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【「A24」創業者紹介①】才能を見つけ出す天才「ダニエル・カッツ」

第95回アカデミー賞は、間違いなく今後の映画史に語り継がれる一夜でした。

「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」(通称:エブエブ)が作品賞を含む最多7冠を達成。同作に出演しているミシェル・ヨーが主演女優賞、キー・ホイ・クァンが助演男優賞、ジェイミー・リー・カーティスが助演女優賞を獲得しました。

キー・ホイ・クァンの受賞インタビューは多くの人を感動させ、SNSでもバイラルを起こしています。

そんなエブエブを世の中に送り出した、飛ぶ鳥を落とす勢いの映画スタジオがアメリカニューヨーク州にあります。「A24」です。

A24は2012年8月20日に設立され、映画やテレビ番組の製作、出資、配給を行っているスタジオです。

他のハリウッドスタジオに比較すると歴史の浅いA24ですが、アカデミー賞にノミネートされる作品を数多く手がけています。例えばアカデミー賞ノミネートされた作品だと「ルーム」「ムーンライト」などがあります。

映画といえばハリウッドが聖地ですが、ニューヨークの独立系スタジオが映画業界の歴史を塗り替えていく_。ベンチャースピリチュアルを感じるディスラプターです。

ちなみに「エブエブ」は興行収入1億700万ドルを記録し、A24の歴史の中で最も高い興行収入を記録した作品です。

また、A24の輝かしい功績として「エクス・マキナ」「ルーム」「ヘレディタリー/継承」「ミッドサマー」など話題作や人気作品も世に送り出してきました。ホラー作品に強みがあります。

そんなA24ですが、A24の作品の魅力についての記事が多い一方で、新興の映画スタジオ、言い換えるとエンタメベンチャーとしてどのような企業なのか分析されたものは少ないように思えました。

そこで本記事よりA24の企業分析シリーズを始めたいと思います(予定です笑)。今回は全3回にわたって、A24を立ち上げた創業者たちにスポットライトを当てたいと思います。

A24の作品を見ていると、スタジオの"色"が強く、彼ら独自の思想があることを感じます。A24を立ち上げた人たち、リーダーはどんな人なのでしょうか?

A24の創業者は3人いるが、これまであまり語られてこなかった

https://www.nytimes.com/2018/03/03/business/media/a24-studio.html
左からデヴィッド・フェンケル、ジョン・ホッジス、ダニエル・カッツ

A24はダニエル・カッツデヴィッド・フェンケルジョン・ホッジスの3人によって2012年に立ち上げられました(ジョン・ホッジスは2018年に退職)。彼ら全員が本場ハリウッドではなく、ニューヨークで映画ビジネスをしてきたニューヨーカーです。

私が知る限りですが、A24に関する日本語の記事で彼らがどんな経歴だったのか触れたものを読んだことがありません。また、A24についての日本語版Wikipediaを見ても「映画業界出身のダニエル・カッツ、デヴィッド・フェンケル、ジョン・ホッジスが映画配給を専門とするA24フィルムズを共同で立ち上げた。」の情報のみです。A24には3人創業者がいる、ということだけに日本語での情報はとどまっていました。

そもそもA24は謎に包まれている企業で、かつてニューヨーク・タイムズの取材も断ったこともあるそうです。ただ、A24立ち上げ時の海外のインタビュー記事を見ると、彼らのある程度の経歴が分かり、さらにそこからキャリアをさかのぼることができました。

A24立ち上げ時、彼らはこのようにコメントしています。

映画ファンをターゲットにした新しい手法、市場で起きている変化を考えると、今のアメリカ国内の映画業界はエキサイティングな機会があると思う。
私たちは、素晴らしいストーリーテラーと協力し、彼らの映画を観客に届けることを楽しみにしている。

出典:https://web.archive.org/web/20160816061824/http://moviecitynews.com/2012/08/a24-opens-doors-for-film-distribution-finance-and-production/

実際A24は独自のアプローチでA24という会社自体のファンを作り上げ、多くの才能を世に放ち、独立系の映画スタジオとして独自性を発揮するようになりました。そんなA24を始めた3人はそれまで何をしていたのでしょうか。

今回はそのうちの1人、ダニエル・カッツについて紹介したいと思います。

ダニエル・カッツのプロフィール

出典:https://variety.com/exec/daniel-katz/

A24の創業者であり、パートナーを務めるダニエル・カッツはTH!NKFilm(シンクフィルム)という映画会社の創設者の1人でした。第80回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した『「闇」へ』、当時は斬新な手法だった映画公開中にネットでダウンロード公開施策を実施した「素敵な人生のはじめ方」など配給していた映画会社です。

カッツはシンクフィルム立ち上げ時に、作品買い付け担当のディレクターを務めていました。アカデミー賞ノミネートドラマ「ハーフネルソン」、オスカー受賞ドキュメンタリー「未来を写した子どもたち」を発掘しました。カッツは作品、クリエイターの才能を発掘することに長けている人物と言えるでしょう。

また、カッツはビースティ・ボーイズのコンサート映画「Awesome: I Fuckin' Shot That!」、動物虐待(獣姦)に迫るドキュメンタリー「Zoo」でエグゼクティブプロデューサーも務めました。映画製作にも携わっていました。

