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平日ソバーキュリアス宣言!

年末におこなった献血の成分表を見て、こりゃいよいよヤバいな、そう思った。
あらゆる数値が、危険水域に達している。

僕は、毎晩お酒を飲む。
帰宅後、まずはビールか、ビールを使ったカクテルを1杯。ちゃんと冷蔵庫で冷やしておいたグラスに注いで飲む。これを、2分くらいで飲み干してしまう。その間に、さて、今夜の献立は〇〇だから、まずはギムレットを作って、飲みながら晩御飯の支度して、そのあとはメニューが洋食だから食事と一緒にワインかな、と今夜飲む酒を考える。

グレープフルーツジュースとビールで作るパナシェ
僕は「ホワイトアイ」と呼んでいる
第3のビールが極上の潤いに化ける

学生時代にバーテンダーのアルバイトをしていたことが祟って、僕は自分でシェイカーも振れてしまうし、炭酸ガスが極力抜けない方法で最高のハイボールを素早く作ることもできる。おかしな話であるが、自分で作る酒の味を、僕は信頼している。町場の下手なバーテンダーが作るマティーニなんかより、よっぽどキリッとしたモノを、その日の気分で銘柄やレシピを変えながら作ることだってできる。自分の好みは自分が一番よくわかっている。僕にとって最高のバーテンダーが僕であることは、疑いのない事実だ。

自作のマルガリータ
表層に細かい氷を浮かべるためハードシェイクで作る

よく「適量」という言葉を聞く。
きっと、体にとって害がなく、酔い潰れることもなく、アルコールによる作用で開放感やストレス解消を感じる、俗にいう「ほろ酔い」状態がそれに当たるのだろう。ふわっとした感覚が気持ち良い、そういう人も多いのではないだろうか。
しかし、僕にとっての「ほろ酔い」状態は、決して心地良くない状態なのだ。
「寸止め」以外の何ものでもない。早く酔いたい願望がむくむくと湧いて来て、体は次の1杯を求め続ける。「ほろ酔い」状態で終わりにするのは、下品な表現になるが、挿れずに終わる行為、射精(だ)さずに終わる行為に他ならない。不発。

だから、飲み始めると、基本的に酔い潰れるまで飲んでしまう。記憶もほとんどない。ふと目を覚ますと、大抵ソファの上か、冷たくなりかけた浴槽の中だ。危険。それから布団に潜り、朝まで二度寝する。目覚めは、すこぶる悪い。
家の中で寝落ちするくらいなら、まだいい。小田原あたりで飲む時は、油断して電車に乗ると寝てしまい、気づくと終点新宿、を何度も経験した。小田原から二駅ほどで降りるところを、終点までの80分、ぐっすり気付かずに寝てしまう。
もちろん、家族にも迷惑を掛けてきた。子供達は、酔った僕のことを明らかに軽蔑している。妻は呆れ果てて、そんな僕に注意することもなくなった。
僕の飲酒習慣について書き出してみても、いいことが何もない。
こんな生活を、四半世紀以上続けてきた。

なぜ飲むのか。
ストレスの解放?趣味?暇つぶし?自虐的破壊行為?現実逃避?日々のルーティン?アルコール依存症?
どれもピンと来ないし、全部当たっている様な気もする。

最近は加齢のせいもあるのか、飲みながらできることが減った。昔は酒を飲みながら当然の様にできた、読書や映画鑑賞や音楽鑑賞が、全く出来なくなった。全部、寝落ちしてしまう。単に、酒に弱くなってきているのかも知れない。

何度か、禁酒にもトライしてきた。
毎回、もって、2日程度。
一度、家族にも禁酒を宣言した時などは、我慢できなくなると、こっそり隠れて飲んだりした。病的だ。
一応、週に1日の休肝日を設定しているが、まあ、簡単に破られる。
では酒量を減らそうと、1日2杯まで、と決めてみたが、そう宣言しながらグラスに3杯目を注いでいた。

僕は、仕事があるから廃人にならずにすんでいる、ここ数年、本気でそう思い始めた。
朝、普通に出社するサラリーマンだ。たまに徹夜や遅い残業になる時もあるが、たいてい、夕方帰ってくる。
この、規則正しい生活がなければ、僕はきっと朝からビールのプルタブを引くに違いない。そうでなければ、ソムリエナイフでスマートにワインボトルのコルクを抜くかも知れない。


