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「スタートアップワールドカップ2023」日本のアイリスが優勝、「イノベーション10の教訓」のワークショップも


優勝投資賞金100万ドル(約1億4000万円)という世界最大級の起業家コンテスト「スタートアップワールドカップ(W杯)2023」の準決勝・決勝大会が11月29日と12月1日に米サンフランシスコで開催され、日本代表のアイリス(Aillis、東京都中央区)が見事優勝した。

スタートアップワールドカップ2023決勝大会でプレゼンするアイリスの沖山社長

アイリスは日本で承認された、喉の画像や問診からインフルエンザの判定が可能な人工知能(AI)搭載内視鏡を国内の病院やクリニックに提供する。スタートアップW杯主催者である米ペガサス・テック・ベンチャーズ(Pegasus Tech Ventures)のアニス・ウッザマン(Anis Uzzaman)CEOによれば、その技術と他国にも事業展開が容易なビジネススキームについて決勝大会の全審査員から最高評価を受けたという。

12月11日に都内で開かれた記者会見で、医師でもある沖山翔社長は受賞の喜びをかみしめるとともに、「(喉画像の提供など)開発に協力してくれた患者さんだけでも実に1万人いる。さらに医師や看護師、医療事務の方々500人以上が関わったメガプロジェクトだった」と関係者への感謝の言葉を述べた。

さらに、沖山社長は「私達の技術自体は人種を選ばないし、どの国でもきっと使える。日本で実施した治験の結果を参照しながら、世界最大の市場である本丸の米国をはじめ、簡易的な審査で使えるようになるアジアの国々もターゲットになる」と話し、海外展開に力を入れていく方針を表明した。

優勝投資賞金100万ドルの用途については、「他の病気の判定にも広げるのが次のステップ。1億円や2億円では済まない多額の研究費が必要になるので、そうした分野に使いたい」とした。

一方、会見に同席したウッザマン氏は「決勝戦の審査員との間で、沖山氏のピッチはオバマ元大統領に似たスピーチスタイルではないかという話になった」との裏話を紹介。「オバマ氏はあまり多くの文章を言わない。だが言っていることの一つ一つが重い」とし、ポイントを端的にわかりやすく伝えることの重要性を強調した。

ウッザマン氏は2024年のスタートアップW杯日本予選にも触れ、「九州からも要請が来ている。話し合いがうまくいけば、2023年に予選を行った京都・東京を含め日本で3予選を実施することになる」と明かした。つまり、2024年のサンフランシスコでの準決勝・決勝大会には3社が日本代表として参加できることになる。


スタートアップワールドカップ2023の順位。準決勝には世界各地の予選を通過した42社が参加した。

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スタートアップW杯の準決勝と決勝大会の中日、11月30日には関連行事として起業家や大企業向けの有料ワークショップがサンフランシスコを拠点とする国際的な弁護士事務所モリソン・フォースター(Morrison & Foerster LLP)のオフィスで開催された。その中から、企業関係者に参考になると思われる内容を一部紹介する。

まず「イノベーター、投資家、企業リーダーのための10の教訓」という標題で講演を行なったのが、ビル・ライカート氏(Bill Reichert)。同氏はペガサス・テック・ベンチャーズのパートナーであり、スタートアップW杯のチーフエバンジェリストを務める。

ワークショップで講演するビル・ライカート氏

ライカート氏のバックグラウンドを紹介しておくと、スタンフォード大学大学院の在籍中に自ら起業し失敗した経験や、2社をIPO(新規株式公開)に導いた経験を持ち、カリフォルニア大学バークレー校でベンチャーファイナンスを教えていたこともある。投資家としては、元アップルコンピュータ(現アップル)エバンジェリストのガイ・カワサキ氏(Guy Kawasaki)らとGarage Technology Venturesを共同で創設しキャリアをスタートさせた。カワサキ氏らとは「Getting to Wow! Silicon Valley Pitch Secrets for Entrepreneurs」という著書も出している。

