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トドの産業医(2) 初めての訪問営業

 産業医を取得したと同時に勢いあまって法人を作ってしまったトドの産業医が、将来本当に独立した産業医事務所に育ちあがるまでの道標を書いていきます。
 今回は懇親会でアポ取りした事業所さんに初めて訪問した時の失敗談を書いていきます。今回も皆さまの笑いのタネにしていただければ幸いです。


まず最初に結論!

・事前に営業パワポはしっかり作りこむこと。十分練習もしておくこと。
・基本だけれども、夏はハンカチ、場所については事前に下見をしておくと心に余裕が生まれる。
・「なぜ」産業保健が必要なのか?自分なりに説明できるようになること。「義務」では人は動かない。


トドの産業医:初めての訪問営業

トドは上機嫌だった。初めての懇親会でアポの約束を取り付けたのである。
結局懇親会は最後の後片付けまでして、22時までなにも口にできなかった。
しかしそれでも気分は上々で、
道端で見つけたタイ料理屋に入りビア・シン(タイのビール)を頼んだ。

「思いっきり冷やしてね!あと氷もマシマシで!」

頭の中は「いくらで契約しようか?いきなり10万とか!?」と
まるっきりお花畑なのであった。

次の日にお礼メールを送りつつアポの日取りも詰めた。
しばらく浮かれモードが続いたが、
訪問の日取りが近づくにつれて徐々に頭も冷めていく。
「あれ?そういえば訪問営業ってなにするんだっけ?」
これまで非常勤アルバイトで面接に行ったときは、
行きさえすればほぼウェルカムな雰囲気だった。
しかし今度はあくまでこちらが『営業』するのである。
『営業』ねぇ…嫌な予感にツーっと冷や汗をかきながら、
ふとtwitterを眺めてみた。

お、この先生話しかけやすそう
ん?

『パワポを準備?』

『パワポ!?』

え?

アポ明日なのに!?

トドは真っ青になった。


只野トド、パワポを作る

とにかく急いでパワポを作らねば!?
開いたはいいものの何を書けばいいのかわからない。
焦るばかりで途方に暮れる。ただ時間はどんどん経っていく。

とりあえず先方からもらったメールをもう一度見返してみる。

私のニーズとしては
・定期的にメンタルヘルスについて従業員に情報発信をして欲しい。
・メンタルヘルス不調者が出たら面談をしてあげて欲しい。
・形式的で義務として行う打合せは不要。 
・コストは重要視しています。

社長より

とりあえずIT系企業のリスク…流行りのセクハラネタでも書くか?
安全衛生委員会は必要ですよと…。
後はトドを選んだ方がコスト的に良いことを書いて…。

突貫でパワポができた。
でもどう考えてもうまく進んでいくイメージがわかない…。

トドはこのデザインが好き
フォトショバリバリのプロフ写真…でも首のぜい肉は隠せず:写真代30000円なり
先方より頂いたメールのただのコピペ…。
なんでこのスライド作ったんトド?
とりあえず不安をあおる作戦
突っ込みどころが多分100万個位ある。
今の個人指導医に見られたら苦笑?失笑されるレベル
コストだけは具体的な数字をだした。
え?根拠?twitterです。

只野トド、下見する

営業用パワポとプロフィールシートを
セブンイレブンのネットプリントで3セット印刷。
それぞれクリアファイルにいれてさっと取り出せるようにする。
事業所までは徒歩15分。アポイントまではまだ1時間あった。
気温は35℃、とにかく暑い。
上下スーツを着てネクタイもばっちり絞めているから当たり前である。

『1回場所を確認しておこう』

そう思ってグーグルマップを見るが、なかなか該当の建物がわからない。
しかたないので一棟一棟ビルディングの中に入った。
190㎝汗だくのトドが
「この度はお時間を頂き誠にありがとうございます。私は株式会社トド産業保健事務所の…」とぼそぼそ言いながらビルディングに侵入していくのだ。
はっきり言ってただの不審者である。
よく通報されなかったもんだ。
3棟目のビルディングに入ったところでようやく看板が見つかった。

