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【短編小説】猿のダンス

「私と別れて。今度の今度こそ終わり。」

それが響子の最後のセリフになった。

俺は詩音(シオン)。22歳の大学生。カノジョの響子とは付き合っては別れ、付き合っては別れを何度も繰り返していた。今回もその一環で、なんだかんだでまた連絡があるだろう。

とは言っても「別れ」は落ち込む。こういう時はダンスだ。踊って一度リセットしよう。俺は高校生の頃に「女子が多くてモテそう」という不純な動機でダンスを始めた。そしてハマった。思ったように踊れた時の高揚感が気持ちよくって今でも続けている。

渋谷にあるダンススタジオに行く。クラスは90分で最初の60分がストレッチやアイソレーションの基礎練習を行い、残りの30分で振付けの練習をする。俺は90分のクラスで振付けが30分しかないことが多少不満だ。基礎ばかりやっていても面白くない。それが大事なのは頭では理解できるが心はもっと踊りたいと言っている。

今日はクラス後にインストラクターの舞先生と話す機会があったので、この疑問を直接ぶつけてみた。

「90分クラスで30分しか振付けの練習がないとちょっと物足りないと感じるのですが、30分基礎練、60分振付けのようにはなったりしないのでしょうか?」

舞は言う。
「たしかに振付けの方が楽しいかもしれないけど、時間配分を逆にすることはないかな。準備運動をしっかりした方が怪我も減るし、振付けの時間を短くして集中するという狙いもあるの。」

スッキリしないシオンは言う。
「もちろん、ストレッチやアイソレーションが大事なのはわかっています。けど、ダンスがうまくなるためには振付けの時間を増やしたほうがいい気がするし、その方が楽しい。」

舞は続ける。
「基礎の60分は、初心者は無理して怪我をしないため、上級者はその日の体調や細かい動作を確認して振りの時間で練習したいことをするために必要なの。時間配分はこのスタジオが長年試行錯誤した結果、もっとも効果の高かった60/30なのよ。仮に時間配分を逆転させたら、ダンスではなくモノマネになるわ。それは本望じゃないの。」

長年の試行錯誤の結果といわれると納得感がある。たしかに振付け主体になると最初は楽しい。しかしそればかりだと途中で行き詰まるのはなんとなくわかる。

ダンスだけでなく、人間関係もきっとそうだ。

俺と響子の最近の関係は振付けだけをやっていて基礎がない。ハッキリ言ってしまえば猿だ。夜中に響子の家に行ってセックスをして朝帰る。人間関係の基礎がセックスとは流石に言い難い。むしろセックスは華やかな振付けだ。

響子は振付けばかり求める俺との関係に行き詰まりを感じて関係を見直そうとしているのかもしれない。復縁したら今度こそ、良い関係を築ける気がする。

☆☆☆

その日の夜、シオンはアポ無しで響子の家に行ってみた。響子は違う猿と踊っていた。



あとがき
最近は切り抜き動画やTik Tokのようなショートコンテンツが好まれる傾向が顕著です。

確かにショートコンテンツは便利だなぁと思う反面、コンテンツの上澄みだけに触れているようで本当にそれでいいのかなぁという気もしています。

ショートコンテンツ化が進み、濃厚な味付けが蔓延すると繊細な出汁の味なんてもうわからなくなっちゃうのでしょう。

いや、そんなことはない。コンテンツの制作過程もコンテンツにしてしまおうという流れだってあるじゃないか。しかもプロセスエコノミーなんてかっこいい名前までついてる。

プロセスエコノミーとは
成果物や最終的なアウトプットそのものだけではなく「プロセス」、つまり何かしらを製作・実行する際の過程自体をビジネスにするという概念のことで、エンジェル投資家・アル代表取締役の古川健介氏が提唱した言葉。
出所:ダイヤモンドシグナル

この小説では、ショートコンテンツとプロセスエコノミーの話をダンスのレッスン時間の話に例えて表現してみました。

繊細な出汁の味もわかった上で、濃厚な味も楽しみたいですね。

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