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誕生秘話 #同じテーマで小説を書こう

 朝、食堂でスウプを一さじ、すっと吸ってお母さまが、
「あ」
 と幽かな叫び声をお挙げになった。
「髪の毛?」
 スウプに何か、イヤなものでも入っていたのかしら、と思った。
「ええ、こんなに」
 そう言いながら、お母さまがスウプの中から上げてみせたスプウンには、黒々とした髪の毛がいやらしくからみついていた。
「料理長を、お呼びなさいな」
 私は、声を荒げてしまった。

◇ ◇ ◇ ◇

「料理長、これはいったいどういうわけですの」
 食堂に顔を出した権藤を待ち受けていたのは、食堂に差し込む朝の光に映える、美しい母子。そして彼女らには似つかわしくない、権藤を責めるような厳しい視線だった。
「これ、とは?」
 料理長、というより歴戦の傭兵といったたたずまいの男は、小首をかしげ、頬に残る傷跡を指でかいた。
「おとぼけにならないで。今日のスウプのことです」
「それが何か」
「御覧なさいな」
 娘が手に持ったスプウンを持ち上げた。スプウンには、黒い糸状のものが束となって絡みついていた。
「今日まで、貴方のおつくりになる料理には、大変満足しておりました。いえ、料理だけでなく、一つ一つの所作、細やかな気遣い。正直、人として尊敬に値する方とまで思っていましたのよ」
「有難いお言葉ですな」
「それなのに、今朝のスウプ。こんなに沢山の髪の毛が入っているのを見過ごすなんて、貴方らしくもない。一体、どうなさったのです」
 権藤はそれを聞くと、静かに含み笑いをした。
「まあ。私は戯れを言っているのではありませんが」
「いや、失敬。ですがお嬢様。失礼ながら貴方は、思い違いをなさっている」
「それは、どういう」
「それ、口にしてごらんなさい」
 娘は、信じられないという顔をする。
「なんですって。いくらなんでも、お戯れが過ぎましてよ」
「戯言では、ありません。この権藤、こと料理に関しましては、誓って嘘は申しませんでな」
「そんな」
 権藤の、全てを射貫くような目。そこには確かに、偽りの入り込む隙間が無いように思えた。
 娘は恐る恐る、髪の毛の絡みつくスプウンを口元へ運ぶ。震えながら、一気に口に入れる。

 娘の眼が、驚きに見開かれた。

「お、おいしい」
「そうでしょう」
 権藤は、満足げにうなずく。
「でも、どうして」
「そもそもそれは、髪の毛ではありません」
「では」
「それは、ひじきです。ひじきを、髪の毛のように加工したものなのです」

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 娘は口元を、軽く手で押さえる。
ひじき。どうりで、滋味深い味わいだと思いました。ですが、なぜわざわざひじきを髪の毛に似せるなどという手間を、おかけになったのですか」
「最近、気になることがありましてな」
「それは」
 権藤は、柔らかい笑みを崩さずに告げる。
「奥様もお嬢様も、最近お疲れのせいか、お美しい肌に多少の荒れが見受けられました。また、少々お腹の具合がよろしくないようでもいらっしゃった。ひじきには、これらの症状に効く栄養素がたっぷり含まれているのです」
 そのように言われた娘は、思わず頬に手をやった。
「どうにかして、ひじきをお食べいただこうかと思っておりましたが、何せ奥様方は洋風のお食事しかお召しにならない。そこに、突然ひじきをお出ししたのでは、料理全体の調和というものが損なわれる。この権藤、料理人としてそれだけは許しがたかったのです」
「それでは、もしや」
「はい。洋風の食事に、ひじきをごく自然に組み込むため、少々小細工を弄してみたのです」
 娘はそれを聞くと、全身が感動で打ち震えるのを感じた。確かに、これなら洋風の食事にひじきが紛れ込んでも何ら違和感がない。なんという、細やかな気遣い。これが、これこそが、一流の料理人の魂というものなのだ。
「権藤。私たちは、貴方を我が邸に迎えることができたこと、つくづく誇りに思います」
「重ねての有難いお言葉、料理人冥利に尽きるというものです」

◇ ◇ ◇ ◇

 以上が、当料理学校の設立者であるサー・ゴンドウが世に送り出した料理の中でも随一とされる伝説のレシピ、「シュピナートヌィ・サラート・ス・ヨーグルタム(南部フランス語で、『琥珀色の風に揺れる乙女の髪』の意である)」の誕生秘話である。
 「料理とは、心である」という当校の理念をこれほど的確にあらわす逸話はないだろう。入学者の皆においては、この言葉を胸に刻みつつ学んでいただきたいと思う。

~ゴンドウクッキングスクール(GCS)、第22期生に贈る言葉より~

【おわりです:本編1827字】

以上の企画に参加させていただきました。
普段はこんな感じのを書いております。

そんな…旦那悪いっすよアタシなんかに…え、「柄にもなく遠慮するな」ですって? エヘヘ、まあ、そうなんですがネェ…んじゃ、お言葉に甘えて遠慮なくっと…ヘヘ