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小説『オスカルな女たち』30

第 8 章 『 進 展 』・・・2


     《 騒がしいやつら 》


うよん、っよん、っよん・・・ うよん、っよん・・・
「…なんの音?」
背後から近づいてくる気配に椅子を回転させ、眉をしかめる真実(まこと)。振り返ると、いつもなにかしら問題を提起してくる楓が、妙な動きをする縦長のマペットのようなものを持って微笑んでいた。
「なにそれ、かわいいじゃん」
なんの疑いもなく楓を見る。が、
「ジャンボ金太郎くんですよ」
悪びれもなく返される言葉にぎょっとする。
聞き覚えのあるネーミングに慌て椅子から滑り落ちそうになる真実だったが、即座にデスクの一番下の引き出しに手を掛けた。ガラリ…と勢いよく引き出しを開け、あるべきものがないことを確認したあとは、わなわなと顔を紅潮させて立ち上がる。
か~え~でっ…!」
「はい…?」
叱咤されているにもかかわらず、楓は満足そうににっこりと余裕な笑みで答える。
「それっ、ココのっ、ココにあった…?」
「はい、真実先生ジャンボ金太郎です」
「あたしのじゃないっ…!」
楓の持つそれを取り上げようと腕を伸ばすが、妙な動きのそれを掴むことを躊躇する。
(うぅ…この動いてる部分は、あぁ…あれだ…っ)
握り拳を震わす真実。
「そうなんですか? あたしはてっきり、」
はい…と素直に差し出されても、はい…とそれを受け取れない現実。
てっきりじゃねーわ! 勝手に…っ! なにやってんだ」
「あたしもてっきり、真実先生のかと」
唇を尖らせる楓は「ざ~んねん」と、手首を回転させあらゆる角度から品定めでもするかのように手に持つ白いくまのようなそれを眺める。
うよん、っよん、っよん・・・ うよん、っよん・・・
「てか、止めて。それ…。気持ち悪い」
額に手を当てため息をつく。
「そうですか? かわいいですよ…?」
そう言って白いくまの裾をめくって見せ、マペットもどきに姿を変えた〈ジャンボ金太郎〉のスイッチを切る。
「なにそれ、なにした?」
(かわいいとか、冗談じゃない…!)
額を親指と中指で力強く押さえ、力なく診察ベッドに腰を下ろす。
「これ、ジャンボ…」
「そうじゃなくてっ、…姿、変わってんじゃん!」
「真実先生、かわいいって言ったじゃないですか」
それはっ、ぬいぐるみだと思ったから…!」
物の正体が解れば「かわいさ」など吹っ飛んだ。
「これ、ゴルフクラブのヘッドカバーなんです。こうすると、子どものおもちゃみたいででよくないですか?」
「よくないよ…」
(ヘッドカバー…? なんちゅう…)
「動きが全然、子どものおもちゃじゃない!」
「誰も気づきませんよ、カバー取らなきゃ…」
カバー、取れちゃうかもしれないでしょー
いちいち声をあげてしまうのも無理はない。それこそただの布をかぶってるだけの代物だ。
「昔流行ったフラワーロックもこんな動きでしたよ?」
そう言って楓は、腰をくねらせて自分も同じ動きをして見せる。
やめぃ! そういう問題じゃない…だいたい、なんでそんなことしてんの…!」
声を裏返し、未だ受け取れずにいるそれを指さす。
「そりゃぁ、真実先生と、新しい趣味の世界を広げよ、う、と…」
広げんでいい! そんな趣味ねーし、…」
「真実先生~こんなので遊ぶくらいなら、言ってくれたら…と?」
だ、か、ら! あたしのじゃないって」
「はいはい。聞こえてますよ」
そう言ってデスク正面にあるシャウカステン(レントゲンのディスプレイ機器)の前に立てる。
「ふざけてんのか」
「なにがです…?」
「そこに置くなよ」
「机に戻します?」
笑いをこらえているのが解る。が、言ったところで反省するとは思えない。
「いい加減にしろよ。人の机勝手に開けたばかりか、中のもの取り出してなにやってんだよ」
「そんなに怒らないでください。あたし、嬉しくてつい…」
「うれしい? なにがよ? それが?」
(あぁ~泣いてしまいたい…)
「はい。真実先生もこういうものに興味あるのかと…」
「ない。ないないない! あたしのじゃねーし…」
声を荒げて精一杯拒絶する。
「それは解りました…」
こっちの気も知らずに拗ねてやがる。
「持って行けよ! ほしかったらやるから、それ」
真実は半分やけくそのつもりだった。
「持ってます」
「はぁ?」
「自分のはあります」
「おまえもか…」
(え、それって普通のことなのか…?)
混乱しながらも、冷静になろうとする真実。
「金太郎持ってんだ」
へぇ…と、一瞬表情をこわばらせるがすぐに思い直す。
これは一般的に、普通の女子の持ち物なのか…と自分を疑わざるを得ない目の前の現実に戸惑う真実。持ち運び用にも難儀しそうなそれが、日用品か必需品なのかと。
(まさか…)
「おまえもって。いえ、あたしのは〈マックスデビル〉って言って、ここんところが…」
楓はデスクの上の物を取り上げるなりヘッドカバーをめくりあげ、電源部分との接続部位から「なにか違う」要素を説明しようとする。が、即座に真実は遮った。
いい、聞きたくない
手を翻し、さっさとどこかへやってくれ…と頭をかく。
(なんだよ、マックスデビルって…。そんな名前ばっかりか?)
「とにかくそれ、処分したいんだよ」
「そうなんですか…?」
「そうなの。処分を、頼まれたの、」
強く処分を強調する。
「患者さんですか?」
「どうでもいいよ、そんなこと」
「ふ~ん。つまんない」
「つまる、つまる、つまってんだよこっちは~」
こんなにも楓にイライラしたのは初めてだった。
「じゃ、引き取ります?」
「へ?」
「需要のある所に」
(需要…って…?)
この際疑問は持たない方がいい。自分の視界から消えてくれるのなら、とにかくなんでもいいと思った。
「なに、もらってくれんの? だって、持ってんじゃないの?」
「あたしじゃなくて。これは初心者用なので、初心者の子に…」
「いいや、説明は」
つまり楓には、そういうお友達がいるということだ。余計なことを考えるよりも真実は、
「助かるよ」
と、なにはともあれ「処分」できるのならそれに越したことはないと安堵する。
「こっちはどうします?」
言いながらポケットをまさぐる楓。
「こっち? まだ…?」
(他になんかあったか…?)
不思議顔の真実の掌にゴルフボール大の小さいファーのようなものを乗せる楓。
「なにこれ、」
先端から伸びているピンク色のコードのようなものを目で追うと、楓のナース服のポケットに繋がっているようだった。
「いいですか?」
「なにが?」
「行きますね…」
そう言ってポケットに突っこんだままの手を動かす。すると真実の掌の上のファーがブブ…っと震え、
うわっ…
当然ながら真実は手を引っ込める。
「なんなんだよ、これは…」
床に落ちたファーを見つめながら、震えでむずがゆくなった掌を激しくもう片方の爪先でかきむしった。
「なにって、一緒に入ってたローターです」
言いながら、真実の掌から落ちたファーを拾い上げると、コードの部分を持ちするりとファーを外して見せた。
「あ? 一緒に入ってた?」
「はい。開けて見なかったんですか?」
楓の指先には、親指より少し大きい程度の卵型でピンク色の器具があった。
「開けないよ~、そんなの。確認する必要もない…」
(おまけがついてるのか…。それとも最初からセット…?)
そんなことはどうでもいい。
「最初から金太郎くんでは、無理があると思ったんじゃないですか?」
携帯の充電器でも持つようにくるくると指先のそれを回転させ、真実の顔の前で振って見せる。
「そんなの知らないよ~」
今度は真実がフラワーロックのような動きで肩を落とす。
「ローションもついてたら、親切だったんですけどねぇ…」
「どうでもいい…! さっさとしまえ!」
真実はどうにも居心地が悪く、白衣のポケットに手を突っ込んで診察室の出入り口に向かった。
「真実先生、うぶですね💛」
ローターに再びファーをかぶせながら、なまめかしい目つきで真実を見遣る。
「もう、なんでもいいよ…」
溜め息をついて診察室を出た。 
(うぶ? だと…! まさか、それを楓に言われるとかっ…)
もう、わけが解らない。
自分の常識がどんどん覆されていく。
むしろ常識を見失っているような気がしてならない真実だった。

