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【紀行文】刀剣では日本屈指の佐野美術館にて職人技を見た

三島市にある佐野美術館は日本屈指の刀剣美術館

 三島市にある佐野美術館は、おそらく刀剣に興味がある人はその名を聞いたことがある、そういう美術館である。ご本人が名乗ったかは分からないが、元館長(現理事長)の渡邉妙子さんは、「元祖 刀剣女子」ということで、刀剣の世界で初めて認められた女性刀剣研究家である。
 私もお会いしたことがあるが芯の強い女性であり、まさに男性性の強い世界で戦ってきた真の刀剣女子であると思った。

 さて、そんな佐野美術館では、屈指の日本刀コレクションを有しており、常設展示のほかに、日本刀の制作過程や装具師の価値を顕彰するような事業を行っている。地味ではあるが、刀剣が好きな人には刺さる企画であり、この11/18-19の2日間限定の企画であった。
 詳しくは、「第13回 新作日本刀 研磨 外装 刀職技術展覧会」日本刀の匠たちをご覧いただきたい。
 装具等の実演場所は、佐野美術館の隣にある美術館創立者の佐野翁にゆかりのある登録有形文化財の隆泉苑内の日本家屋内で行われた。朝10時の開館時間直ぐに庭園内に入ったのだが、既に来館者がいた。 

入り口に立つ石像
会場となった日本家屋
質素だが趣のある入り口 佐野翁のご両親のための邸宅だったようだ
落ち着いた庭園(隆泉苑)お茶会なども催される

先ずは柄巻師

 私は居合もやっているので、居合刀を使うため柄の感触やその柄の中には、鮫皮(実はエイ)が使われていることや、ひもの巻き方が少しずつ違うことは知っていた。
 ただそこを専門にしている職人の存在にまで思いを馳せたことはなく、かなり興味を持って拝見させていただいた。 

鮫(サメ)と書いてあるがエイを使っている

 滑り止め効果があり、ちゃんと向きがある。触らせていただいたが滑り止めになる方向と、そうでない方向ではまるで違った。この皮の状態からさらに磨きをかけて柄にきっちり巻いていく。漆を塗ったりさらに加工がある場合もあるとのこと。昔は、この皮をまく専門の職人もいたとのことだが、今では、柄巻師がすべてやっているらしい。

巻方のいろいろ すべてに名前がついている

 柄には僅かな反りがあり、実際に握ってみるとわかるが、小指がしっかりと掛かり刀がすっぽ抜けないようになっている。巻き方それぞれに、おそらく意味が歴史的な経緯があるのだろう。
 興味ある方はこちらが参考になる。

一巻毎に確かめるように。ひもの組み合わせ 鮫皮との相性
 気の遠くなるような組み合わせと技術がこの柄巻だけでも込められている。

 数時間をかけて作業していくのだが、こちらの職人さんはいろいろ教えてくれる方で気さくに質問に答えていた。柄巻の寿命は100年、いいもので300年くらいとのこと。それでも寿命があるため、巻き直しの依頼が結構来るとのこと。ちなみに正絹のほか鹿革の紐もあるとのことで、それらに対する正確な知識も要求されるのだろう。

研ぎの久遠なる世界

 次は研ぎ師の実演を見た。私たちが、柄巻師のところにいる間ずっと質問を熱心にしている方がいて、その方の質問に朴訥ながら丁寧に答えている職人さんだった。
 そして、ひたすら同じことを繰り返している。刀を研ぎ、ふき取り、確かめ、水をつけ、研ぎ、拭いて、確かめ・・・しゃべりながらも延々と続けていた。このくらいの季節ならまだ良いのかもしれないが、冬場延々と水に触れながら、研磨していくのは、想像以上に辛い仕事だろう。
 研ぎは、気の遠くなるような作業であることは想像に難くない。実際モノにもよるが2~3日ぶっ通しでかかるようなものもあるらしい。
 研ぎには、行程があり、その時によって使う砥石を変える。砥石の種類は、これまた気の遠くなるような数があり、いつか合う刀のために仕入れ、そのまま一生使わずに終える砥石もあると聞いた。

この時の工程は刃紋を出す行程だった
横に研いでいる(刃を出すのではないため)

 私事だが、刀の手入れを誤り錆を生じさせてしまったことがある。仕方なくやすりでこそぎ落としたが、傷だらけで曇ってしまった。(観賞用ではないので、それでもまあよいのだが)
 以前、それとなく聞いたことがあるが、数センチ四方の部分研ぎだけでも十万円近くするとのこと。
 高いと思うが、それだけの時間をかけていただくということが分かる。
 ちなみに研ぎ師の世界に免状はないらしい。自称研ぎ師は数100人いるかもしれないが、師匠について刀剣専門にやっているひとは、50人いるかどうかとのことだ。

鞘はオーダーメイド

 最後に鞘を作る職人さんの実演を見た。
日本刀は、当然一振り一振りがオリジナルで機械的生産工程で作られるものではない。それゆえ打ちあがったものを型に鞘を彫り上げていく。
 鞘となる木を縦に二つに割り、その中に中空になるように鞘を作っていく。刀ごとに左右の反りが異なり、それらを見ながら慎重に削っていく。
こちらも気の遠くなるような仕事だ。以前私が使っていた刀の鯉口(刀の鍔と鞘があたるところ)が緩くなり、和紙を張るといいよ、という言葉を軽く信じて一枚張ったところ、今度はきつくなって難儀したことがある。
 それほど精妙な調整が必要なのだと思った。

登録有形文化財の隆泉苑

 職人の実演を見た後、この家屋内を見て回った。幾つかこうした国の登録有形文化財を見たことがあるが、まあ普通・・・という感じだった。
 この国の登録有形文化財は、実は指定制度の下に位置づけられる結構緩いもので、かなりの数の建物が登録されている。実際指定にしてしまうと、指定時の状態の維持を求められとても大変であると聞いている。
 そこで、現状のまま建物を使い続けることが出来、小規模な改変は届け出でできる登録制度を選ぶ場合が多いようだ。
 こちらもこうして、様々な催しで使いながら維持をしていくことになるのだろう。そうした取り組みを応援したく思い、募金を少々してこの建物を後にし、佐野美術館本館に向かい、本展を楽しんだ。

こうした洋室のほか落ち着いた和室もある

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