比べたら格段に美味しくなっていることも知っている。これで救われている「飲みたいけど飲めない人」もたくさんいるに違いない。

でも今、私は飲みたいのだ。別段我慢する内的な理由はない。「コロナで自粛」という外的な要因から飲めないだけで、自分的にはものすごくウェルカムな状態なのだ。だいたい、一人で見に来てて、マスクしてほとんど人とも話さないという状態なのだから、飲み物にアルコールが入ってようがいなかろうが何も変わらないではないか。

いや、わかっている。隣に友だちとか知り合いとかがいたら話すだろうし、酒が入れば饒舌にもなるだろう。だからダメだというのは理解できる。俺は一人だから、と主張しても、そうじゃない人がいる以上、同じルールにのっとらざるを得ないのは致し方ないことだ。

だから、これは単なる愚痴である。

素晴らしい演奏を体全体で聴く。そこがいつも通り最高の場所であるからこそ、決して不味いわけではないノンアルコール・ビールに欠けた酩酊感が余計に思い出され、コロナ禍という、できれば忘れていたい現実が侵食してくる。しかも、帰りに寄りたい馴染みの居酒屋も、自粛要請を受けて閉まっている……。

まさに、飲まなきゃやってらんねぇ! という心持ちになるが、できるのは、音楽の余韻を肴に酒を飲むべく帰路を急ぐことのみ。救いは、家で飲むビールも旨いということだろうか。

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余談だが、ノンアルコール・ビールもいいのだけど、ライブハウスのバーにぜひホッピーの外を置いてもらえないだろうか。以前、病気して酒が飲めなかった時、いろいろ試してホッピーに焼酎を入れずそのまま飲むのが一番美味しいという結論に至ったことがあった。単純にいつも飲んでいて馴染みがあるということもあるが、無理にビールを再現しようとしていないからか、変なクセもなく飲みやすいのである。一応、ホッピーは0.8%のアルコールを含むので、厳密には「まったくアルコールが入ってない」とは言えないが(だから、そのまま飲んでも美味しいのではないか説)、厚生省の定義ではアルコール1%未満はノンアルコール扱いだし、大量に飲んで運転とかしない限りは問題ないのではないか。栓を抜くだけでそんなに手間もかからないし、検討いただけたらとても嬉しい。よろしくお願いします。

辻本力(つじもと・ちから)
1979年生まれ。ライター・編集者。文化施設「水戸芸術館」を経て、2010年に生活と想像力をめぐる“ある種の”ライフスタイル・マガジン「生活考察」を創刊。文芸・カルチャー・ビジネス系の媒体を中心にいろいろと執筆中。編著に『コロナ禍日記』(タバブックス)。
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