『株式会社〇〇テックソリューション』(架空の社名です)

今日の訪問場所である。
よし場所はわかった。
しかしまだ約束の時間まで30分近くある。
これは一度態勢を立て直すしかない。
ちょうど近くにセブンイレブンがある。
ちょっと涼んだって罰は当たらないはずだ。

「いらっしゃいま…せ~」

汗だくのトドが相当目立ったのか、レジのおばちゃんの挨拶に一瞬間があった。そしてこんな日に限ってハンカチを忘れる。
仕方ないのでセブンのハンドタオルを手に取ったが、
これが見事に銭湯で使いそうな安物タオルなのである。

35℃なのに上下紺スーツ。汗だくなのに真っ青な顔をした190㎝のトド。
手には銭湯風のハンドタオル…レジに並んでおばちゃんと目が合った瞬間。

「あ、あの!今日僕初めて営業に行くんです!!」

トドは不安でたまらなかった。
とにかく誰かに聞いて欲しかったのである。
レジのおばちゃんは何かを察したのか…。
「今日は暑いから無理はあかんよ」そう諭すように話しかけてくれた。
ありがとう、セブンのおばちゃん。
あ、やば!あと10分でアポの時間やん!?
トドは急いで駆け出した。

トドが駆ける!

只野トド、挨拶する

 5分前になんとか建物に着いた。ネクタイを付け直し、ベルを鳴らす。
「本日13時にお約束させていただいた只野トドです」
「はい。少々お待ちくださいませ。」
ドアが開いた。
「本日はお時間を作っていただき誠にありがとうございます!トド産業保健事務所の只野トドです!」

せっかく涼んだのにすぐ汗をかく

「はいこんにちは。どうぞこちらへ。」
 渾身の挨拶をお姉さまにすっと流され会議室に通される。
「どうぞ奥の席へ」
「席、失礼いたします!」どすどすと鞄を地面に置きながら椅子に座る。
数分してすぐに社長さんがいらっしゃった。
ポロシャツにチノパンが良く似合っている。
改めて社長さんを見ると、「綺麗なスネ夫」にそっくりだった。


トドを邪険に扱ってもいけません

「本日はお時間を作っていただき誠にありがとうございます!トド産業保健事務所の只野トドでございます!」(2回目)
「はいこんにちは」とお互いご挨拶。
「先生は今後ここで商売していくの?」
「はい!その通りです」
「だったら商工会と法人会に入るのは正解だね…僕が知る限り産業医の事務所は初めてだね」

そこから色々な情報を教えてくれた。
どうも法人会には青年部会と言うものがあるらしい。
他にも日本青年会議所というグループがあって、
そこも20~30代の経営者層が数多く所属しているとのこと。
40歳で卒業になるが早いうちに所属し、
幹部としてイベントを運営することでかなり地元企業との繋がりができる。
青年会議所の幹部はほぼそのまま法人会の幹部として組み込まれていくので、法人会での顔も広くなる。

ただデメリットもある。
・日本青年会議所はイベントが多く、運営側としての仕事も多い。本来の事業以外の業務に相当な時間を割かないといけない。
・飲み会も多く、最低月8回はあるとのこと。しかもかなり遅くまで飲み続けるため、家族に負担がかかるのを覚悟しないといけない。
(いわゆる『あなた、今日も飲み会なの?』と言うやつだ)
・会費もそれなりに高い(入会金2万円前後、年会費10万~15万)

うーん…子供がもう少し大きかったら喜んで参加したのになあ…と思った。
結局うちの子供が落ち着くのを待つとなると、年齢はほぼ40になる。
スネ夫社長のススメとしては本当は3年以上の所属が望ましいが、
それでも1年位は日本青年会議所に入ってはどうか?というのだった。

同時に法人会だからといって、殆どの企業が50名以上の従業員を抱えているわけではないということも教えてくれた。
それに業種も市によってかなり偏りがあるようだ。
(少なくともトドがいる市では飲食店がメインのようだった)

これは色々と営業戦略を考え直さないといけなくなった。
ただこういった情報を惜しみなく与えてくれただけでも、
本当にありがたかった。


只野トド、営業開始!

