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読むナビDJ 4:アルゼンチン・タンゴ meets ロック&エレクトロニカ - 過去記事アーカイブ

この文章はDrillSpin(現在公開停止中)というウェブサイトの企画連載「読むナビDJ」に書いた原稿(2013年4月12日公開)を転載したものです。掲載される前の生原稿をもとにしているため、実際の記事と少し違っている可能性があることはご了承ください。また、著作権等の問題があるようでしたらご連絡ください。

タンゴというと、どこか古くさい音楽という印象を持っている方は多いと思います。日本でも少し前までは老後に嗜むダンスの一種と思われていたし、音楽自体も愛好家は年寄りばかり。実際、本場のアルゼンチンでも、衰退に向かいつつある古典音楽というイメージでした。というのも、そもそもタンゴ自体が、歌舞伎のように形式を重んじる音楽ということもあって、多少のマイナー・チェンジはあっても発展のしようがなかったからです。

しかし、この10年くらいの間に状況が一変してきました。もっとも大きな出来事は、クラブ・ミュージックとの融合が進んだことでしょう。このムーヴメントによって、タンゴはダサい音楽から最先端へと変身してしまったのです。また、ロックやポップスのミュージシャンが、タンゴと正面から向き合うような企画も増え、続々と新味のタンゴが生まれ続けています。

ここでは、近年生まれたタンゴとエレクトロニカやロックとのクロスオーヴァー・ミュージックを紹介しましょう。

Gotan Project「La Gloria」

クラブ・ミュージックとの融合というムーヴメントのスタートは、フランスから始まりました。ワールド・ミュージックをベースにしたDJのフィリップ・コーエン・ソラルが、アルゼンチン人のバンドネオン奏者エドゥアルド・マカロフとスイス人クリエイターのクリストフ・H・ミュラーの2人を誘って結成されたグループは、タンゴとエレクトロニカの合体という斬新な手法によって一躍脚光を浴びました。この曲のように、タンゴの哀愁にサッカー場の歓声やアナウンスをサンプリングする独特のセンスがクールで、他の追随を許しません。

Bajofondo「Pide Piso」

ゴタン・プロジェクトへの、本場アルゼンチンからの回答ともいえるのが、グスタボ・サンタオラージャ率いるアルゼンチンとウルグアイの混成グループ。こちらもプログラミングを駆使していますが、バンド編成であることにこだわり、楽器の音色を生かすことに重きを置いています。最新作『Presente』は、ハードなロックからア・カペラまで取り入れた大作として話題になりました。首謀者のグスタボは、フアネスをはじめ数々のスペイン語圏ロック・バンドをプロデュースするだけでなく、映画音楽作家としてもアカデミー賞を2度受賞するほどの天才肌です。

Tanghetto「Blue Monday」

ゴタン・プロジェクトとバホフォンドの登場により、一気にブエノス・アイレスのタンゴ・シーンが活気付きました。そんななか出てきたアーティストの代表がタンゲットーです。彼らも生楽器とプログラミングをバランス良く配置することで成功したグループのひとつ。デビュー作がラテン・グラミーにノミネートされたことで脚光を浴びましたが、その後のリミックス企画盤では、ニュー・オーダーの「Blue Monday」とデペッシュ・モードの「Enjoy The Silence」をカヴァーしてさらに話題を集めました。

Tango Crash「Acovachado」

大ブレイクしたタンゴ・エレクトロニカは、世界中のいたるところで発生していきます。雨後の筍のごとく現れたグループの中から、頭ひとつ抜きん出たのがドイツ在住アルゼンチン人によるユニットのタンゴ・クラッシュです。ジャーマン・テクノの国らしく、硬質なブレイクビーツをベースに哀愁のメロディを奏でるスタイルは、生っぽさを売りにするアルゼンチン勢とはまた違った魅力を持っています。先鋭的とはいえ、アルバムには必ず「El Choclo」や「Ojos Negros」といったタンゴの古典をカヴァーしていることも好感度大。

