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浅間山の麓から 第8話 エッセイ「ユッカと私の再生」

ワインやウイスキーには高価な年代物があるが、我が家には年代物の観葉植物がある。今年で買ってから33年経っているユッカだ。今も我が家のリビングで一緒に暮らしている。

ユッカとの出会いは私の独身時代に始まる。近くのスーパーの園芸コーナーで買ったユッカだった。当初は30センチほどだったユッカは我が家の南側のリビングで温かい日差しをあびてすくすく育ち3年ほどであっという間に2倍以上の高さにまで成長した。

その後、私は結婚してマンションを購入し千葉から東京へ転居することになった。当然、ユッカも一緒に引っ越しだ。ところが引っ越しの際、大きく成長していたユッカが根本からポキっと折れてしまった。私は愛着のあるユッカをすぐに捨てられず、折れたままの木に水をやり続けた。すると3ヶ月位経って折れた幹の脇から小さな芽が生えてきた。幹はだめになってしまったが新しい芽がどんどんと育っていった。

こうして一度死にかけたユッカは見事復活を果たした。私は引っ越したマンションで4年ほどユッカと過ごすことになる。ユッカは折れる前の立派な姿をすでに追い越していた。元の幹は小さく干からびて、その代わり新たな幹が主人のような顔をしてどっしりと構えるようになった。

その頃私は転職をし、同時に都内ではあるが転居することになった。もちろんユッカも一緒だ。以後東京で3回転居しているが、そのたびにユッカも引っ越しを強いられた。その際には折れることがないように慎重に運び、なんとか無事に切り抜けた。東京での生活は30年近く続いたがユッカは着実に成長していった。今から1年半前に私は東京の家を引き払って長野に引っ越してきた。

私の生活は東京の生活とは大きく変わった。サラリーマン生活に別れを告げ、個人で動くことにした。生活環境も一変した。東京の窓から見えていたのは隣の家の景色だったが、今私の部屋からは浅間山が見える。東京ではいつもエアコンを使っていたが、今は夏は浅間山からの吹き下ろしが涼しく、冬は薪ストーブのお世話になる。そんな生活も1年半経って、漸く慣れてきた。

ユッカは背が高くなると幹の下の方の葉が枯れてしまうので、それをきれいに切り落とす。我が家のユッカはこつこつと成長を続け、いつの間にか私の背丈を超えていた。上部にだけ葉の塊が密集して、ひょろっと伸びた塊は、直径3センチほどの幹では支えられないほどになってしまった。いつポキっと幹が折れてもおかしくない状態だ。見栄えとしても決して美しくはなかった。私は意を決してユッカに大手術を行うことにした。

根本から3分割して、上部の二本の幹を別の鉢に植え替えてみた。今まで大人の背丈ほどもあったユッカは40〜50センチほどの棒のようになり、新しい素焼きの鉢に植え替えられた。それはあたかも、おとなになってから一昔前の中学生のように丸刈りにされたような体だ。

私は鉢のユッカを日当たりの良い西側の窓際に置いて育てることにした。4ヶ月くらいたった頃、季節は春から夏に向かい気温が上がってくると葉を残した木は新しい葉が育ち始め、その他2本は幹の一番上の部分に小さな芽が生えてきた。

手術から8ヶ月が経っていた。3鉢のユッカは以前から引き継いだ幹にそれぞれ7〜8枚ほどの細長い葉をつけている。以前のように中心から四方に伸びた葉は花火のような造形を見せている。まるで青年期のような若々しい容姿に変わった。

私とユッカの関係はもう33年も続いている。私の人生に色々なことがあったようにユッカにも色々なことがあった。しかしユッカは年を重ねても様々な障害を乗り越えて生きる力を持っている。条件さえ整えば、また新しい形で自分を環境に順応させていくことができる。今、我が家のユッカはまた、新しい時代を迎えているようだ。七転八起のだるまのように私に「どうだ。」と自慢げに語りかけてくる。







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