見出し画像

イージーマネー

毎秒毎秒、当たり続ける宝くじのように私を蝕んで幸福は、にっこり笑顔でありがとう!って受け取ろうにも限りがあって、そのくせ際限なく忘却をせまられて。
実はすごく人間を上から目線で見ていて、それが的を射ていて悔しくて、いっときは当てつけだとばっかり思っていた、気がする。4年も前。あるいは最近。もう忘れたけど。…思い出せないけど。

額面を破り捨てるように、あいつの前から消えてやった。最初から好きじゃなかった、なんて嘘っていうか、誰に言い放ったのかといえば、強い気で居たい私が弱くてもいいやって諦め体の私に向けたんだろう。滑稽だよね。

今きっと、私の眼のなかで光っている、非日常の無邪気を隠せない濁った眼に向かって、こんなん言っても仕方ないか。
男も女も立場も色も、経年劣化も違ったってモノは一緒。だから1秒たりとも先を照らさない光線同士は波長が合って、永遠に互いを映し込むのだろう。
もし人と人とを結ぶ最も強い糸であるソレが、ニュースでやってた人工生命みたいに眼球を生やして、席を用意してあげたら呪いの三面鏡が完成して、まったくそっくり現実の姿が像を結んで新しい小宇宙を埋めつくすんだろう。よかったね、ソレは物を言わなくて。毎秒毎秒、音がするみたいに。

だから、私らはとっくに、ソレそのものを求めてるんだってこと!

にっこり笑顔でありがとう!って受け取った私は、本心から嬉しくて自慢して回りたいのにそうさせてくれないひとたちを憎んだ。何よ、私が頑張って手に入れたんじゃん。
欲しいものが何でも手に入るボーナスタイムみたいな夜7時台は、どれにも手を伸ばせないうちに一瞬で終わっちゃった。手をつけないままだとソワソワして、家までタクシーで帰ってやることにした。

表通りまでの間の繁華街は、普段なら大人しく地下鉄に潜る私からすれば新鮮で、煌々と光っている。さっき見たのと同じスーツやエプロン姿のバイトくんまで、みんな私より疲れて忙しそうで、なのに私よりもずっと、ずっと幸せそうな顔しててムカつく。
最初暗くて気づかなくて、道端のホームレスのおじいさんと一瞬目が合ってしまった。彼はまるで伴侶みたいに座らせたラジカセの横であぐらをかいて、なんでか幸せそうな顔してた。すぐに目を逸らしたのは、怖いとか、汚いとか、きまずいとか、そういうのよりもっと、私の心臓を脅かす感触が一瞬、警告のように体を痺れさせたから。思わずバッグを胸に抱えてうつむく。
バッグには、よく見ると小さい穴が空いていた。貧乏性で4年ぐらい使っている。どうせなら今日、買い換えてしまうんだった。

美し台の…大きいゲーセンまで。って言ったら、運転手はちょっと目を丸くしながらもサッと車を出した。
お母さんが好きなお経みたいでつまんないロックバンドが、タクシードライバーは何でも知ってるって歌ってたけど、本当らしい。仕方ないでしょう私だって、20年間大きいゲーセンって呼んだまま、行かなくなったのに。
改めて確認すると、バッグの穴は思ったより大きかった。途端にさっきの濁った眼が人を嘲るそれのように思い出されて、泣きそうになる。
最悪…。嫌なものでぐちゃぐちゃの私の頭は、とうとう泣くのを我慢できなかった。だって美し台の大きいゲーセンって、このバッグを貰った場所で、貰って嬉しかった場所だ。いま入ってる10分の1もしなかったくせに、こいつは身に余る10倍以上を嬉しそうに守っている。

毎秒毎秒、タクシーの後部座席のディスプレイには色んな色の色んな広告動画が流されていた。色んな広告には色んな金額が書いてあって、私は手元にあるぶんで何を買えるかなって、比べたりした。結構遠くまでヒコーキリョコーができそうだってわかって泣きべそが止んだ。ゲンキン。

小さい頃、1度だけ私はタクシーに乗ったことがある。たしか、家の外階段で転んでお母さんに病院へ連れてかれたとき。
痛かったけど泣きたくなくて、ずっと両手で膝を押さえながら睨みつけてた、助手席の背もたれの模様を覚えている。もう10年も前?今のタクシーって、こんなになってるんだ。
今の私って、こんなに簡単に泣いちゃうんだ。
やっぱり家の前まで、にしたらよかったかな?お母さんに、自分でタクシー乗ったんだよって知らせたら、喜んでくれやしないか。
馬鹿。すぐに思い出して私はかぶりを振った。

自分が思うより疲れていたらしく、到着して運転手に起こされるまで私は眠っていた。どれぐらいの時間乗ってたかわからないけど、ゲーセンの灯りは消えていた。
世間知らずの、ただの都会の田舎者の私は、結局9割がたを払うことになった。私が頑張って手に入れたモノの、9割がた。
1割だけの残りをバッグに戻すとき、途端に寒く感じて、私の耳から首元を伝って、買い換えたくなったブラとか、買い換えたくなったショーツとかの中身まで冷えかたまって、体まで自分のもとには残っていないとすら思った。
何してるかな。どこに住んでるかな。今でも得意気に、安物のバッグをプレゼントしたりするのかな。
嫌になったのも、結局ソレだった気がする。最初はムキになったものだけど…金額で呼ばれ始めたあたりから。
そして今日は、金額を名乗った。
冷たくてミシミシ言いそうなぐらい、かたまった体を動かして家までのろのろと帰る。春目前の、いちばん悲しい雨が降り始めた。タクシーのディスプレイで、桜の開花が遅れそうってニュース、やってたっけ。

私はふと、2時間前の自分が足りなくなる心配にまるで思い至らなかったことを不思議に思った。
馬鹿みたいで、笑っちゃうぐらい、今の自分とは別の人の話みたい。少なかったのが増えて、また少なくなっただけの、おんなじ私。ただ私はとっくに、ソレそのものを求めてるんだってこと。
戻された1割を、身の丈に合った1割を、穴の空いたバッグはやっぱり嬉しそうに守っていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?