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「あ、真実先生。特患さま、本日夜間の入院になりますが、担当看護師はどう致しますか…?」
受付の前を通りかかると、中途半端に下ろされたシャッターの向こう側から事務員に声を掛けられた。
「あ~そっか。今夜…。今日の夜勤だれ?」
「婦長とひかるちゃんです」
(婦長に、ひかる、か…)
「受け入れはあたしがやるんだけど…。とりあえず、ファミリールームに面会謝絶の札だけ掛けといてくれる?」
「解りました…」
「あ、滅菌、済んでるよね?」
踏み出した足を引き、のけぞる体制で受付を覗き込む。
「はい。先週真実先生のお泊りのあと、済ませてありますよ」
聞いてしまって「失敗した」と顔を歪め、
「はい、ご苦労さん」
気まずさを残して正面玄関に向かった。
(婦長はよしとして…ひかるに黙ってるわけにはいかないよなぁ…)
「どうするかなぁ~」
思わず口をついて出てしまった心の声に首を落とし、スマートフォンを手に玄関を出た。
着信履歴から電話をかけ、器用にスマートフォンを肩と耳で挟み込みながら、今度は煙草を取り出して慣れた手つきで火をつけた。
『もしもし。…いそがしかった?』
「いや。織瀬(おりせ)、胃潰瘍だって…?」
スマートフォンを持ち直して、煙草の煙を吐いた。
『なりかけ…だって』
電話の相手はつかさだった。
「なりかけ?」
(じゃぁ、子宮の方はもともと心配なかったのか…?)
気がかりだった織瀬の体調に「思い過ごしか」と安堵するものの、婦人科医の勘なのか妙な胸騒ぎがやまない真実。
「しばらく飲みにも誘えないか…」
半分うわの空の真実は、雨が降り出しそうな空を見上げながら煙草をくわえる。最近の真実は、手術の前日にはいつも織瀬と一緒にいることが多かったため、手術前のルーティーンがなくなる…かと懸念しながら。
『飲まなきゃいいんじゃない…?』
「そうだけど…」
(すごいこというな)
『飲みに行かなきゃいいわけでしょ』
「まぁそうだろうけど、胃だろ…?」
『胃潰瘍はなりかけてるんだけど…今回のは、極度の緊張からくる胃痙攣だって診断だったみたいよ』
「胃痙攣? どっちにしたってだめじゃん」
(胃痙攣起こすほどなにを緊張してたんだ…?)
そう聞きたい衝動を胸にとどめ「とりあえず大ごとにならなくてよかったよ」とだけ告げた。
『だからって食べないわけにもいかないでしょう? ひとりで置いとくとなにも食べてないみたいだから、連れ出そうと思って…ね』
つかさの言葉を耳に煙を吐きながら、
「旦那は?」
『あてになると思う? てか、おりちゃん、もしかしたら旦那さんに言ってないのかもしれない…。病院に運ばれたとき出張中だったみたいだから、あたしが一晩一緒にいたの』
「あぁ、そうか。でも今夜はダメだ…夜間の受け入れがある」
『これから? 夜間の受け入れ…って出産予定かなにか…?』
「いや、入院患者なんだけど…。受け入れのあと診察もあるから…」
 まさかそれが〈弥生すみれ〉だとは言えない真実は、つかさに聞こえない程度の舌打ちをする。
『そっか…。まぁいいや、とりあえずあたしだけでも』
「あとで電話入れとくよ」
『そうして…』
「うん、じゃ。…あ、つかさ」
『…なに?』
「ありがとね、織瀬のこと…」
『うん。お安い御用よ…』
 電話を切り、深く溜息をついた。

