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【超要約】岸田総理、有識者が議論した日本のエンタメ産業活性化戦略とは

先日、「第26回新しい資本主義実現会議」で官民連携によるコンテンツ産業活性化戦略について話し合いが行われました。

新しい資本主義実現会議とは、内閣が2021年10月から実施している「成長と分配の好循環」と「コロナ後の新しい社会の開拓」をコンセプトとした新しい資本主義を実現していくための会議です。議長は岸田総理自らが務めています。

これまでスタートアップ、リスキリングなど様々なテーマを議題に会議が行われ、2024年4月17日に実施された会議の議題がエンタメ産業活性化でした。

今回の会議では下の14の資料が提出されました。

資料1 基礎資料
資料2 論点案
資料3 是枝監督提出資料
資料4 翁委員提出資料
資料5 川邊委員提出資料
資料6 小林委員提出資料
資料7 渋澤委員提出資料
資料8 冨山委員提出資料
資料9 新浪委員提出資料
資料10 平野委員提出資料
資料11 柳川委員提出資料
資料12 芳野委員提出資料
資料13 文部科学大臣提出資料
資料14 公正取引委員会委員長提出資料

shidai.pdf (cas.go.jp)

今回は各資料の個人的に重要なポイントなどを取り上げつつ、まとめたいと思います。もし、お時間のない方は本記事で重要なポイントだけでも抑えて頂いたり、興味のある資料を見つける参考にして頂ければと思います!

※オススメの読み方
下の目次から、各資料の大見出しで気になったものから読むのがオススメです。

また、どの大見出しも「資料」のところに該当のURLを反映させているので、そのまま実際の資料を読むことができます。


1:基礎資料「世界のコンテンツ市場規模など業界情報が詰まっている有益資料」

まず最初に紹介するのが内閣官房の新しい資本主義実現本部事務局が出している資料。こちらの資料はコンテンツ系の市場規模などがまとまっているので、ぜひこの資料だけでも全部読んでほしいのですが、全20ページから2つだけピックアップします。

①世界のコンテンツ市場の規模

まずは世界のコンテンツ市場の規模。日本は世界第3位で2021年は12.9兆円でした。1位のアメリカが57.3兆円、2位の中国が27.2億円と、2倍以上は離されています。個人的には韓国が4.5兆円と日本と比較して小さいこと、4位がイギリスなのが意外でした。

②世界のコンテンツ市場の規模と他産業の比較

そして、個人的にこの資料の中でが1番ハッとさせられたのですが、世界のコンテンツ市場の規模は石油化学産業、半導体産業より大きいこと。アラブ首長国連邦がコンテンツ産業に力を入れたりしているのも頷けます。

また、日本由来のコンテンツの海外売上は、鉄鋼産業、半導体産業の輸出額に匹敵する規模ということ。日本のエンタメにとてもポテンシャルを感じる資料です。

2:論点案「日本政府がエンタメ産業にどのような課題感を持っているか分かる」

続いてが論点案。文字通り、議論の論点が箇条書きで並んでいる全3ページの資料です。日本政府がエンタメ産業にどのような課題感を持っているか分かるかと思います。

クリエイターの育成、海外向けコンテンツの支援、取引適正化に課題感を持っていたり、対処した方がいいと考えているのが分かります。

3:是枝監督提出資料「日本トップクラスの監督が考える映画業界の課題」

2018年にカンヌ国際映画祭で最高賞を受賞した、日本を代表する映画監督である是枝監督も資料を提出、議論に参加されています。実際に制作現場に携わっている是枝監督の資料ですから、是非こちらの資料も読んでいただきたいですが、大きく4つの課題を挙げられているのを要約して紹介します。


①労働環境の改善

是枝監督は2018 年にフランス、2021 年に韓国で映画を制作されて労働環境の違いに驚いたそうです。フランスは1⽇ 8 時間、週休2⽇が絶対的なルールで、韓国の映画界はハラスメントの予防教育や通報窓⼝は完備され、加害者へのペナルティも実質的な制作ストップや業界追放になるほど厳しい措置がとられ、週の労働時間は上限 52 時間だそうです。

若いスタッフが安⼼して職場として映画制作を選んでもらうためには、少なくとも3割から5割の制作費アップが必要だそうですが、その予算が出せそうにないのが最大の課題資⾦調達の仕組みそのものを変える必要があります。

②流通(国内、国際展開)

是枝監督が考える国内の最⼤の問題は、ミニシアターと呼ばれる街の⼩さな映画館が次々と潰れていること。たしかにSNSを見てもミニシアターが閉館しているニュースを見かけます。

国際展開の課題は2つあって、マーケットブースにお⾦をかけていない、国産のセールスエージェントがいないこと。国際映画祭でのアピール力が弱く、日本ブースは素通りされるとのこと・・・。また、日本では濱⼝⻯介さん、⿊沢清さん、河瀬直美さん、深⽥晃司さんなど世界で評価されている有名な日本人監督がいますが、エージェントはなんとフランスの会社。せっかく素晴らしい監督たちが日本にいるのに、日本の企業から売り込んでいない・・・。これはかなり大きな損失のように感じます。

③教育

作り手の教育システムの問題があるそうです。国立の映画大学が存在しないのは世界を見ても稀。日本では誰でも映画が作れて監督を名乗れるので、作品の多様性というメリットがありつつ、どうしたら仕事として「映画」を選べるのか、業界へのルートや階段が存在しないというデメリットがあると指摘されています。

