たぶん、一般的に見れば、物欲のない方だと思う。

お洒落な服を買いたいなんて思わないし、車にも時計にも最新の家電にもほとんど興味がない。

そんな僕が、年に何度か、どうしても買わずにはいられない物がある。

海外へ旅に出るための、国際線の航空券だ。

他の何は買わなくとも、国際線の航空券だけは、気がつけば欲しくなり、気がつけば買っている自分がいる。

もちろん、その航空券は、海外へ行くために買っている。

でも、それだけが理由ではないことに気づいたのは、わりと最近になってからだった。

海外へ旅に出るようになって10数年が経つけれど、いまでも、国際線の航空券を買う瞬間は、ゾクゾクッとするような興奮を覚える。

希望の航空券を検索し、それをバスケットに入れ、氏名やパスポート情報を入力し、さらにクレジットカード情報を入力し、「購入する」のボタンをクリックする……という直前、ふと迷うこともある。

こんな高い航空券を、本当に買ってしまっていいんだろうか……と。

でも、ひとつの決意を胸に、僕は「購入する」のボタンをクリックすることになる。

大丈夫、この航空券だけは、いまの自分にとって、どうしても必要な物なんだ、と。

そうしてめでたく、僕の手元に、異国へ向かうための1枚の航空券が送られてくるのだ。

不思議なことに、買う前にどんなに迷っていても、買ってしまえば、やっぱりこの航空券を買ったのは正解だった、という気持ちになる。

たとえば、これが洋服やバッグや時計なら、ときに後悔してしまうこともあるかもしれない。

こんな高い物、別に買わなくてもよかったのかな、と。

ところが、海外へ行くための航空券だけは、買ったことを後悔するということがほとんどない。

たぶん、と思うのだ。

それは、航空券を買ったその瞬間から、本当の意味での「旅」が始まるからなんだ、と。

もちろん、その航空券が効力を発揮するのは、出発日が訪れ、空港へ向かい、異国へと飛び立つ飛行機に乗るときだ。

でも、その数ヶ月前、航空券を買った瞬間に、ひとつの「旅」が始まっているように思うのだ。

間違いなく、数ヶ月後には、あの国へ行けるんだという、ワクワク感に溢れた毎日を過ごせる、カウントダウンの「旅」が。

きっと僕は、ただ海外へ行く飛行機に乗るためだけに、航空券を買っているのではない。

ありふれた日常を、ちょっとだけ夢のある日常に変えるために、その航空券を買っているのだ。

たった1枚だけでもいい。

手元に国際線の航空券があるだけで、少し先の未来に確かな楽しみが生まれて、日常がきらきらと輝いていく。

何ヶ月後にはあの国のあの街を歩いている、何週間後にはあの美しい風景を眺めている、何日後にはあの美味しい料理を食べている……。

そんなふうに想像するだけで、日々の仕事を頑張れるし、将来への希望で満たされていく。

そして、どうってことないような毎日を、不思議なくらい幸せな気持ちで生きることができるのだ。

円安のいま、国際線の航空券も、だいぶ高くなっている。

ヨーロッパ往復で20万円、なんて航空券もよくあるくらいだ。

わずか1週間程度の旅なのに、航空券だけで20万円……と考えると、少しもったいない買い物のような気がしないでもない。

でも、出発までの数ヶ月間、夢のある幸せな日々を過ごすことができる……と考えれば、決して悪い買い物ではないと思えてくる。

いまも僕の手元には、国際線の航空券が何枚かある。

スマホでEチケットを開いて、ただそれを見つめていると、ふふっと思わず笑みがこぼれてしまう。

その航空券は、非日常の世界へと飛び立つだけでなく、日常の世界でも豊かに羽ばたかせてくれる、魔法みたいなチケットなのだ。