そんなライカート氏による第1の教訓は、「発明ではなく、イノベーションに焦点を当てよ」。

シリコンバレーの名だたる企業は技術的な発明で世界を変えてきたわけではない。例えばアップルはパソコンやマウス、スマートフォンなどを発明したわけではなく、「デザインを発明した」。ここでのデザインとは「他のアイデアを斬新なものにまとめること」。それが発明より収益性の高いイノベーションにつながった。ここから得られるヒントは「ビジネスを成功させるためのアイデアを世界中から見つけることに集中せよ」ということだ。

第2の教訓は「企業の研究開発(R&D)」。シリコンバレーでは物事の動きがあまりに激しいため企業単独でのR&Dは通用しにくい。そこで発明された「グローバル・オープンイノベーション」を本当の意味で実行に移したのが、シスコシステムズのチェンバース元CEO。事業をスケール(規模拡大)させるため、R&D費の一部をスタートアップへの投資、技術への投資、新技術を持つ企業の買収に集中させ、同社を成功に導いた。

第3の教訓が「企業文化」。企業が革新的であるためには、多様な思考を育み活用する方法を見出す必要がある。例えるなら、「楽観主義者、悲観主義者、そして世界の本当の姿を見るエンジニアの三つの視点がいる」。アマゾン創業者のジェフ・ベゾスによる「同意せず、コミットする」という言葉は、安易に妥協せず、同意できない場合は異議を唱えつつも、いったん決定が下されたら全面的にコミットして取り組む姿勢をいう。

第4の教訓は「リーダーシップ」について。リーダーのこれまでの定義はフォロワーを持つ人だった。だが本当にやるべきことは「リーダーを雇う」こと。リーダーは権限と責任のもと、意思決定をギリギリまで進めなければならない。

第5の教訓は「先行者利益」。通常は先行者有利と思われがちだが、実際には先行者は不利な場合がほとんど。アマゾンによる本のネット販売、ネットフリックスのビデオ配信、オープンAIの大規模言語モデル(LLM)…。いずれも先駆者ではない。現実には先行者ではなく、「素早いフォロワーが勝つ」。

第6の教訓は「競争戦略」。新しいテクノロジーを世界に広げるためには、関係者がウィン・ウィンとなるプラスサムのシナリオを描くこと。コラボレーションモデルを導入し、従来のゼロサムゲームよりはるかに早く成長できるエコシステムを作ることが決め手となる。

第7の教訓は「失敗に対する態度」。ペガサスが2020年1月にスペースXに投資した直後、同社が打ち上げたロケットが爆発した。「これはまずい」と思ったが、実はカプセルが壊滅的なトラブルに耐えられるかどうか確認するため意図的な失敗だった。常識とはかけ離れた高い目標を掲げるグーグルのXプログラムでも、大部分は成功しないことが織り込み済み。「目標を達成できない=負け」ではない。大企業も中小企業も「失敗から学ぶ」姿勢が重要だ。

第8の教訓は「利益戦略」。企業は利益拡大のカギはコスト削減と考えがち。シリコンバレーで重要視されるのは価値を高めること。低コストの携帯電話戦略をとったノキアとは逆に、十分な価値を生み出せばiPhoneのような大きな成功につながる。

第9の教訓は「エコシステムでの利害関係者の役割」。世界中で各国政府がイノベーションを推進している。シリコンバレーの主役は民間企業であり、スタートアップから生まれる新しい技術に資金提供し、チャンスを掴もうとする企業がイノベーションの歴史を作り上げてきた。

最後の第10の教訓は、「イノベーションにおけるテクノロジーの役割」。シリコンバレーは伝統的にテクノロジー主導型だったが、それではうまくいかないことを過去20年で学んだ。「イノベーションを推進するのは人であり、顧客中心主義でなければならない」と。とりわけアップル成功のポイントは、デザイン思考と、エンジニアが顧客の求めているものを利用するのに長けていること。

エアビーアンドビーもウーバーもテクノロジー企業ではない。彼らは運転手やソファの周りに信頼を築くことで人々にサービスを提供する。ライカート氏自身も起業家だった若い頃、「顧客は商品ではなく、ベネフィット(利便性や満足感)を購入している」ことに気づいた。その上で「説得力のある価値提案のメッセージを伝えることに集中してほしい。それが顧客ロイヤルティーの構築や成長の原動力になる」と強調した。
(写真はいずれも筆者撮影)

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