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旅もまた、百聞は一見にしかず……だと思う

久しぶりのベトナムの旅では、世界遺産のハロン湾も訪れた。

正直、このハロン湾へは、訪れるべきかどうか迷っていた。

ハノイから片道3時間あまり、行くとなると1日がかりになるうえ、個人で訪れるのは大変で、観光ツアーを利用する必要がある。

迷うのは、それだけが理由ではなかった。

口コミを読むと、観光客で混雑していて風情もない、観光地化がひどくて期待外れだった、という感想も多いのだ。

最初は僕も、それならわざわざ行かなくてもいいかな、と思っていた。

ところが、あるとき、ハロン湾について調べていたら、面白い事実を知った。

ハロン湾とは、ベトナムの言葉で、「龍が降り立った場所」を意味するらしいのだ。

なんでも、龍の親子が突然現れて、吐き出した宝石の数々が湾内の島々になった、と伝えられているのだという。

そういえば、今年は辰年だ。

辰年の最初の旅で、龍が降り立った場所へ行く……、それはなんだか縁起が良さそうなことに思える。

こんなにくだらない理由もなかったけれど、たぶん、どこかへ行く理由なんて、なんだっていいはずなのだ。

よし、ハロン湾へ行ってみよう、と思った。

朝、ハノイの街を出発したツアーバスは、韓国や中国、台湾など、各国の観光客を乗せて、ハロン湾を目指した。

晴天に恵まれたのに加え、若い男性ガイドさんの感じも良く、これは意外と良い旅になるかもしれない、と思った。

しかし、こういう観光ツアーでは定番なのか、途中で休憩と称して、いかにもな雰囲気の土産物屋に2度も立ち寄る。

興味のない僕は、真珠のネックレスを売りつけようとする店員さんから離れ、辺りを散歩して時間をつぶした。

このときばかりは、やっぱりハロン湾へ行くのは失敗だったかな、と思わないでもなかった。

そんな寄り道を経て、ようやくハロン湾クルーズの港に着いたのは、ハノイを出てから4時間も経った頃だった。

ハロン・フェニックス、と名付けられた白いクルーズ船に乗り込むと、ひとまずランチということになった。

同じテーブルで食べることになったのは、日本人のおじさんと、一緒に来ているベトナム人の若い女性、そして台湾の大学生の男の子だった。

エビやタコのマリネ、揚げ春巻き、新鮮なフルーツなどを食べながら、その彼らと過ごした時間が、思いのほか楽しかった。

京都の会社社長だというおじさんも気さくだったし、新たに受け入れることになったというベトナム女性も、日本語が上手でベトナムのことをいろいろ教えてくれた。

台湾の男の子も、みんなに料理を取り分けてくれたり、気遣いのできる良い子だった。

笑い合いながら食べているうちに、船はハロン湾を進んでいき、窓の外に石灰岩の島々が広がるようになる。

食べたり、話したり、写真を撮ったり、忙しかったけれど、それはベトナムの旅の中でも、ひときわ笑顔の溢れる時間だった気がする。

やがて、ティートップという名の島に立ち寄ってから、再び船に乗り込むと、今度はルオン洞窟という場所へ辿り着いた。

ここはハロン湾でも屈指の絶景スポットで、カヤックかバンブーボートに乗れるという。

僕は少し迷ってから、韓国の団体さんとバンブーボートに乗ることにした。

このボート体験が、本当に素晴らしいものだった。

船頭さんが軽快に漕いでいくと、小さな港を離れたボートは、巨大な岩山の下にぽっかりと空いた洞窟の中へと入っていく。

低く狭い洞窟を抜けると、その目の前に広がっていたのは、まるでこの世の天国のような、美しい岩山に囲まれた入り江だったのだ。

湾の水はエメラルドグリーンに輝き、ほとんど波のない穏やかな水面を、観光客を乗せたカヤックやボートが行き交う。

周囲の岩山は、水墨画みたいな気配を漂わせながら、入り江を優しく守るかのように、青空へ聳え立っている……。

あまりに神秘的な美しさに、思わず心を動かされる自分がいた。

確かに、観光客で混雑しているのは事実だった。口コミのとおり、ここはただの観光地だろう。

でも、その賑わいがかえって、楽園としてのハロン湾の素晴らしさを際立たせている気もした。

あちこちから、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。行き交う誰もが笑顔で、誰かに手を振れば、相手もすぐに手を振り返してくれる。

きっと皆、この輝くような入り江の中で、非日常の幸せに包まれているのだろう。

ハロン湾って、こんなに素晴らしい場所だったのか……。

もしも、僕が口コミだけを信じて、じゃあ行く意味はないか、なんて思っていたら、この美しいハロン湾に出会うことも、永遠になかったことだろう。

たぶん、どんな場所も、自分で来てみないことにはわからないのだ。

あるいは、ときに、がっかりしてしまうこともあるかもしれない。でも、思いがけない感動に出会えるのも、やっぱり行ってこそなのだ。

そして、思った。

旅もまた、百聞は一見にしかず……。その言葉のとおりなんだな、と。

そのハロン湾は、1日の終わりに、素敵なおまけも用意してくれていた。

それは、湾の島々の彼方へと沈む、オレンジ色の夕陽だった。

その光に照らされ、島々は黒いシルエットとなり、オレンジを映した海面はきらきらと揺らめいている。

船のデッキの上に立ち、そんな夕景を眺めていると、もしかしたら本当に、これは縁起の良い1日になったのかもしれない、と思えてきた。

別に、そこに龍の神秘を感じたわけでもない。

ただ、この夕陽を見ることができたのも、「龍」というキーワードに導かれて、まあ行ってみようかと思い立った……それがすべての始まりだったからだ。

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