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【短編小説】無限列車を降りる日

Tinderでマッチングしていいなぁと思った男性が3人いる。その3人と実際にあってみることにした。

一人目はイケメンで俳優志望の23歳、二人目は総合商社勤務の29歳、三人目は自営業32歳。共通点は『鬼滅の刃』で話が弾んだこと。

私の名はサナ。来年外資系消費財メーカーに就職を控えた東大の学生、22歳、現在カレシ募集中。たまに美人と言われる。自粛期間中になんとなく読んだ『鬼滅の刃』にハマって、誰かと話したくなったという理由でなんとなくTinderに出会いを求めた。

メイクをすませると薄いピンクのワンピースを来て家を出た。いわゆる禰豆子カラー。

今日は『鬼滅の刃 無限列車編』を見に品川の映画館に行く。品川の映画館は渋谷や新宿に比べて空いている。設備やシートも悪くない。

今日のお相手は俳優志望のイケメン。名前は猪知(イノチ)。名前には珍しい「猪」という字が入って、古風なようで響きは今っぽい名前だ。


私はTinderのイケメン画像に期待半分、不安半分で待ち合わせ場所についた。遠目でもわかるスタイルのよいイケメンが目に入ってきた。

「イノチさんですか?」

「はい。サナさん?はじめまして。写真通りの方ですぐにわかりました。」

俳優志望だけあって端正な顔立ちに緊張が走った。スキニーなデニムに無地のシャツというシンプルな服装で素材の良さを引き立てている。

「はじめまして。イノチさんも写真通りですぐにわかりましたよ。」

菅田将暉に雰囲気が少し似ている。普通にカッコイイ。イケメンにテンションがあがり、イケメンオーラの力で何気ない会話ですらドキドキする。こんな美形は普通に大学生活をしていたらなかなかお目にかかれない。

他愛もない会話から始まり、鬼滅の刃トークをしながら館内に入り自動券売機にイノチさんが並んだ。

「割引とか座席とか選ぶのが多くてよくわからないなぁ。」

最近の映画館は自動券売機と販売カウンターが並列されているけど、割引の種類が複雑だったり、同じ映画でもIMAXだったり普通の仕様だったりで選択項目が多く、カウンターに並んで購入する人が意外と多い。

私たちも結局、販売カウンターで購入した。

イノチさんはドリンクとスナックを購入し、IMAX2Dのシアターに移動した。私は家から持参したジャスミン茶があるから何も買わない。私は映画館ではドリンクやスナックがちょっと割高になるからあまり買いたくないと普段だったら思う。だが、イケメンが何も意識せずに買っていると私もあわせて買いそうになるから不思議だ。

シアターに入った。「大きなスクリーンだね。後ろの方に座らないと首が痛くなりそう。」とイノチさんが私をエスコートする。

最後列の中央が空いていたので座って映画がはじまるのを待った。

☆☆☆

映画が終わり、照明が戻ると現実の世界に戻された。コミックで原作のストーリーを知っているとはいえ、感動した。私はハンカチで涙を拭いている。イノチさんは、涙を手でこすりながらシアターをあとにした。

館内を出て近くのカフェでお茶をしながら映画について話をした。

「面白かったね。煉獄さんがカッコよくて、憧れちゃうよね。俺もあんな役をやってみたいなぁ。」

イノチさんがシンプルな感想を言った。

「私は煉獄さんが『誰も死なせなかったから勝ち』と考えて戦っていたことがカッコイイなぁと感じました。」

「そこかぁ、わかるなぁ。俺も煉獄さんみたいに後輩をかばいたいタイプかも。今、レストランでバイトしててさ、バイトでもある程度経験を積むと発注業務を任されるんだ。つい最近、後輩が間違えて魚をいつもより多く頼んじゃったんだよ。生の魚ってすぐ腐るから少量しか発注しないんだけど、ケタ間違えたんだろうね。」

イノチは俳優活動をしつつも普段はバイトをしている。

「その時、後輩が社員にめちゃくちゃ怒られてたんだよ。発注システムが使いにくくて気になっていた俺は後輩だけが悪いんじゃないってかばったんだよね。そうしたら社員が余計に怒って引っ込みつかなくなっちゃって、俺と後輩で使い切れない分を引き取ることになったんだ。その時の理不尽に耐えてる俺の姿が煉獄さんみたいにカッコよかったって自分でも思ってさ。」

