彼女たちのコズミック・イラ Phase21:アコード事変

劇場版の1週間後。ミレニアム艦橋での会話シーンです。登場するのはアレクセイ・コノエ艦長、アルバート・ハインライン大尉、そして男ばかりだったのでアビー・ウィンザーさんを聞き手に出しています。

コノエ艦長の設定は全てオリジナルです。教員設定を採用した程度となります。どうやらコーディネイターだったようですが、あの人は声的に頭のキレたオールドタイプ……

次回からは一転して女だらけのパイロットたちの話となります。


C.E.75:月面都市コペルニクス・ミレニアム艦内

ファウンデーション王国による大規模な武装蜂起、通称『アコード事変』から1週間が経過していた。

元オーブ国軍大佐、マリュー・ラミアスによって不法占拠されていた世界平和監視機構コンパス所属艦ミレニアムはアコード事変解決後に返還され、本来の艦長であるアレクセイ・コノエ大佐の指揮の下、月面都市コペルニクスに駐留していた。

「ユーラシアはもちろんのこと、私の古巣である大西洋連邦もずいぶんと手酷くやられたようだ。」
「第一次地球・プラント大戦や先の戦乱程ではないようですが、レクイエムによる被害をリカバーするには相応の時間が必要になるのでしょう。」

艦長席にだらけきった格好で座るコノエ艦長に対し、些か早口で状況を分析しながら自身の仕事をこなす男。彼、アルバート・ハインラインはミレニアムに搬入された新たなモビルスーツ、さらには事変で運用した機体の調整、確認を行っていた。

「はぁ……まーた顔見知りが何人か逝ってしまったのかねぇ。」

特段悲しむ様子を見せるわけでもなく、無情さを纏って物思いに惚けるコノエ艦長。そんな彼に対して、艦橋で待機をしていた管制官、アビー・ウィンザーが問い掛ける。

「コノエ艦長は非常に優れた指揮官だというのに、どうして大西洋連邦はコンパスへの出向を認めたんですか?」
「んん?あぁぁ……そうだね。ハインライン大尉辺りなら割と知っているかもしれないけど、他のみなさんは私の経歴に詳しくはないんでしたっけね。」

大西洋連邦の軍人、ナチュラルでありながらコーディネイターが建造し、乗員の大半がコーディネイターで構成されたミレニアムの艦長を務める異端の軍人。そんなコノエ艦長の経歴にアビーは興味を抱いていた。

「そんなもの見ればわかるでしょう。この人がこんな人間だからに決まっています。」
「こんな人間って……どう考えても何か問題があるような人ではないですし、何を見ていれば問題なのかなんてさっぱり……」

ハインライン大尉の不躾な回答に困惑をするしかないアビー。しかしコノエ艦長は苦笑いを浮かべながらも、そんな彼の言葉を肯定しながら彼女に向って話を始める。

「まぁ、大尉の言っていることもあながち間違いじゃないな。アビーくんも知っての通り、私は大西洋連邦出身の軍人、つまりナチュラルだ。君たちザフト軍とは、長年に渡り反目し合っていた組織の人間でもある。」

そこまではミレニアムのクルーも周知している話であった。そしてここから話は、アレクセイ・コノエという人間の経緯を辿ることとなる。

「以前の職場を離れて軍に入ってみたのはいいが……どうも私は上官たちに気に入ってもらえなくてね。士官学校ではそれなりの成績を収めたのだが、前線で指揮を執ることはほとんどなかったんだよ。」
「えぇっ!?コノエ艦長ほどの人が……ですか?大西洋連邦って、そんなに優れた人が集まっていたんですか……」
「違うぞアビー。軍にとって必要なのは優秀な人間ではなく、上官の思い通りに動く人間だ。そこでは無能か有能かという基準も必要はなく、求められるのは戦闘意欲や自己肯定感といった数字で計ることが出来ない要素だけだ。」

