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白磁のアイアンメイデン外伝 タイーラとデンダ

 王都クストルより西へ数里、地図では「サッガの森」と呼ばれる大森林地帯。森の中央を走る街道から少し離れたところで、夜闇の中、あかあかと燃える焚き火を挟んで語らう二つの人影があった。人影の一つはまだ年端も行かぬ少年。もう一つは年を重ねた老爺である。

タイーラ」老爺が物静かな口調で語りかける。「そんなことを、言ってはいけないよ」

「でも!」タイーラと呼ばれた少年は、不満を隠さぬ口調で言い返す。「おかしいよデンダじいちゃん。だってきょうは土曜日でしょう。みんなお休みする日じゃないの。それなのに朝から晩まで仕事しているだなんて!」

「タイーラ」老爺の声はあくまで優しい。「それはそうだ。みんなが休んでいるときに働くなどと、自然の摂理に反することだ。だけどね、そういうときだからこそ忙しくしなければいけないお仕事というのもあるんだよ」

「ふーん」わかったようなわからないような顔でタイーラは老爺の言葉を受け止めると、「変なの!」少年特有の残酷さで一刀両断する。

「あ、でもでも!」一転、嬉しくてしょうがないと言った表情でタイーラがデンダに語りかける。「明日は日曜日だよ! いくらなんでも、明日はみんなお休みだよね! 救世主様も『日曜日休むべし。慈悲はない』って言っているくらいだし!」

 老爺の表情が固く暗いものに変わったのを、少年は見逃さなかった。

「え…?」

「タイーラ」老爺は変わらず優しい口調で少年に語りかける。
「タイーラ」だが、何かがおかしい。何かが。

「……!」タイーラは違和感の原因に気づいた。焚き火越しに見えている老爺の姿、その輪郭がわずかにぼやけて見えているのだ。なんだろう。目がおかしくなったのかな。タイーラは目をこすり、今一度老爺の姿を見る。

 少年は己の勘違いに気づいた。輪郭がぼやけているのではない。老爺の周囲に広がる夜闇が、老爺の体を飲み込まんとしているのだ!

「デンダじいちゃん! なんか変だよ! 大丈夫!?」
 タイーラは必死で呼びかける。
「タイーラ。覚えておきなさい」
老爺は動じる様子なく、少年へ語りかけ続ける。

「たしかに日曜日は休日だ。それは間違いない。だがね、覚えておきなさい。だからこそ……だからこそ、やはり朝から晩まで働くことを余儀なくされる……そういう人間も、いるのだということを……覚えておくんだよ、タイーラ」

 老爺を呑み込む夜闇はその勢いを早め、最早老爺の体の半分ほどを飲み込みとどまるところを知らなかった。タイーラは必死で呼びかけ続ける。まるでそうすれば老爺を闇から取り返せるのだとでも言うように。

 だがそれは、むなしき抵抗であった。

 大好きなおじいちゃんが闇に呑まれようとしている。少年はそこで気づいた。あれは絶望の闇だ。日曜日に朝から晩まで仕事をしなければならない人間の、怨嗟が生んだ恐るべきなにかだ。このままだとおじいちゃんが闇に呑まれてしまう! 何か、なにか無いのだろうか。絶望の夜闇を払う光は。希望に満ちあふれた何かは!

 そのとき、タイーラの頭の中に、稲妻にも似た閃きがはしった。そうだ、なんで忘れていたんだろう。明日は日曜日、そして日曜日といえば!

プリキュア!」タイーラは力の限り叫んだ。「スター、スター☆トゥインクルプリキュア!

老爺を呑む闇が、その動きを止める。

「おじいちゃん、明日は日曜日、プリキュアの放映日だよ! しかも明日は、いよいよ追加プリキュア『キュアコスモ』の初変身回じゃない! おじいちゃん、前からすごく楽しみにしていたよね! 日曜日が仕事でも、家に帰って一杯やりながら録画していたプリキュアを見れば頑張れる、いつもそう言っていたじゃないか! だから、そんな闇になんか負けない……で……」

 少年は見た。

 老爺はほぼ全身を夜闇に呑み込まれ、後はその顔を残すのみ。
 その顔が、焚き火の赤い光に照らされて。

 笑っていた。

「デンダ……じいちゃん……」

 タイーラの背筋が凍りつく。デンダは確かに笑っていた。だが、その笑いには一切の感情が込もっていなかった。虚無の笑みであった。

 夜闇が再び動きだす。僅かに残った老爺の顔が闇に飲み込まれていく。 
少年は、老爺に手を伸ばした。その手が届くことは、無かった。

「なんで……なんで……」少年はうわ言のようにつぶやく。だがそれに応えるものは、最早無かった。

 少年は忘れていたのだ。今週のニチアサはゴルフ中継でお休みだという、その残酷な、事実を。

白磁のアイアンメイデン外伝 タイーラとデンダ 完

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