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翌日・・・・。
「あら、真実さん」
不意に呼び止められて振り返る。
休みの日にひとり人ごみの中、いつもならやり過ごしているところだ。
(だれ?)
目を細めて声の主を見据える。
「旧友を忘れた?」
(旧友…? あ…)
「如月、さん」
(顔の造形が濃密すぎて誰か解らなかった…)
職場では見られない入念なメイクが施されている、ということだ。
「相変わらず固いわね…」
ふふふ…と笑って見せるその気合の入った彼女は『快進(回診)のオスカル』こと〈如月遥(きさらぎはるか)〉。高校時代の玲(あきら)の取り巻きのひとりだが、真実にとっては同業者でありかつての同僚でもある。
(旧か…? そっちは相変わらず柔軟だな…)
よりによってこんなところで、一番ありえない相手に遭遇したものだ…と心の中で頭を抱える。
「おひとり?」
「まぁ…見ての通り」
「玲さんとご一緒では…?」
「そうしょっちゅう一緒にはいないよ。向こうは子育て真っ最中だし」
「そぅ…よ、ねぇ…」
少し考えるような仕草をして見せる遥。
(てか、なんで声かけた? 無視すりゃいいのに…)
「期待にそえず、悪いね」
言いながら今来た道を引き返そうと足を引く真実。
「こんな時間にどこかご予定でも?」
通りすがりを決め込みたい真実の姿勢に対し、珍しい偶然にこれ幸いと面白がっている様子の遥。それが解るだけに早々に退散したい。
「べつに…。気晴らし」
じゃぁ…と、その場を去ろうとする真実を遮るように回り込む遥。
「今日はお休み? どちらに気晴らし?」
(なんだ? 今日のこの食いつきようは…)
予定などなかった。
「今日はお休み?」とは白々しい。こんな街中でそれはお互い様だ、聞くまでもない…と小さく舌打ちする。
「どこでもいい」
(そっちはどっか行くんじゃないのかよ…)
どう見てもどこかに出掛ける途中の遥の様子にいやな予感が押し寄せる。
「どこでもいいなら、」
勿体つけているのか、考えているのか、今夜の遥は真実の知っている彼女とは少し様子が違っていた。
「ご一緒にいかが?」
「遠慮する」
「即答ね…」
あまりに早い真実の返しに苦笑いする。
「とても共通の要件があるようには思えないんだが…」
パーティに行くようじゃないか…お呼びでないんだよと、あからさまに怪訝な表情を遥に向ける。
「そう? 行ってみたら楽しいかもよ?」
「やだよ、賑やかなところは…」
賑やか?…と、オウム返しに答える遥に「パーティだろ」と視線で遥のコートの中を指す。その時、真実の脳裏ではいつかの診察中に放たれた弥生子(やえこ)の奇異な言葉がよみがえる。
〈だって彼女、ビアンよりでしょ?〉
〈だいぶ敵視してたわよ~、彼女〉
〈カレー男子を、よ〉
〈…遥が玲さんにくっついていたのはあなたに会うためよ〉