血圧 147/99
ALT(GPT) 29
γ-GTP 111
これが今回の献血の結果だ。
僕は献血とは別に、毎年職場で、二回の血液検査を受けている。その検査でも、肝機能の数値の高さから、再検査通知を受け取ることが増えた。
血圧は数年かけて、ゆっくりと、でもはっきりと上昇を続けている。
ALTとγ-GTPが示す数値は、肝臓が悲鳴をあげていることを、如実に表している。
γ-GTPなどは、摂取した酒量によって多少の上下はあるにせよ、3桁は異常数値だ。
ALTも16を超えたら脂肪肝が始まっていて、30を超えたら肝炎だと言われている。

長生きを切に望むわけではないが、このままでは、本当にいつ大きな病気を患い、まだ先だと思い込んでいた終着駅にすぐ着いてしまうかも知れない。気づいたら新宿、が現実になってしまう。
さすがに、両親より先に逝くほど、親不孝はできない。

要は、酒との付き合い方を見直さなければならない。
図書館やネットで、禁酒、減酒のワードで検索し、それらを読むことをつまみにしながら酒を飲む、そんな新年を過ごした。
その言葉と出会ったのは、たまたま、だ。多分、ネットの記事だったと思う。

「ソバーキュリアス」

最初、蕎麦とキュウリしか入って来なかった。
明らかな和食も最後まで続けて発音すると、この何やら宇宙的、未来的な響きを持つ単語に化ける。

以下、引用。

皆さんは「ソバーキュリアス」という言葉を聞いたことがありますか?
Sober(しらふ)とCurious(好奇心が強い)を組み合わせた造語で、“あえてお酒を飲まない”という新しいライフスタイルのことを指します。
健康志向の高まりなどから、Z世代(1990年代半ば以降生まれの世代)を中心に日本でも広まりつつある考え方です。
リラックスしたい時やリフレッシュしたい時、その日の気分で何を飲むのか。その選択肢の一つが「ソバーキュリアス」です。「ソバーキュリアス」はアルコールを飲むのを我慢するのではなく、ポジティブな気持ちであえて飲まないライフスタイルのこと。「趣味などの自分時間にしらふで没頭したい」「明日の朝、スッキリ目覚めたい」など飲まないメリットを感じたときに自分で選択するのが特徴です。
もともとは欧米のZ世代が取り入れはじめ、SNSで「♯sober」のタグをつけて発信したことから注目を集め、世界のトレンドになりつつあります。

アサヒグループホールディングス

おお!
我慢ではなく、選択!
僕が今まで禁酒に失敗し続けて来たのは、その根底に「我慢」を強いられて来たからだ。何かを強要されれば、人はそれに反抗する。たとえそれが自分で課した強要であっても、だ。と、言い訳してみる。
書籍まであるという。検索すると、最寄りの図書館にあるではないか!さっそく借りてきた。

https://www.amazon.co.jp/飲まない生き方-ソバーキュリアス-Sober-Curious-ルビー・ウォリントン/dp/490892578X/ref=sr_1_1?adgrpid=131423912060&hvadid=679090097648&hvdev=c&hvqmt=b&hvtargid=kwd-1637547800549&hydadcr=1795_13657180&jp-ad-ap=0&keywords=飲まない生き方+ソバーキュリアス&qid=1706319236&sr=8-1

酒をやめれば、ラクになれるのか
一滴も飲まずに人と付き合うには?
飲まない人生に「退屈」の文字はない
セックスはしらふに限る!
飲まない自分は何者なのか?
オーガズムな眠り
しらふでハイになる
二日酔いのない社会へ

飲まない生き方 ソバーキュリアス 目次より

目次を見ただけで、興味深い。一晩で読破した。
以下、本を読んだ後。

こんにちは、ソバキュリアンの渡辺拓朗です。
良い響きではないか。
思い立ったら、すぐヤる。なんでもそうだ。
完璧なソバキュリアンになるのはハードルが高そうなので、まずは、平日限定で。
ゆるく行きましょう。今までは全敗して来たんだから。今回も期待低めで。

