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「足るを知る」人生の棚おろし

私が転職を決意したきっかけは、
「今の会社の看板をおろしたときに、自分には何が残るのか?」
という漠然とした興味と将来への不安だった。

会社の名前が自分のアイデンティティの一部となってしまっていたから。

たとえば、初めて会う人に名刺を渡すと、
「ああ、●●●●ね!知ってるよ~」と言われたり、
「●●●●って評判いいよね。お会いできて光栄です。」と言われたり。

その評判をつくってきた自負はあっても、見ず知らずの初めましての人に知られていることの恐怖と、イメージで作り上げられた評判。

もちろんそんな評判の良い環境で働けていることはとても光栄だし、
そう言っていただけるのはとても気持ちがよい。
まるで自分が有名人にでもなった気になる。

そんな評判とは裏腹に、自分は会社の看板があるからそう言ってもらえているだけであって、実際の自分の実力とは大きなギャップがあった。
最初の2年こそ一生懸命がむしゃらにがんばってきたけど、3年目は安定して売り上げも絶好調。

そのロジックが自分にはわかっていて、誰とどんな接し方をしてどんな進め方をすればうまくいくか、計算して動けるようになってしまっていた。
もちろんそれはスキルといえばスキルだけど、そこに対して評価してもらうことに違和感があった。
なぜならロジックがあって、誰にでもできることを、淡々とこなしているだけだったから。

ただの作業になっていた。
裏切っている気分だった。

相手はどんなに素晴らしいかを伝えてくれて、まっすぐな気持ちでありがとうを伝えてくれる。
それなのに自分は計算で応えるだけになっていく。不誠実この上ない。
ビジネスに対しては誠実なのかもしれないけど、人に対しては不誠実。

そのまま出世していく道も、スカウトのような話も、出資のような話もありがたいことにいただいていた。

でも自分は人に対して不誠実な仕事を続けて出世したいわけでもないし、
スカウトを受けられるほど自信もないし、
やりたいことがあるわけでもなかった。

そもそも現職のつながりで新しい仕事をすることは、
会社の看板のチカラを借りることにすぎないし、
転職してからもその看板がずっとつきまとってくる。

一般的にはそれをキャリアと呼ぶし、うまく使うことでキャリアアップしていくのだと思うけど、自分にはそれは向いていなかった。

会社への恩もあったので、転職先を決めずに引継ぎをしっかりと終えて退職した。

冒頭にもどる。

私が転職を決意したきっかけは、
「今の会社の看板をおろしたときに、自分には何が残るのか?」
という漠然とした興味と将来への不安だった。

まっさらな状態(つまりニート)になり、
ひさしぶりの長期休みに胸を躍らせ、無敵になった。
逆になんでもできる気がした。

まずは自分のルーツを振り返るために生まれ故郷に行き、
はじめての一人旅をした。
そして、いろんな短期のアルバイトをしてみた。
やったことがない事務職。接客業。はじめての社食も経験した。
自分のことを誰も知らない世界での挑戦。

数か月経ったころ、自分の苦手な世界がわかってきた。
そこで気づいた。
将来への不安をなくすことは、苦手をなくすことが近道ではないか。
好きなこと、得意なこと、自分の強みがよくわからない自分にとっては、
苦手をなくしていけば、それなりになんとか生きていけるだろう。
そう思った。

「苦手な業界×自分ができないこと」つまり未経験。
この条件に加えて「社会課題の解決」をサービスとして提供する会社を探した。
理由は、しばらくは需要がありそうだったから。
エージェントを使わず、ネットで見つけて、その会社だけを志望した。

そのかわり徹底的に調べあげて、ここしかないと思った理由や、
人に対して不誠実な思いをもって働いていたことへの違和感など、
わずかながら、持ち得るすべての誠実な思いを履歴書とメールに記した。

面接は一回も練習をしたことがなかったけど、
聞かれたことに率直に思ったことを話した。

面接の終わりに「何か聞きたいことはあるか?」と聞かれたので、
保険をかけることにした。
「もしだめだったら、アルバイトでもいいから働かせてもらうことはできるか」と尋ねた。
幸運にも、社員として働くことができた。

もちろんお給料は下がったけれど、
幸い物欲がない自分は、休みの前の日にNetflixで夜更かしをして、目覚ましをかけないでたっぷり寝て、美味しいビールを飲めることが幸せ。
たまに食べたくなるハーゲンダッツも、迷うことなく買える。
高級料理店に行ったり、親をいつか介護施設に入れるには、
これからもっとがんばらないといけないけれど、それはコツコツと。

まったく誰も知らない世界でなんとかやってこれている今は、
少なくとも仕事に関しての将来への不安は一切なくなった。
会社の看板がなくても、自分は何かやれることがあるという自信がついた。
同時に、今の仕事に執着をする必要はないことを誰かに伝えられる自信もついた。

人に対して誠実である前に、自分に対しても誠実に生きること。
人生の「足るを知る」ことができた転職だった。

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