早口かつ一層理詰め、もはや鼻につくような雰囲気さえ感じさせる口調、言い回しにアビーは呆れ顔となってハインライン大尉に目を向けていた。

「第一次大戦前……君は大西洋連邦がどのような組織だったか、ザフトに軍籍を置いているのなら知っているだろう。」
「はい。地球・プラント間での大戦が発生した当初はまだ、ブルーコスモスが連合や大西洋連邦の最大派閥であることくらいは。」
「そう。そして私は、そんな上官たちとは折り合いが悪くてね。若い頃からずっと、僻地の閑職をたらい回しとなっていたのさ。」

例え指揮官としての技量が認められていたとしても、実際の戦場で起用することを避け、権限からは遠ざけられていたアレクセイ・コノエ。そんな彼の言葉に、彼女はますます理解が
困難になろうとする。

「どうしてそんなに嫌われたんですか。こうして私たちとは話をしていても、何もおかしなことはない気がするんですけど。」
「その何もおかしなことがないということが、当時の大西洋連邦ではおかしな話だったんですよ。」
「えっ……?」

ハインライン大尉よりも一回り年齢が上のコノエ艦長。現在40代前半の彼が、士官学校を卒業したおよそ20年前。大西洋連邦ではコーディネイターに対する差別、偏見が存在して当然の社会が形成されていた。

「ブルーコスモスと呼ばれる層ではなくとも、我々コーディネイターに対する大西洋連邦の認識は既に固まっていましたからね。」
「ユーラシアの諸外国と同様に、当時の連邦はプラントを仮想敵国として軍備の増強を進めていたのです。そんな国の軍隊で差別も偏見も持たず、頭がいいだけの軍人が重用されると思いますかな、アビーくん。」
「あー……そう、ですね。たぶん、扱いに困ると思います。」

コノエ艦長は軍には必要とされない種類の人間であった。コーディネイターに対する差別や偏見はおろか、敵意さえも持つことがなさそうな優れた個人。それは決して、当時の大西洋連邦とは相容れぬ存在ともいえた。

「それじゃあ、どうして軍人になんてなろうと思ったんですか?」
「私だって自らの力を発揮して、祖国を守りたいと志願をしたのさ。だからといって、別に戦争がしたいわけではなかったし、君たちザフトと……いや、私の若い頃はまだ黄道同盟か。とにかく、プラントと戦争するつもりなど全くなかったよ。」

生活の保障と才能の発揮、そして僅かばかりの愛国心。アレクセイ・コノエという人間が軍に身を置く理由はそれ以上でもそれ以下でもないのであった。

「しかし連合の兵士や司令部の多くは、我々ザフトを躍起になって滅ぼそうとしていましたかね。コノエ艦長にそうした場所での出番はなかったのでしょう。」
「ええ、そうです。ついこの間までは……ね。」
「この間まで?もしかして……オーブ軍と一緒にメサイアへ攻撃を仕掛けてきた、連合艦隊に……!?」

アビー・ウィンザーは驚きを隠せずにいた。自身がミネルバのオペレーターとして戦線へ赴いていた戦場に、コノエ艦長は敵として存在していたという事実。信を置いていている上官が敵だったという事実に、彼女は困惑するのであった。

「デュランダル議長が放ったレクイエムによって、艦船はもちろん人員も枯渇をしていたからね。事態を重く見た大西洋連邦は予備役や地方の閑職に左遷させていた人間をかき集めたのです。」
「その中の一人が……コノエ艦長だったと。」
「あのような状況下で、ようやく私にも役割が回ってきたのだと。ザフト軍と戦うことが出来るのだと。不謹慎かもしれないが、戦場で待っているザフト軍に私は、恋のような感情さえ持とうとしていたよ。」

憎しみを持つことがない男が抱いた敵に対する思い。それは、長らく待ち侘びた想い人と会うことが出来るような喜びに似た感情であった。そして戦いが終わると、憎しみで動くことがない異端の軍人は、再び厄介者として扱われるようになる。

「こんな感じでコノエ艦長は、我々に一切敵意を持たないおかしな軍人です。万が一前線に配置して、味方を後ろから撃つことを連合は危惧したのでしょう。」
「憎悪を煽り立てて敵を討たせるという手法が、昨今の常識だったりもしますからなぁ。兵の士気を維持するのに苦労はしない時代です。」