話の内容自体は全然入ってこないが、イケメンの雰囲気には酔う。

「その一件から後輩たちが俺を頼っちゃってさぁ、何かあるとすぐに俺のところに来ちゃうの。頼られると嬉しいんだけど、やっぱりツライ時もあるわけよ。そうなったら、煉獄さんじゃなくって上司のお館様だなぁなんて思った。」

その後、イノチさんはたくさん喋ったけど、内容は全然はいってこなかった。どうやら単純な感想を自分の自慢話に紐付けて話していたようだ。自慢話をするイケメン鑑賞していただけで終わってしまった。


イケメンの雰囲気はよかったんだけど、それ以外は何も残らなかった。

☆☆☆

イケメン俳優とのデートの1週間後、二人目の総合商社勤務の善(ゼン)さんと銀座に無限列車を見に行った。同じ映画を映画館で2回も3回もみたという人の話をメディアを通じてたまに聞くけど、まさか私がそれになるとは思ってもみなかった。

ゼンさんは、中肉中背の標準的な男性で、グレーのジャケットにシワのないネイビーのスラックス、ヒールがすり減っている残念なローファーを履いている。靴は残念だけど全体的に小綺麗な大人の印象。普段は総合商社のエネルギー部門で働いている。細かいことはよくわからないけど、総合商社の中でエネルギー系といったら花形なんだろう。

「サナさんですか?こんにちは、ゼンです。」

「はじめまして、サナです。すぐわかりました?」

「写真のまんまだったからわかったよ。写真もカワイイけど、実物の方がもっとカワイイね。」

こういうセリフをサラッと言える男性はきっと女性慣れしている。私は初対面でこんなことを言われたことがない。総合商社は80年代バブルという神話の時代から人気と母親に聞いたことがあった。今でも年収1000万超えといった経済的な条件の良さや海外駐在といったハデな部分が注目されがちだけど、こういうセリフをサラッと言えるところに人気の秘密があるのだろう。

館内に入ってチケットを購入する。

「IMAX 2Dでいいよね?見やすそうな席を適当に選んで買ってくるね。」

ゼンさんは自動券売機で購入してくれた。先週のイケメンとは違って慣れている。

「ドリンクいる?俺は水持ってるから大丈夫だけど何か欲しい物があったら買ってくるよ。」

「ありがとう。私は飲み物持ってるから大丈夫。」

シアターの中に進んだ。品川と同じぐらいのスクリーンの大きさだ。見やすそうな中央後方の席に座った。

☆☆☆

映画が終わり、照明がつき、現実の世界に戻された。2回目なのにやっぱり感動して涙が溢れる。2人で余韻に浸りながら近くのカフェに入る。


「コミックを読んでストーリーを知っているはずなのに、毎回感動させるのはスゴイですよね。」

この映画を見るのが2回目とバレない様に気をつけて言った。

「不思議だよね。結末を知っているのに泣けちゃうんだよ。ストーリーだって、自分を犠牲にして後輩を助ける先輩の話はよくあるし、最後に母が出て来て『よくやった』って言ってくれる展開は何度も見ているはずなのにね。」

同じ映画を見ても先週のイケメン、イノチさんとは出てくる感想が違う。会話が動き出すのを感じる。

「何度も見てるという点では、猗窩座の『お前も鬼にならないか?』ってセリフがネット上でよくネタにされているのを思い出して笑いそうになっちゃいました。」

私はSNSで見かけたネタについて触れてみた。

「あのネタ俺も好き。そもそも『お前も鬼にならないか?』の鬼ってなんなんだろうね。作者は何を訴えたいのかな。ネタになるぐらいだからやっぱりみんなの印象に残るんだろうね。そもそも鬼滅の刃における鬼ってなんなんだろう。」

鬼が何なのかについて私も考えた。単純に「面白かった」という小学生のような感想からの自慢話よりも、新たな疑問が出てくる展開にイノチさんとの会話に面白さを感じた。

「鬼って不老不死への人間の欲望なのでしょうか。そのまんまかぁ。。ちなみにゼンさんは不老不死への願望はないのですか?」

「ん~~、それは難しい質問だよね。不老不死って実際にないからね。サナちゃんは不老不死になりたいの?」

ゼンさんは質問に答えない。質問に質問で返された。

「私は死ぬのが恐いからちょっといいなぁと思うけど、ずっと生き続けたらそれはそれでツライこともあるんだろうなぁって思います。死にたくても死ねないんですから。だから不老不死じゃないほうがいいかな。」

