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人と土地との繋がりが生むものーアセアンそよかぜさん『常夏の朝の大地を駆け抜けて  ~早朝のタイ南イサーン鉄道~』評


※今回は透明批評会用の投稿記事になります。お時間ある方はぜひとも対象作品もご覧になっていただけると幸いです。

今回批評させていただくのはアセアンそよかぜさんの短編作品「常夏の朝の大地を駆け抜けて~早朝のタイ南イサーン鉄道~」です。

登場人物は全て日本人ですが、タイが舞台という事もあり、どの人も比較的テンポがゆったりとしているように感じられました。最近くさくさする事が多かったので、なんだかほんわかしました。

長期間海外に住んだ事のない自分としては、同じ日本人でもこういう二十代の過ごし方もあるのかもなと、少し興味深かったです。研修と言いながらローカル鉄道旅に連れてってくれる上司。欲しい。

話の流れ自体も淀みなく最後までさらりと読めます。一人の青年が仕事を通して成長していく、内面的な変化を遂げる過程を書けている所にも好感が持てました。ストーリーとして最後までそつなくまとまっており、この調子で分量を増やしていけば書籍化も視野に入ってくるなという事に頷けました。


1 書籍化へ向けて

さしあたって誰に読んでほしいのか、という事を明確にするのは大事かもしれません。
例えばタイに行った事がない人に、今のタイの魅力を伝えたいと考えているならば、様々な文章表現がどんなイメージや感情を喚起させるのかという事に注意して推敲していくと良いと思います。風景も地名などの固有名詞を書くだけにとどめず、そこは暑いのか、寒いのか、湿度、それに伴う光は日本とどこか違うか、聴こえてくる音、匂い、それによって動く登場人物の感情はどんな具合か、実際現地と深く関わっている方なら誰よりもそれを詳しく書くチャンスがあるはずです。

2 文章表現について

他にも文章の細かい部分でちょっと気になる所がありました。
内容は他の方が指摘されてる通りなので省きますが、こういうのは今後推敲していけば直ると思います。
そして細かい部分が気になるというのは、物語全体をまとめる力があるからこそだと思います。

あと、これは純文学的な観点なのかもしれないですが、土地と内面の繋がり、風景と人物の心の動きをもっと深くリンクさせると何故舞台がタイなのかという事により説得力が増すと思います。まだ登場人物達の性格にどこか類型的な部分も散見されるので、普段から自分の身近な人のちょっとした行動、言動、推測される内面の心理などをマメにメモして作品に反映させると良いかもしれません。

同じ短編で鉄道旅行ものだと、多和田葉子のゴットハルト鉄道とか、お勧めですよ。

3 個人的な希望と提案?のようなもの

自分自身、結構ニッチな作風を目指しているだけに、王道スタイルの作品に関して毎回どうコメントしていくのか、どうしても考えあぐねるんですが、あと一つだけ、もう少し知りたいなと思ったのは仕事内容でした。

金正物産が一体何をしている会社なのか、話の流れを妨げないようあえてそこに触れなかったのかもしれないですが、個人的な意見としては、仕事を通して成長していくのであれば書いてもいいのかなと思いました。

あと単純に、世間のトレンドとして、みんな他人の仕事内容の詳細に関してはすごく興味があるようなので、それを書くとさらに関心を惹きつけられると思います。三浦しおんの「お仕事小説」とか、その典型ですよね。

それと、アセアンそよかぜさんが他の批評で自分だったらどう書くか、という視点で批評されてるのがおもしろかったので、私もそれにならってみたいと思います。

もし自分がタイを舞台にした小説を書くのならば、主人公は「タイが嫌いな人」もしくは「自分の活躍の場はタイじゃないと思っている人」にすると思います。
何でかと言うと、善悪の判断がしづらい葛藤の部分を増やしたいからです。そして葛藤というのは登場人物だけでなく。読み手にも必要です。

例えば村田本部長にも「昔やった夜遊び」に関してもう少し詳しく語らせるかもしれません。そういうのを入れて読者に様々なジャッジをさせる部分が多い方がもっと引き込める可能性があります。

ただ、それだとアセアンそよかぜさんの作品に通底する大らかさや、その中で育つ人間性の豊かさが失われてしまうので、参考にはならないかもしれません。。

最後に

タイには行った事がないですが、夢中になる人はとても多いと聞きます。日本の閉塞感に対する反動でしょうか。両国を行き来する方にしか書けない事はたくさんあると思います。特に今現在、リアルタイムで動いているタイ社会がどんな風なのか、そこを詳しく書ければ差別化も図れますし、興味のある人もたくさんいるのではないかと思います。

今後とも変わらない部分と変わっていく部分、両方を踏まえた様々なドラマ紡いでいってほしいと思います。私は寒い冬が本当に苦手なので、今回の作品を読んですっかりタイに逃げたくなりました。

東南アジアに行けなくてもいった気分にさせてくれるアセアンそよかぜさんの作品。これからも期待しています。

成田 拝

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