1月22日(月)からスタート。
禁酒は、初日が最も困難であると言われる。飲酒が日常化している人にとって、その定型行動を変えるのに、腰が重くなるからだそうだ。
でも僕にとって、初日はいつもそれほど大変な問題ではない。きっと、意味不明な前向きのメンタルに火がついたばかりだからだと思う。それに、何度か失敗している禁酒の中でも、酒を飲まないためのヒントを、いくつか経験して来た。
帰宅して、すぐに麦茶を1杯、一気に飲む。これだけで、スッとアルコールを求めていた心身が鎮まる。その後すぐに夕飯にしてしまえば、初日はクリアできる。その後入浴し、読書をしながら寝てしまった。睡眠は浅い。身体中が騒がしい。毎晩降ってくるアルコールの雨が降らないせいで、全細胞が不思議がり、いたるところで良からぬ噂話をしている、そんな感覚。

本当の問題は、いつも2日目と3日目に訪れる。
夜も眠れなくなる。寝汗でびっしょりになる。
アルコール依存症の典型的な初期症状の一つらしい。自律神経が狂い、アルコールを求めて細胞たちが騒ぎ立てている状態。
この離脱症状が苦しいのだ。動悸が激しくなり、寝付いたと思ってもすぐに目覚めてしまう。寝汗がびっしょりで掛け布団をずらすと、今度は寒い。時計を見ても、寝付く前から20分程度しか過ぎていない。身体中が、ドライ状態。

今回、この離脱症状を少しでも回避するため、取り入れたのがサウナだ。夕食後、すぐサウナに出かけた。この夕食をまず食べてしまうのがポイント。サウナ上がりに空腹だったら、間違いなくその後のサウナ飯と一緒にビールを欲してしまう。
全員に当てはまるかわからないが、飲酒への欲求が空腹時に起こりやすいのは、僕が知りうる自分自身のデータの一つ。常にお腹を満たすことも、禁酒のコツの一つだ。酒は、空腹時が一番美味い。
サウナに入った日は、元々普段よりぐっすり眠れることを知っていた。禁酒実施日にもその効果を期待した。
ビンゴ!
サウナによって適度な疲労感を得た体に仕上げ、そこから自然な睡眠に繋げることで、難しい2日目と3日目を乗り越えることができた。

そして、不思議な感覚が訪れる。
木曜日(禁酒3日成功の翌日)の朝だ。
軽い!
体が軽い!
アルコールによって常態化していた体のダメージが、抜けた感覚。
カーテンの隙間から差し込む朝日も、いつもより輝いている。目覚めてからベッドを出るまでの時間も早い。
朝食も、美味い。
出社してからも、頭の回転がいつもよりよく感じる。心なしか、仕事も捗る。
さらに驚くことに、木曜の禁酒は、簡単だった。
というより、むしろ酒なしの夕飯を楽しみにしている自分がいた。若い頃のように、白飯を一気にかき込む喜び。晩酌で肴として食べるおかずと、純粋に食事として食べるそれは、明らかな別物だ。後者は、体が求める生命の源であり、人間本来の欲求によるものだ。それを満たす行為の快感を久しぶりに思い出すことができた。

食後の時間も、禁酒によって得た大きな産物だ。
音楽を流しながら、読書をする。酔いつぶれてしまう夜には、決して訪れない実りある時間だ。
入浴時に、自問自答することもできる。当然、酒に酔った状態ではできぬ芸当だ。今日一日の出来事を反芻し、考察する。
本来人が当たり前にすることを、ずっと放棄してしまっていたことに気づく。アルコールを抜いた健康な肉体を取り戻すだけでなく、脳にも、心にも、たくさんの栄養を供給することができた気がする。
そう、酒なし生活の良さを、ソバーキュリアス生活四日目にして知ってしまったのである。正確に言えば、思い出したのだ。しかし、もう四半世紀以上忘れていたことだ。つまり、これは進化に近い。

さて、問題は、継続できるか、否か。
目標は、春に実施予定の会社の健康診断での、数値回復。
ゆるーいルールで、やっていこうと思っています。
定期的にレポートしようと思ってまーす。

さて、もう一つ、楽しみができたことだけ、書き記しておく。
それは何かって?
もちろん、週末のビールだ。

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