「じゃぁ、年老いてもいいんだ。美人なのにもったいないなぁ。世の中の人はどっちを選ぶんだろう。」

「ゼンさんはどうなんですか?」

私は世間一般の人がどっちを選ぶかよりもゼンさんがどっちを選ぶのか知りたくて聞いた。

「そうだなぁ。不老不死が選べるようになったら地球は人であふれかえっちゃうのかなぁ。人間がみんな鬼になって鬼の社会になったら今とたいしてかわらないなんてことはないのかな?」

答えは得られず次の話題に展開した。

「人間がみんな鬼になったら鬼の価値がなくなっちゃうんで、あえて人間を残す気がします。むしろ鬼滅の世界観ってそっちですよね。」

私は流れに身を任せ、次の話題に移った。

その後、私はいろいろとあーでもないこーでもないと持論を展開して、「私の鬼滅」を気持ちよく語り、ゼンさんは私の話をふむふむと聞いてくれた。また、私はゼンさんにいくつか質問をしたけど、質問で返されてばかり。

そしてゼンさんから鬼が何なのかの答えについては語られることがなかった。

ゼンさんとの会話はいろんな疑問を投げかけてくれて単純な自慢話を聞かされるよりはいい。話も聞いてくれて嬉しい。ただ、疑問を投げっぱなしで答えを私だけが考える会話の展開は疲れる。

聞き上手がモテるとでも思っているのだろうか。ゼンさんは自分の意見をハッキリ言わず、人の意見を少し離れたところから評論しているようでちょっと嫌だった。きっとケンカをしたらこうやって話題をはぐらかして煙に巻いたりするのだろうか。会社でも玉虫色の答弁で大きな失敗をせずに組織の中でジワジワと出世していくのだろうか。

途中までは面白かったのになぜだか疲労感と不公平感が残った。

☆☆☆

今週は三人目の男、32歳自営業の炭彦(スミヒコ)さんに会う。もちろん『鬼滅の刃 無限列車』を見に行く。今日は渋谷の映画館だ。

今日で3回目。さすがにそろそろいいかなぁという気もしてくる。今日がギリギリ楽しめる最後だろう。これ以上同じ映画を見たらさすがに鬼になる。禰豆子みたいなカワイイ鬼ならいいんだけど、普通の鬼の形相になりそうだ。

スミヒコさんは、ウェブサービスのエンジニアとしてIT系企業に勤務していたけど、自分で考えたサービスをやってみたいと2年前に独立した。いわゆるIT系ベンチャーの社長。聞こえは派手だが、サービスは思うように立ち上がらずにウェブエンジニアとして受託開発をして次の機会を伺っている。新しいサービスの立ち上げを考えているらしい。

「こんにちは。サナさんですか?」

文字にすると同じやりとりだけど、毎回、対面は緊張する。

「はい、スミヒコさんですね?サナです。はじめまして。」

「写真通りですね。全然盛ってないから安心した。」

スミヒコさんはIT社長とはいってもエンジニアと聞いていたので見た目はあまり期待していなかった。ユニクロっぽいデニムにゆったり目のTシャツに一張羅と思われるジャケットを着ている。足元はそこまで高そうじゃない革靴だけど、メンテがしっかりされていて好印象。全体的に爽やかでいい。肌も綺麗で歯の自然なホワイトニングに好感が持てる。

「チケット前売り券で買ってきちゃった。そっちの方がちょっと安いし、券売機って意外と並んだりするじゃん?普通のシートだけどいいかな?」

二人目の総合商社のゼンさんとは違うスマートさにちょっとびっくりした。

「ドリンクとかポップコーンとかいる?」

「私は大丈夫です。」

シアターに進んでいつもの中央後方の席に座った。いつもどおりのCMを見ているとさすがに意識が飛びそうになるが私は3回目の無限列車に乗車した。

☆☆☆

映画が終わり、照明がつき、現実の世界に戻された。3回目なのにやっぱり感動して泣いた。何度見ても煉獄さんのシーンに胸にこみ上げるものがある。スミヒコさんは感動して袖で涙をふいていたけど、同時に何かを考えているようだった。2人で余韻に浸りながら近くのカフェに入った。


「単行本読んでストーリーを知っているはずなのに、泣けちゃうってスゴイですよね。」

もはやこのセリフが枕詞のようになってしまった。

「実は昨日コミック版を読んで『このシーンいいなぁ』ぐらいにしか感じなかったけど、映画であらためて見たら感動しちゃった。映像が綺麗になってドンピシャな音楽が乗っかると別の作品になるんだね。究極の二次創作な気がした。」