その後、シンクフィルムは2006年にデヴィッド・バーグスタインという大物プロデューサー率いるキャピトル・フィルムズに買収されます(その10年後、デヴィッド・バーグスタインは27億円以上の詐欺容疑で逮捕されます)。

The NewYork Timesによればシンクフィルムが買収された後、シンクフィルムの創業者たちは各々また映画会社を立ち上げています。シンクフィルムは日本のマンガ業界でいうトキワ荘みたいな会社だったのかもしれません。

ダニエル・カッツはシンクフィルムが買収された後、2007年に金融会社のグッゲンハイムパートナーズで映画ファンドを立ち上げます。予算500万ドルから1200万ドルの範囲内で、4本から12本の映画を制作する独立系長編映画プロデューサーを対象に資金提供を行うファンドです。

カッツは2006年のカンヌ映画祭に参加した際、エンターテインメントのファイナンス分野の人と会うようになり、シンクフィルムの買収担当だったグッゲンハイムパートナーズの副社長にファンドビジネスの話を持ち掛けます。

グッゲンハイムパートナーズも同様のビジネスアイデアを模索しており、カッツはクリエイターから、映画の資金調達というファイナンスの世界へと足を踏み入れるのです。

カッツは当時のインタビューにこのように答えています。

私は映画の制作、配給、買収、国際販売に8年以上携わってきたから、独立系プロデューサーが抱える障害や課題がどんなことか分かるんだ。
だから、彼らプロデューサーを助け、投資して、成功するために何が必要か教える準備ができているんだ。

https://www.hollywoodreporter.com/business/business-news/guggenheim-sets-up-film-fund-131268/#!

そして、映画ファンドを立ち上げた背景についてはこのように語っています。

ビジネスマンとしての映画製作者をエンパワーメントしたい。
作品のラインナップを増やし、映画を自分たちの力で売りたいと思っていて、自身の能力の幅を広げることができる超一流の映画プロデューサーをね。
現状の映画スタジオは短期的に利益を上げようとしたり、シリーズ化された映画ばかり作るのに集中している。
私は彼ら大手の映画スタジオが作ることができていない作品の資金源になりたいんだよ。

https://www.hollywoodreporter.com/business/business-news/guggenheim-sets-up-film-fund-131268/#!

カッツは映画スタジオが"安パイな作品""シリーズもの"ばかり作られていることへの危機感、もしくは嫌悪感なのかネガティブな感情を抱いていたのかもしれません。

実際、2007年には「ハリー・ポッター 不死鳥の騎士団」「スパイダーマン3」「パイレーツ・オブ・カリビアン/ワールド・エンド」「バイオハザードⅢ」「メンインブラック2」などシリーズものが数多く公開された年でした。

この傾向は2023年の現在もかわりません。大手映画スタジオは変わらずシリーズものを作り、MARVELのマルチバース展開への映画ファンが疲れているといった話も出てきています。そこにA24は食い込んでいっている状況です。

カッツはグッゲンハイムパートナーズ内の映画ファンドを率いて、「ソーシャル・ネットワーク」、「ゾンビランド」、「トワイライト」シリーズ、「チェイシング/追跡(※日本劇場未公開)」などを支援し、合計約500億円規模のファイナンスに携わりました。

2009年に公開された「ゾンビランド」は、ルーベン・フライシャーの初の長編監督作品です。彼は元々はミュージックビデオの監督でした。「ゾンビランド」は公開された週末には製作費をリクープするほどのロケットスタートで、その後2作目も作られたヒット映画になりました。

A24は「ヘレディタリー/継承」「ミッドサマー」の監督である鬼才アリ・アスターを世に送り出した実績があります。「ヘレディタリー/継承」はアリ・アスターの初の長編映画監督作品でした。カッツは映画ファンド時代から新人監督を見つけることに情熱を捧げていたようです。

A24の創業者の1人であるカッツは、自身で映画会社を立ち上げExitに成功した起業家でありクリエイターです。その後、今度は資金提供者側となり、まるで起業家からVCに転身したような経歴の持ち主です。そして、A24を創業するというシリアルアントレプレナーなのです。

新しい才能、ありきたりでない作品を見つけることに情熱と才能があり、そのチャレンジャー精神は今のA24にも色濃く反映されていると考えていいでしょう。

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次回はデヴィッド・フェンケルについて紹介したいと思います。実は彼もカッツと同じシンクフィルム出身です。

全記事は読めるのですが、今回からnote有料版の設定にしてみました。もし本記事が面白ければ支援のほどよろしくお願いいたします!

参考文献・参考記事

A24 OPENS DOORS FOR FILM DISTRIBUTION, FINANCE AND PRODUCTION « Movie City News (archive.org)

Guggenheim sets up film fund – The Hollywood Reporter

ハリウッドの映画プロデューサーが27億円以上の詐欺容疑で逮捕 : 映画ニュース - 映画.com (eiga.com)

ThinkFilm, a Short-Lived but Wily Distributor, Still Influences Industry - The New York Times (nytimes.com)

【独占取材】「A24」関係者にインタビューを決行。ヒット連発の映画作りについて聞いてきた! MEN'S NON-NO WEB (mensnonno.jp)

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