(…まさか、だろ)
無意識のうちに片足を引く真実。平静な顔を保ちながらも気持ちが後ずさる。
「あら。同窓会、のようなものよ」
「同窓会?」
(…の、ようなもの?)
「こんな時間から?」
(案内なんか来てたか?)
そんな真実の様子に、
オスカル会じゃないわよ、今夜は」
と、意味深な微笑と共に耳慣れない言葉を発する遥。
「オスカル会?
聞き覚えのない言葉に眉をしかめる。
「あぁ、真実さんは知らないわね。オスカル会っていうのは、普段わたしたちのところにはがきで届くの同窓会のことをいうのよ」
「表? 裏があるってことか…?」
(初耳…)
「そ。こちらは裏の同窓会。アンドレ会よ。だからこの時間なの」
この時間、普通の主婦なら家族と夕食を囲んでいていい時間帯だ。
「あんどれ…?」
(なんだそれ。てか、食い物か?…ますますあやしいやつじゃないのか)
餡・どれ?
マドレ…? 
アンドレ…-ぬ?
「ね、興味湧いてきたでしょ? 試しに行ってみないこと?」
「湧かないし、遠慮するって」 
「まぁまぁ、すぐそこだから」
有無を言わさず力強く腕を組んでくる。
「おい…」
いつもならそんな風に話しかけても来ない遥が、今夜は別人のように絡んでくる。少し強引なくらいに。
「遠慮するって…」
「みんな、喜ぶわよ…ふふふ…」
ガッツリと真実の腕を抱え込み、しかもどこか楽しんでいる。
(喜ぶ? 誰が? みんな…?)
ずんずんと通りを離れて狭い路地に引きずられて行く。
「勘弁してくれ…」
(絶対あやしいやつだ…! なんであたしひとりでいたんだろ…)
ぐいぐいと腕組の手を引かれながら「たまにはひとりでぶらり~」を楽しもうとした自分をひどく後悔していた。
(まじかよ~…)
だが、多少の興味もなくはない。
(このままついて行ったものか…)
しかし、
「どこに行くんだよ…?」
車も入れないようなビルの脇道に連れ込まれ、抜け道のような暗い石畳の路地を歩いて行く。すると、ぼんやりと灯りの点る飲み屋街に迷い込んだ。
コートを羽織っているとはいえ、どこぞのセレブなホームパーティにでもお呼ばれしているかのような遥のいでたちがますます浮き立って見える。
(やばい集まりじゃねーだろーな…なんかの勧誘、とか)
「ねぇ…やっぱり…」
帰りたい・・・・。