とスミヒコさんはさっきから考えていたであろうことを言った。

「オフィシャルのアニメが究極の二次創作って新しい解釈ですね。たしかに別物に生まれ変わっている感はあります。」

二次創作と言えば同人誌的なディープでちょっと遠い世界の話かと思っていたので斬新だった。スミヒコさんは続ける。

「今まで気付かなかったんだけど、猗窩座の『お前も鬼にならないか?』って有名なセリフあるじゃん?」


「よくネットでネタにされるやつですよね」

二人目のゼンさんと同じ所がピックアップされた。

「猗窩座ってチョイチョイ煉獄さんに斬られてたよね?もし煉獄さんが鬼になって怪我が自然に治る身体を手に入れちゃったら、猗窩座は少しずつ斬られて普通に負けちゃうんじゃなの?って思った。だから猗窩座的に煉獄さんは鬼にしちゃいけない。殺されるか、負けを認めて降格するかどっちかだよ。」

「その発想新しいですね。考えたこともなかったです。」

スミヒコさんの仮説はさらに続く。

「しかも猗窩座って鬼になって何十年、何百年って鍛錬したんでしょ?煉獄さんはきっと15-6年の鍛錬であれぐらい強さなっているから、それ以上に鍛錬しているはずの猗窩座って本当に強いのかなぁって思っちゃった。本当は強くなくて、例えるなら筋肉増強剤でドーピングした反則アスリートみたいなもので、反則な肉体で圧倒して喜んでいるような感じかな。決して技術的に優れているわけじゃないの。」

私は猗窩座からそんなに話を膨らませることが出来るとは想像していなかったので驚いた。スミヒコさんは更に持論を展開する。

「鬼になって無限の時間を手に入れても、何十年もトレーニングしているとだらだらして鍛錬の質も落ちてくる。人間は有限の時間の中で努力するから当然、鍛錬の質があがる。作者の吾峠呼世晴先生は、『締切がないと結果が出ない』というメッセージを作品に潜り込ませたんじゃないかな。」

私が考えもしなかった角度からの話で驚いている。二人目のゼンさんとの会話は疑問を投げかけて私が考えるというパターンが続いたけど、スミヒコさんは更にその先まで展開して話を聞くのが楽しい。

「猗窩座の『お前も鬼にならないか』の「鬼」って不老不死のことなのかなぁなんて思いましたが、そんなものには意味がないというメッセージまで込められているとは考えませんでした。」

「鬼=アメリカ、鬼殺隊=日本みたいな隠喩なのかなぁとも考えたのだけど、それじゃあ普通すぎるよね。俺は『締切がないと結果が出ない』の方を押したいぁ。もちろん吾峠呼世晴先生に聞いたら「そんなこと考えてねぇ」って言われるかもしれないけど、解釈として面白がってはくれそうだし。」

「そうですね。無限列車から『何でも自分で締切を決めてテキパキとこなせ』という提案があったと理解しました。」

スミヒコさんの会話は、イケメン俳優のイノチさんや総合商社ゼンさんよりも段違いに面白かった。おもしろい会話とはあることから問題提起して仮説を考えて何かしらの提案まで膨らませることだったようだ。

「好きなタイプは一緒にいて楽しい人」とは具体的にこういう会話が出来る人で、こういう人と毎日会話することが楽しい結婚生活なのかもとぼんやり見えた気がした。

楽しい気分で家路につき、私は無限列車から降りることを決めた。

☆☆☆

翌週、サナはイノチに会っていた。スミヒコとの会話の内容を自分が考えたかのように伝え、「こういう視点で物事を捉えるとおもしろいよね」とイノチに視点の多様性を教えていた。イケメンが知的になったらいうことはない。

イケメンしか勝たんのである。

飲み込みの悪いイノチを見てサナは鬼のような形相になった。

☆☆☆☆☆

あとがき:

この短編小説はこのYoutubeをヒントに生まれました。

動画の中で「話がおもしろいとは何か」について解説しています。そこで語られている「話がおもしろい」には段階があり、私は下記のように捉えました。

レベル0:なんの話をしているのかわからない
レベル1:感想・自慢・主張のみ
レベル2:疑問を提示
レベル3:疑問から仮説を立て提案

同時に「男性は話がおもしろいだけでモテるのか?」という視点を入れて比較したらどのあたりに着地するのかと考えもしました。

そして、たまたま同じタイミングで見た『鬼滅の刃 無限列車』とかけ合わせたらおもしろいかもと思いついて構想に2日、書きはじめて2日みたいな勢いで書きました。まだまだ稚拙な文章ですが、私が込めたかった想いはそんなところです。

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