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ヒトメボレ

ヒトメボレをした。いいヒトメボレだった。
ヒトメボレのいい悪いとは何か、結果論の話か、はたまた宮城のお米か。僕はいいヒトメボレをしたんだ。

ヒトメボレをした。何度だってした。多分性分なのだろうが、いろんな顔をした、いろんな女性にヒトメボレをした。
ヒトメボレとは言ったけど、そりゃあ大阪梅田の雑踏に立っていて、0.2%の確率で行き交う女性に恋をするか?なんてタフネスは持っていない。トキメク心臓が足りぬ。汗がにじめばミイラになっちゃう。大阪は暑い。
ヒトメボレのヒトメとはつまり、瞬間のことだ。自分がよく知って、尊敬を寄せて、そんな女性にある日の待ち合わせ場所で、僕は瞬間を授かる。紀元とも呼べる。
ヒトメボレをすれば、何かが変わってしまう。A.D.の世界は文明世界であるように、僕の世界は変わってしまう。
ヒトメボレで変わってしまった世界が嫌いだ。僕は安直に審判を乞う。復活なんて出来た試しがない。イエスのようなタフネスは持っていない。
ヒトメボレの先に待つものを、僕は知っていたけれど、拒む気にもなれなかった。愛おしさと諦めは因果だ。僕は病的なまでのロマンチストだった。

ヒトメボレをした。例によって嫌いな世界が僕の虹彩こうさいを作り変え、些細ささいなことが眩しくて涙を分泌する目になってしまった。例えばHOWEVERを口ずさんだら、オートマチックに涙を分泌した。情緒、情緒。菜の葉に留まれ。
ヒトメボレ状態にある虹彩の周りでは、いつも綱引きが行われる。今回のヒトメボレはデカいぞ、慎重に行け。YOU告っちゃいなよ。天使と悪魔ならぬ、正月のマグロ漁師さんとジャニーさん。どんな絵面だ。

ヒトメボレは現代社会のたまものだった。SNSで知り合って、ひょんなことで個人的な会話を初めて、深い相談話から浅い与太話まで交わして。よく知って、尊敬を寄せるようになったある日、彼女の送った何気ない「今日の私」の笑顔に参ってしまった。
ヒトメボレの相手は、ソーダフロートみたいな少女だった。サイダーみたいにポップで、アイスみたいに甘美で、バニラみたいに爽やかな香りがした。どれが欠けても、彼女を語るには不足していた。
ヒトメボレ紀元前の世界では到底信じていなかった方法で、僕は恋をしていた。僕は拘りが強かった。やっぱり文明世界は怖い。

ヒトメボレをした日の大阪は、ずいぶん暑い。平行世界をも疑わせる街熅まちいきれが漂う茶屋町の高架下を逃れて、ヤンマー本社ビルに駆け込む。
ヒトメボレが成就して、手を繋いで歩けるなら、ミルクレープを一切れ。僕は拘りが強かったけど、同時に誰かの隣にいる空間の香りも大事にしたいと思うようになっていた。
ヒトメボレのたびに、僕の自意識は成長したように思う。ユニクロ珠玉しゅぎょくの歴代商品を眺めながら、僕はとびきりポップで、甘美で、爽やかな香りをした彼女の隣を歩く自分を想像した。
ヒトメボレを重ねた末に、今回は花開くような予感がしていた。そりゃウヌボレでしょ、って言われちゃうかもしれないけど、僕は成長したんだから。
ヒトメボレの先を妄想みすえながら、僕は彼女の隣を歩く自分を想像した。ミルクレープみたいにしっとりした、優しいシャツを一枚。今回は花開くような予感がしていた。

ヒトメボレをしたの住む街は、大阪よりうんと暑いんだって。毎日の電話のたび、その日の気温を確かめて、楽しくなったり、心配になったりした。
ヒトメボレをした娘は、僕と話しているとソーダフロートを飲みたくなるんだって。もともとそんなに好きじゃないんだけど、キミと喋ると飲みたい気分になる、んだって。猛暑日のイタズラかもしれないのに、僕は天にも昇る心地になってしまった。だって、ソーダフロートみたいに素敵な少女が、僕との会話のうちにとびきりポップで、アイスみたいに甘美で、バニラみたいに爽やかな気分になっちゃうんだから。まるで告白じゃないか。言い過ぎかな?
ヒトメボレをした娘が、僕とのデート中にソーダフロートを飲んでいるのを妄想した。キミと喋ってたら飲みたくなっちゃった、とか言いながら、素敵な色をした唇をすぼめて、ちゅっとサイダーをすする姿を見たら、やっぱり似合うな、と僕は思うんだろう。思い込みかな?

ヒトメボレは瞬間だけど、紀元後の文明世界はグングン拡がっていく。彼女の欠伸の余り声も、コロコロと鞠のような笑い声も、下手くそな照れ隠しも、ますますポップで、甘美で、爽やかに思えた。
ヒトメボレを巡る綱引きは、珍しく拮抗したままだった。変わってしまった世界に戸惑いながらも、それを失うのがもっと怖かった。そうこうしているうち、双方どんどん加勢が来てしまった。
ヒトメボレをどこか絶対に諦めないらしい、自分の性格に苦笑しながら、僕は手始めに、遠距離は難しいぞと言って頑なな引き手くんの懐柔に取り掛かった。
ヒトメボレを伝える旅に出よう。そう決めた僕はすぐに、彼女へメールを送った。臆病なんだか大胆なんだか、わからない。でもとにかく、ヒトメボレをしてしまったんだ。

ヒトメボレに一筋、また光が差した。二日も会ってくれるんだって。快諾も快諾で、やっぱり花開くような予感を抱かざるを得なかった。
ヒトメボレをした。いいヒトメボレだ。
ヒトメボレのいい悪いとは何か、結果論もいいといいな。宮城のお米では多分、無いけれど。僕はいいヒトメボレをしたんだ。
ヒトメボレを伝える旅まで、あと一週間。ポップで、甘美で、爽やかな気分。なんだか、ソーダフロートが飲みたいな。

こういうの、何ていうんだろう。何ていうんですか?

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