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平和の根源、意志の再確認【十万字クラブvol.2】

前略

 2月21日水曜日の午後8時。冷蔵庫で冷えていた白ワインの残りで口を湿らせながら、君が紡いだ言葉たちを一文字一文字、大切に味わうように読む。今朝君から届いた書簡の開封だけを楽しみに、僕は今日一日を懸命に生きたんだ。嘘じゃない、掛けたっていい。

 手紙をありがとう。

 率直に言って君のメッセージはいつも、僕にさまざまな感情を与える。勇気、平和、愛、中立、焦り、嫉妬。味のある桂馬の手筋で相手を翻弄するプロ棋士みたいに、君は人の心を揺さぶるような言葉を巧みに操る。それは十万字クラブの一通目としては、あまりにも洗練されている。

 何よりも一番最初、心の中に広がったのは「10年経つのか・・・」という静かな驚きを添えたノスタルジックな気持ちだった。高校1年生。満員電車。日当たりのいい教室。鳴り止まない青春の音。マクドナルドのハンバーガーは100円で、ブラジル代表のゴールポストを守るのはジュリオ・セザールだった。そんな時代が永遠に続くと思い込んでいた。方べきの定理を使いこなせたって実社会では何の力を行使することもできないだなんて、あの頃の未熟な僕らにはわからなかったと思う。少なくとも僕にはわからなかった。

 制服を脱いだ後、僕は望んで関西に残った。君は多分望んで東に向かった。でも僕はその時からいつか君と共に何かを創作するような気がしてならなかった。なぜそう思ったかは聞かないでほしい。僕は昔から、根拠もなく大それたことをマニフェストしてしまうような質(タチ)だから。
 でも今になって、後付けかもしれないけれど、それは僕たちの間で取り交わされた不文律な約束だったのような気がしている。言葉にせずともお互いの意思を汲み取り、それぞれの場所で、僕たちは小作農のようにコツコツ生きてきた。ウガンダで。遠野で。カナダで。ある種の運命に導かれるように。

 10年の月日。あまりにも長い時間が経ったみたいだ。ハンバーガーは170円になったし、ジュリオ・セザールは引退した。
 どこでどんな経験をしようとも、同じように歳を重ねることだけは人類にとって平等だ。僕たちは25歳になった。そして今、ある一つの目標でつながっている。君の言葉を借りて言うなれば「本を書くこと」だ。

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 僕は援助屋で働きながら、僕がしていることについて一冊の本を書いている。

 僕がいるウガンダの僻地では、餓死者が出ている。食べモノを買えないし、作れない。人は簡単に命を落とす。聞いてくれ、そういうことが実体のあるこの世界で起こっているんだ・・・。そして僕たちは昨年、飢餓の大地を作物の緑で覆うための農業プロジェクトを始めた。
 僕が今書いているのは、飢餓の大地に果実を実らせた住民たちの物語だ。でもそれだけじゃない。まだうまく表現ができないのだけれど、それは僕がずっと探している、平和の根源を追い求めた記録でもあるんだ。

 国際協力という僕の仕事は一般的に『発展途上国で困っている人を助けること』。と定義される。野菜を売るのが八百屋であるみたいに、困っている人を助けるのが援助屋というわけだ。
 これだけ聞かされたなら、援助業界とは一般的に、聖人君子の集団による極めて気持ちの良い取り組みによって成り立ち、その美しい実践によって世界は平和はより良くなる。人はそう思うかもしれない。
でもそんなことはない。全然ない。僕がみた援助という世界は、ひとえに絶望の渦だった。あたりは薄暗い闇が支配している。そのうち胡散臭い利害関係が腐った脂みたいに水面に浮き上がってくる。金・力・欲が足を引っ張り合い、私たちが解決しなければならない課題を底のない泥沼へと引き摺り込んでいく。グローバル経済・政治が複雑に絡まり合う。紛争、暴力、貧困を餌に、その渦は今日だって膨張を続けている。

 プロジェクトを進める中で、僕は援助構造の歪みについてフィジカルに体験する機会に恵まれた。それは僕にたくさんのことを考えさせた。
 そしてある時から、五感を使って潜り込むことで見えたこの景色を記録しなければならない、と僕は思うようになった。援助の渦の中にある現実を炙り出し、どこかもっと深いところにある平和の根源に辿り着かなければならない。持ち合わせている言葉を余すことなく使って、それを君に、社会に、伝えなければならない。だから、僕は書いている。 

 抽象的でわかりにくい散文になったことは反省しているけれど、これが僕の書くことに対する動機だ。そして『平和の根源を問う』。これは今の僕にとって、とても大切なテーマなんだ。

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 君からの手紙をもらって、君の中にある「本を書きたい」という強い気持ちを改めて受け止めた。そしてそれは僕も同じだと改めて思った。僕も「本を書きたい」。そのことだけ伝われば、今日はこれで十分だろうな。つまり【十万字クラブ】の始まりは"意志の再確認"だったんだ。

 創作を通して君と語り合えるのがとても楽しみだ。とりいそぎ。

ウガンダのある僻地にて
タバタ

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カナダ北西の離島・ハイダグワイで先住民の営みを追う写真家の上村幸平と、ウガンダ・カラモジャ地域で農業支援に取り組む国際協力NGO職員の田畑勇樹による公開書信。
それぞれの場所で全く違う職務に就きつつ、「本をつくる」という同じ目標を掲げる遠距離同僚として、不定期で文章を送り合う連載企画です。


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