キットカットのマーケティングと脱炭素社会/マーケターにおすすめのマーケ本以外#3


私はマーケター向けのメディアの編集者をしています。同時に大学院で政治学、組織論、メディア論などを勉強し、この春修士課程を修了しました。マーケターや経営者の方々に取材したり、ビジネス書を読んだりすると同時に、学術論文や学術書にも触れるなかで、タイトルに「マーケティング」という言葉が入っている本や雑誌以外にも、マーケターが読むと面白く感じるコンテンツがあるのではないかと思うようになりました。それらを少しずつ紹介していくのがこのnoteです。

今日は脱炭素社会をテーマとしたビジネス書を紹介します。「脱炭素社会」「カーボンゼロ」といったキーワードはニュースで盛んに取り上げられるようになりましたが、今のところ、マーケティング関係者の中でトピックになっている、という状況ではないと思います(私の肌感覚ですが)。

ですがこの本を読むと、政治の世界では既に動きがあり、企業がそれに適合した経営にシフトしていくという流れが生まれていることがわかります。そのときマーケターに要請されること、マーケターが貢献できることは何かを今考える上で、手がかりになった本でした。

『カーボンZERO 気候変動経営』EYストラテジー・アンド・コンサルティング著/日本経済新聞出版

本書では気候変動に関する国際的な潮流(各種報告書・取り決めの概要)、金融機関や投資家が企業の気候変動への対応をどのように見ているか、カーボンゼロの潮流はビジネスモデルをどのように変えるか、そして個人レベルでの関心度UP・行動変容をどのように起こしていくか、各章で整理されています。

中でもマーケターにとって現時点で関連深いのは、「個人レベルでの関心度UP・行動変容をどのように起こしていくか」が書かれている第9章(気候変動と行動科学)だと思います。以下ではこの章を中心に紹介します。

本章では東京都や消費者庁の調査が取り上げられ、その結果から、「機関投資家、政府、そして企業経営者の気候変動問題への関心・こだわり度と比較して、個人(消費者・国民・従業員)の関心・こだわり度は相対的に低い」ことを指摘しています。投資家、政府、個人それぞれに向き合う立場である企業は、どうアプローチすればよいのか難しい状況に置かれていると言えます。そこで本書が可能性を見出しているのが、行動科学トランスフォーメーション(Behavioral insight Transformaiton、以下BX)です。BXは行動科学の知見をビジネスに組み込むことで、競争優位性の高い変革をもたらすことと説明されており、代表的な例としてナッジ理論を使ったアプローチが紹介されています(p.244-245)。

本書では、BXを用いて行動変容を促すには、問いの立て方そのものを変えることが有効ではないかと訴えています。具体的には、「どうすれば個人の気候変動問題への関心を高め、カーボンニュートラルな行動を促進できるのだろうか?」という問いではなく「個人のカーボンニュートラル行動変容につながる、関心度の高い行動は何か?」という問いを持つべきであるとします。なぜなら、人生において既に作られた個人の価値観や行動を変えるのは簡単ではないからです(p.252)。

具体例として紹介されているのが、ネスレ日本がキットカットを受験合格という目的を達成するための手段として訴求し、大ヒットした事例です(マーケターが良く知っている!)。この例は、キットカットがターゲットとしていた高校生にとって関心・こだわり度の高い行動を「受験」と位置づけ、それをキットカットと結びつけて購買を促進(=行動変容)することができたケースとして紹介されているのです(p.253-254)。

このようなアプローチが有効だとすると、気候変動の領域はマーケターが今後ますます深くかかわっていく領域になるはずです(取材も増えるかも)。ただし本書でも述べられている通り、BXのアプローチを使うには倫理的観点への十分な配慮が必要と述べられています(p.260)。この領域に限らず、マーケティング思考が社会の様々な場面に適用可能になっているからこそ、どう使うかがますます大きな問題になっていくだろうと思います。


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