大西洋連邦はコンパスへの参加に際して、半ば腫れ物として扱われていたコノエ艦長を人員として供出していた。そして彼はその才を見込まれて、ザフト軍の最新鋭艦であるミレニアムの艦長席へと座っているのであった。

「そもそもザフトにはミネルバ級、スーパーミネルバ級を扱える人員がほとんど存在しません。アビー、あなたがコンパスへと招聘されたのも、ミネルバのオペレーター経験を買われてのことです。」
「ええ……まぁ、なんとなく分かっていましたけど。それになんか、ミネルバってザフトの中でも浮いていましたから……ね。」

就航当初のオペレーター、メイリン・ホークの脱走、不在により補充要因としてミネルバへ配属となったアビー。そうした経緯もあり、彼女はかつて自ら在籍していた艦がザフトの中でも異端であったことを内外から見ていた。

「ミネルバはデュランダル議長の意のままに動く艦でしたからね。ザフト軍内では議長の子飼いと見る向きは決して少なくなかったものです。」
「うぅぅ……アルバートさんって、本当にキツい言い方しか出来ない人ですね。」

遠慮という言葉が頭の中になさそうなハインライン大尉を名前で呼び、その言い方に顔を引きつらせながら苦言を呈するアビー。それでも、彼女が疑問に感じていたコノエ艦長の経歴については多くが解消されるのであった。

「それそうとハインライン大尉、本艦の艦載機についての目途はつきましたかな。」
「ゲルググ、及びインパルスに関しては既に修繕、補給共に万全です。とはいえ後者はオーブからの貸与品。幸いミレニアムでの運用には適した機体ですし、シルエットシステムの大半はオミットされ取り回しは容易。そもそもなぜオーブが持っていたのか、という点には目を瞑っておきましょう。」

艦長の報告要請に十二分な回答を提示する大尉。しかし、コンパスの主力艦として運用可能なモビルスーツが2機のみという点は懸念事項であった。

「デスティニーを使うことは難しいですか。」
「先の戦闘での消耗が激しすぎます。ブラックナイツを相手に性能を限界以上に発揮しましたから当然ともいえる結果でもあります。こちらについてはオーブに返還し、整備を要請した方がいいかもしれません。動力も動力ですからあまり本艦が保有するべきではないでしょう。」

モビルスーツ戦力の枯渇。操縦人員こそ確保出来てはいたものの、運用出来る機体はあまりにも限られており、ミレニアムはコンパスとして活動を未だに出来ない状況でもあった。

「はぁ……もしもこの状況で、世界のどこかで争いが起こってしまえば、我らはもう指を咥えて眺めることしか出来ないんですかねぇ。」
「安心してください艦長。既に手は打ってあります。プラントからは試作運用をされていた1機、そしてオーブからロールアウトが完了している1機が近日中に来る予定ですから。」
「えぇぇっ!?わたしこのブリッジにいて今初めて聞いたんですけど!?」

ハインライン大尉の言葉に驚きを露わにするアビー。彼の理解不能な人脈と手筈に、常人は恐怖と困惑を隠せないでいた。

「それは大変ありがたい。是非とも速やかな配備をお願いしますよ。」
「当然です、艦長。」

コノエ艦長からの労いと期待に、ハインライン大尉は全力で応えようとする。その関係性を目の当たりにしたアビーは、やはりこの艦長が変人なのではないかと思い始めるのであった。

「それはそうと艦長、本当に彼女を再登用してもよろしいのですか?」
「んぅ?ああ、そうだね。もう裏切るような先もなさそうだし、いいんじゃないのかな。」
「正式に階級制が導入されたザフトであれば、本来軍籍の剥奪、あるいは極刑に値すべき行為ですが。」
「この艦はザフトではなくコンパスの所属ですからねぇ……良くも悪くも、法も偏見も、厳格な規律も必要がない、自由な場所というものですよ。」

そう言いながら相変わらずくたびれた格好で艦長席に腰を掛けるコノエ艦長。動乱を経験した艦のブリッジは、次の戦いに備えつつも穏やかな時間が流れているのであった。

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