さて、新入会者に対するスネ夫社長からのレクチャーがひと段落ついた。
ここからが本番である。

「それではここで一つ当社の紹介をしてもよろしいでしょうか?」
「え?ああどうぞ?」

トドが迫る。社長が引く。

「今回はどのような経緯で産業医を検討するようになったのでしょうか?」
「あーうちもそろそろ従業員が50人を超えるからね。いよいよ選ばんとあかんかなあと思ってたんだよ。」
「メールを確認いたしましたが、従業員で不調者が出た際に相談にのってほしいというニーズがあるようですね。」
「そうなんだけど、仕事というよりプライベートの影響が大きいみたいなんだよね?」
「なるほど…ただIT業界で近年問題になっていることはどんなことかご存知ですか?」

ここでトド、渾身のスライドを示す。
セクハラとメンタルヘルス不調リスクを持ち出してなんとかこちらの流れにもっていこうと思った…。
しかしここでスネ夫社長が攻勢にでる。

「うちは取引先が超大手だから問題なんかおきてないよ。あくまでトラブルはプライベートのことがメインだし、そうした時に相談に乗って欲しいだけだからね。で、年度末にちょっと社員の前で話をしてくれるだけでいいんだけど?」

今度は社長がスライドを示しながらトドを論破する番だった。
さすがIT系、パワポは見やすく美しかった。

「あとなんだっけ?安全衛生?委員会?あの義務の奴?あれいらないんだよね。あの時間があったら仕事をしてもらいたい。」
「なるほど…ただ労災の発生状況、長時間労働者の有無など、リスクのある状態があるか把握が重要かと?」

「おかげ様で今のところ労災は起きてないし、80時間を超える長時間労働の人もいない。義務なのはわかってるけど、なんでこれをやる必要があるの?利益を産む時間を潰してまで?

確かになんでなんだろう…。
突き詰められるとまだ自分の中に全く答えがないことに気がついた。
安全衛生委員会の構成員については答えられる。
取り扱う議題についてもなんとか説明できるだろう。
でもそもそも『なぜ』する必要があるのか?
根本的な問いに対する答えはまだトドの中には無かった。

私が黙っているのをみて社長は少し声色を変えた。

「それにね、先生。我々は仮に困ったことが起きたとしても,それを最初に相談するのは産業医じゃないんだよ。法人化したらまず税理士先生に顧問になってもらう。お金のことで困るからね?次にお願いするのは社労士先生だよ。だからね先生。最初に従業員のことで相談するのは社労士先生なんだよ。

噛んで含むような言い方だった。

「だから先生にお支払いする報酬もそうだなあ。月1万位なら良いかな?」
「1万ですか?社長、相場はご存知ですか?」
「もちろん、スライドに書いてあるくらいなのは知ってるよ。他の仲介会社の人も同じくらいの予算を言ってたからね。でもまあ、3でも高いと言って断ったんだよ。」
「1ですと、産業医としての登録はできません。精神科顧問として、従業員様のメンタルヘルスケアは可能ですが…?」

「それだったら必要ないね。」

初回の営業は完敗だった。



帰り際、悔し紛れにバカ丁寧なお辞儀と大きな声でお礼を言って帰った。

暑い…けど、うっすら涙が出そうだった。
最初に浮かんだのは、
『なんでこんなにも産業保健のニーズを理解してくれないんだろう』
という言葉だった。

でもそれは言い訳にすぎなくて、
僕自身、産業保健について何もわかっていないこと、
勉強不足であることが露呈しただけだった。

本当にばっさり切られた気分

ただそれでもトドは諦めない。
まだまだやることは山ほどある。
営業用のパワポをちゃんと作って、ホームページも作り直して、
勉強もしないといけないし、営業戦略も考え直さないと…。

いつの日か本当に独立して食べていけるようになるため、
トドは今日も動き続けます。

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