クリスマス

真実の頭の中では様々な〈最悪〉が巡る。。
「ここよ…」
そう言って立ち止まった建物は3階建ての細長いコンクリートビルで、すっかりと灯りを落とされ歓迎されているムードはまったく見受けられなかった。1階と2階はガラス張りで、窓に飾られた装飾類の様子からちょっとした雑貨店が窺える。しかし、お嬢様が利用していそうなきらびやかな要素がひとつも感じられない。
「場所間違えたんじゃないの?」
ビルを見上げる真実をよそに「こっち、よ…」と手招きする遥は、飾り程度に取り付けられたパイプの柵の内側にいた。どうやらそれは飾りではなく、階下に通じる階段の手すりのようだった。暗がりで境目を見逃していたのだ。
そのまま立ち去ることもできたはずだが、遥の様相とどうにもその不釣り合いな光景に、わずかな好奇心をあおられ、真実は黙って従った。
手すりをつかみ階下を覗くと、数メートル下にぼんやりと灯りの漏れる様子が見える。更に階段を下りていくと、かすかに賑やかな音楽と笑い声が聞こえていた。
(こんなところ、よく見つけたな…? ま、あたしとはつき合いも違うだろうからな…)
「覚悟はいい?」
「え?」
店のドアの前に立つ遥の言葉は、平静に戻りつつある真実を再度不安の淵へと追いやった。
「覚悟ってなに? 覚悟って、なに!
木製のドアに掛けられた手作りのネームプレートには「ぐらんでぃえ」とかわいらしいひらがなが並んでいた。
「真実さん、人気だったから引っ張りだこよ…」
含み笑いをしながら遥は、その扉を引いた。
(引っ張りだこ…?)
カランカラン…と、小気味よい音とともに暖色系の明るい世界が目に飛び込んでくる。
「ちょ…っ、きさ…」
らぎ、さん…と、言葉を飲み込む真実。
「みなさ~ん、ステキなゲストをお連れしたわ」
(なに…ぃ?)
ざわざわ…というより、さやさや…というさざめきと共に視線がいっぺんにこちらに集中する。
「…奇跡の、オスカル?」
奇跡の…?」
「よしざわまこと…?」
(え…?)
真実は自分の名を呼ばれたような気がした。
奇跡のオスカルよ…!」
「きゃ~まことさ~ん!」
「え? ホントに? 真実さま?」
次々と熱いまなざしのシャワーと共に黄色い歓声が湧きたった。
「きゃ~💛」
しかし様子がおかしい。
〈同窓会〉というには周りの人だかりの服装が妙だ。
(なんでタキシード?)
ホームパーティ仕様の遥のドレスとは違い、ここにいる人間の洋装は半分以上がスーツやらタキシード姿だった。
が、っちゃん…と、大きな音まで加勢して、
「ま、真実、さん? 真実さんなの?」
言いながら、30人は越える人垣をかき分けこちらに向かってきたのは、男装の麗人そのものでアシンメトリーに切りそろえられた短い髪を撫でつけたパンツスーツ姿の、
「え? たちばな、さん?」
「そう! 立花さん! 覚えててくれたの…!」
そう言って無防備な真実にしがみついてきたのは『第九のオスカル』。今や飛ぶ鳥を落とす勢いのミュージカル女優〈橘もえ〉その人だ。
(立花萌絵…? なんでこのひとまで…)
苦虫顔の真実にはまるで合点がいかない。と同時に、すべてがこの光景で腑に落ちたといってもよかった。
やっぱり。
(やばいやつだ…!)
「ちょ、ちょっと離れて…」
呆然としがみつかれている場合ではなかった。
アンドレ会・・・・。
それは、オスカルをこよなく愛する忠実なる従者、そしてオスカルの最愛の恋人であるアンドレたちの集まり。
「如月…」
名を呼んでも、自分をここに同行させた張本人の姿は既に隣にあらず、人だかりの中から傍観を決め込みこちらを窺ってほくそ笑んでる。
(あのやろ~)
「真実さん、こんなところで会えるなんて…!」
「あ、あぁ」
嬉しそうに真実の両手を掴んでぶんぶん振っている目の前のこの男装の麗人は、織瀬の〈親友〉で、その親友にプレゼントと称して〈大人のおもちゃ〉を送り付けた張本人だ。もし出会えるような機会があれば、織瀬に送った奇妙なプレゼントの意味を問いただしてやろうと秘かに目論んでいた真実だったが、そんな思いはすっかり飛んでしまっていた。
そんなことよりも真実は、目の前の光景を必死に自分の頭に納得させようと頭をフル回転させながら周りを見渡すのが精一杯だった。
(つまりは、そういう会なのか…)
軽いめまいを覚えた。
「えっと…。ちがう! あたしは連れてこられただけで…」
そう、自分から望んでここへ来たのではない…と、言い訳をしなければならない。なのに、
「こんばんは…」
「え?」
「珍しいところで再会できたわね、真実先生」
振り返るとそこには、
「あ、と、…高尾、さん…?」
なんと、ご近所様までもがタキシードを着こんで微笑んでいる。
え・・・・!?

え~~~~~~~!?

あかり







まだまだ未熟者ですが、夢に向かって邁進します