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雨傘

「仕事がつまらない。やる気になれない。」
 12月上旬、山口県山口市。寒い朝だ。部屋でダラダラ過ごしている。掃除が苦手でテーブルには埃がたまっている。あと2時間程で仕事に出勤する。服を着替えて帽子を深くかぶる。朝御飯は食パンに牛乳ですませる。道路で車とすれ違う事はない。工場に着くまではいつも決まった時間を過ごす。近くのパーキングでコーヒーを飲むのが習慣だ。仕事への意識は低く、出来る人間でないので嫌な気持ちの時がある。コンビニの弁当を製造する食品工場で働く鈴木勇気(26)だ。
 30台くらい駐車できるスペースが3ヶ所あるが工場の入り口に1番近い正面にいつも駐車している。今日のスケジュールを考えると憂鬱な気持ちになる。夜勤の人とすれ違う、挨拶を数回交わす。工場はコミュニケーションが活発な所ではない。人材確保の為外国人労働者も多いそれも原因の一つだ。必要な事を除いては1人でいる事が多い。
 弁当作りは単純作業の繰り返しだ。出庫の作業を担当している。竹輪を準備したり、コロッケを用意して冷凍庫に材料を入庫する。毎日昼食の時間以外は動いている事が多く、終業時にはぐったりする体力のいる仕事だ。

 「自分の代わりはいつでもいる歯車の一つ。」
 上司からは意識を高める為に安全や効率について粘り強く諭されるのでストレスになる。早出・残業があり、時給も低いので働く意味を考えたりする。社会を生きる自分の存在に対する不安から誰かを他者化して否定する。他者嫌いである。
 時々市内で働いている高校時代の同級生と食事をする。生きていく方向や考え方も近い、仲間といるだけで安心する。労働は孤独にもなる。今の生活は楽しくない。生活の為に働き目標が持てずやる気がでない。心がすり減るのを感じている。価値がある特別な事をして意識の高い生活をしてみたいと考える様になった。
 休日はショッピングセンターに出掛けて買い物をする。若い男性が基地反対運動の署名活動をしていた。ビラを配りながら熱心にイベントの参加者を募っている。先日、夕方のニュースで基地運動を伝えていた。今この街では活発に議論されている。
 家に帰ると台所におかずが用意されている。高校の時から1人で食事を取る事が多い。親とはほとんど会話をしないけど仲が悪いという事ではない。互いの存在を認め同じ家に暮らす大切な家族だ。家族と暮らす事は生きていく重要なモチベーションになっている。炊飯器から御飯を茶碗についで口に運んだ。隣の部屋からはTVを観る両親の笑い声が聞こえて来る。

 「変わりたい。強い人間になる。」
 市民集会の会場には数百名の人が集まっていた。若い人は政治に無関心だという声もあるけど学生がボランティアで政治に参加している。会場は熱気に包まれていた。
 僕は会場の後ろの席に座った。県の方針についてどう対応して行動するか議論してまとめた意見を支援者に説明していた。僕は集会への参加者にすぎなかったけどショッピングセンターでの署名活動、今日の集会への参加、これからの抗議運動へと動いていく。運動を発信する存在だと認められた。人生が意味づけされてなぜ基地運動に参加するのか考えた。それは民主主義・市民の自由を守るためだった。心が満足して自律できた。

 「選挙に立候補します。」
 基地反対運動を発信して毎日の生活が充実している。社会と今より強い結びつきが欲しい。生きる意味を投影する先に選挙がある。責任を全うしたい。僕は反対運動を導き市民の為に働きたいと訴えた。
 今日はバスターミナルで支援者を前にマイクパフォーマンスをしている。今までの活動実績や未来への展望を述べた。選挙活動中何度も握手を交わし経験不足を熱意で補おうとした。
 一生懸命努力はしたが投票結果は大差がついた、惨敗だった。でも支援者ひとりひとりの顔を覚えている。この経験は強い人間になる自信になり自分を変える事が出来ると思った。僕は市民にありがとうございましたと頭を下げた。

 朝起きて工場に出勤する。生活の為に働いている。基地運動は今も続けている。市民の為に今何をすればいいか理解している。世界を表現してSTORYを作ろうと思う。
 仕事帰りファミレスで友人と会って会話をする。いつもの日常に安心する。人は毎日決断を繰り返している。心が欲する事に導かれ進路を決定して前進する。自分に責任があるし次に何が起こるかわからない。
 TVで選挙結果を伝えていた。自分の姿をじっと見つめている。
 ショッピングセンターでの署名活動、「協力お願いします。」と声をかけた。
 今出来る事から始めよう。

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