Fernando Samalea「Película Dorada」

いわゆるクラブ・ミュージックとの文脈とは別に、ずいぶん前からタンゴのエッセンスを最先端のフィルターで包み込む作品を生み出しているのがフェルナンド・サマレア。アルゼンチン音響派といわれるアヴァンギャルド・シーンの重要人物であり、80年代からロック・バンドなどで活躍するドラマーですが、その一方でバンドネオンを弾きながらユニークな作品を作り続けています。彼のサウンドにはエスニックやアンビエント、ラウンジ・ミュージックに通じる雰囲気もあり、独自の美学に彩られた作風が評価されています。

Federico Aubele「La Esquina」

タンゴが持つ哀愁や色香といったエッセンスを抽出し、ラテン・ポップへと昇華して成功したのがフェデリコ・アウベレ。ワシントンのラウンジ・ユニット、シーヴェリー・コーポレーションに見初められ、彼らが主宰するレーベルよりワールド・デビューしました。ギターを弾きながら甘い声を聞かせるシンガー・ソングライターの顔もありますが、この曲のように女性シンガーをフィーチャーし、サウンド・クリエイターとしても秀逸な一面を見せます。ブラジリアン・ガールズのサビーナ・シウバや元チボ・マットの羽鳥美保とも親交があり、現在はブルックリンで活動中。

Daniel Melingo「Narigón」

ゴタン・プロジェクトやバホフォンドにもフィーチャーされながらも、エレクトロニカではない正当派タンゴの末端に位置する異形のシンガーがダニエル・メリンゴ。彼はもともとロック・バンドの出身でしたが、突如取り憑かれたかのようにタンゴ歌手への道を歩みました。とはいえ、まるで独白のような自作曲、芝居じみた唱法、そして強烈なダミ声は、タンゴ界のトム・ウェイツといってもいいような超個性派。独特のパフォーマンスによって、アルゼンチンはもとよりフランスなどのヨーロッパでも非常に人気があります。

Andrés Calamaro「Naranjo En Flor」

ダニエル・メリンゴのロック・バンド仲間であり、ボブ・ディランに影響を受けた歌唱とルックスでラテン・アメリカ全土で人気を誇るシンガーがアンドレス・カラマーロ。フォーク・ロック、リズム&ブルース、レゲエといったルーツ・ミュージックをベースにした楽曲が多いのですが、時折フォルクローレやタンゴにも挑戦し成功を収めています。この曲は古典的なタンゴのスタンダードですが、敢えて伝統的な演奏に乗せて新鮮に聴かせるのがさすが。こういったスタジアム・クラスのロック・シンガーがタンゴを歌うことで、若いタンゴ・ファンも増え始めました。

Altertango「Mi Tango Triste」

こういったムーヴメントを受けて、アルゼンチンのタンゴ・シーンには新しいアーティストも続々と登場。意外にも伝統を重んじる若手ミュージシャンが多いのですが、なかにはこのアルテルタンゴのように、オルタナティヴなグループも存在しています。情熱的な女性ヴォーカルにバンドネオンやピアノが絡むのは珍しくありませんが、まるでロック・バンドのようにラウドなドラムとベースが加わるところが斬新。このライヴ・ヴァージョンではさらにターンテーブリストがスクラッチで加わっていてドラマティックな世界を作り上げています。

Sofia Viola「Menstruatango」

逆に、いわゆるロックやポップスのシンガー・ソングライターにも、タンゴに影響を受けたアーティストがたくさん生まれています。最近登場したアーティストでは、ソフィア・ビオラもそのひとり。フォルクローレやボレロといったラテン・アメリカ特有のサウンドをベースにしたオリジナル曲を、ギターをかき鳴らしながらパンキッシュなイメージで歌うという個性的なシンガーです。ブエノス・アイレスのインディペンデント・シーンにはまだまだこういった若き才能が隠れているので、今後のタンゴの発展に期待できます。

Astor Piazzolla「Zita」

さて、こういった新しいタンゴの潮流の源には、やはりアストル・ピアソラがドーンと鎮座しています。クラシカルなイメージやジャズ・ミュージシャンとのコラボレーションは有名ですが、70年代のエレクトリック・バンドをバックにした演奏は今聴いてもかなり新鮮です。エレキ・ギターやシンセサイザー、そしてフルートなどによるアンサンブルは、ほとんどプログレッシヴ・ロックといっていいような叙情的な世界。彼がタンゴに革命をもたらしたことが、今のムーヴメントに繋がっていることは間違いない事実なのです。


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