アメリカにはスピルバーグ監督出身の映画学科世界1位の南カリフォルニア⼤学がありますが、留学⽣は中国・韓国からが⼤半を占めており、⽇本からはほとんどいないそうです。国内で学ぶ環境がないなら、国費で海外大学に留学にいってもらう制度があっても良いかもしれません。

④制作

是枝監督は自らの制作現場の経験から、開発費が出ない、ギャラが安い、成功報酬がない、とお金の指摘をされています。

これら課題を挙げている是枝監督ですが、「内閣府の知的財産戦略推進事務局の下に、映画⽂化・産業の施策を⼀本化して統括する部署を設⽴してください」と提言もされています。統括機関をもとに、半官半民の合議体を作りたいそうです。

4: 翁委員提出資料「クリエイターの取引慣行の適正化を」

三井住友フィナンシャルグループ系のシンクタンク・日本総合研究所の翁百合さんの資料では、クリエイターやアーティスト等が働きやすい環境を作るために、競争政策の観点から取引慣行の実態を調査し、その適正化を図るべきと指摘されています。

5: 川邊委員提出資料「クリエイターの留学支援等を筆頭に、迅速な導入を期待」

LINE ヤフー株式会社の代表取締役会長である川邊健太郎さんの資料では、クリエイターの留学支援等を筆頭に、迅速な導入を期待されていると発言されています。川邊さんといえば日本版ライドシェアについて精力的ですが、こちらの資料内でも言及されています。

6: 小林委員提出資料「地域活性化、大阪・関西万博の成功を」

三菱商事で16代目社長を務め、日本商工会議所会頭の小林 健さんの資料では地域活性化、地域の多様なコンテンツを「稼ぐ力」にするべきと提言されています。また、大阪・関西万博の成功を強く願っているそうです。

7:渋澤委員提出資料「映画のプロダクションのアジアの中継地を国家戦略に」

渋沢栄一の5代目子孫である渋澤 健さんの資料では、「支援」という表現が目立つが、むしろ政策として重点を置くべきポイントは「自立」、「市場メカニズム」、「場づくり」を促すことと主張されています。

また、クリエイターではなく所属企業に利益が還元されている、音楽業界が世界と比較して出遅れれているのはCDのビジネスモデルで潤っている既得権益の抵抗があると指摘されています。日本全体への関心が世界から再評価されている昨今、映画コンテンツのプロダクションのアジアの HUB(中継地)を国家戦略として構築すべきとも主張されています。

8: 冨山委員提出資料「エンタメ産業は前近代性を脱却できてない」

JALグループを再建し、株式会社経営共創基盤IGPI グループ会長の冨山和彦さんの資料は、エンタメ産業は前近代性を脱却できいないと主張されています。

なぜ、脱却できないのでしょうか?典型的な経路依存性の罠とのことです。経路依存性とは下記のような状態を指します。

「昔は上手くいっていた仕組みが時代の変化、環境の変化によって機能しなくなっているにもかかわらず、一部だけを修正しようとしても、全体に影響してしまうため修正できず、そのままの仕組みでやり続けている状態」

経路依存性の罠から抜け出す ~悪しき日本的経営との決別~ | レイヤーズ・コンサルティング (layers.co.jp)

日本のエンタメ業界はアンフェアな契約慣行、労働慣行、多重搾取構造にも関わらずなぜか発展したのですが、市場として伸びているので搾取する側は現状のままがいいので経路依存性の罠にはまっているわけです。

冨山さんは政策的には競争政策、制度的には競争法制とその運用によって経路依存性の罠からの脱却を強く促すべきと主張されています。

9: 新浪委員提出資料「成長する海外市場を見据えたビジネスモデルへの転換を」

サントリーホールディングス株式会社代表取締役社長で、公益社団法人経済同友会代表幹事 新浪剛史さんの資料では、成長する海外市場を見据えたビジネスモデルへの転換をするべきと主張されています。

他の方はクリエイター支援を挙げられていますが、新浪さんはビジネス面を担うプロデューサーの人材不足を指摘。

また、是枝監督は日本は世界でのアピールが弱いと指摘していましたが、新浪さんも国際映画祭や国際見本市におけるジャパンパビリオンの出展とその場での作品のプロモーションを積極的に後押しすべきと主張されています。

10: 平野委員提出資料「生成 AI の普及浸透を前提とした産業構造変化への備えを」

AIスタートアップのシナモンの代表取締役 Co-CEO 平野未来さんの資料では、AIスタートアップの方らしく生成 AI の普及浸透を前提とした産業構造変化への備えを主張されています。

他にも、優れたコンテンツは政府と距離感あるところで生まれるのでは?と主張されています。クリエイターとの距離感に注意を払いつつ、政策策定が行われるべきと考えられているそうです。

また、個人的な発見として、平野さんの資料で知ったのですが、経済産業研究所が「漫画制作における生成 AI 活用の現状:2024年春」という資料を無料公開しているようです。

11: 柳川委員提出資料「取引慣⾏を適正化していくことが決定的に重要」

東京大学大学院経済学研究科教授である柳川範之さんの資料では、取引慣⾏を適正化していくことが決定的に重要と主張されています。

安易な支援策ではなく、市場の失敗が⽣じることが明らかな分野に焦点を絞った政策⽀援を考えるべきとのことです。

12: 芳野委員提出資料「フリーランスが能力を発揮することができるルールの早急な整備を」

日本労働組合総連合会の会長である芳野 友子さんの資料では、クリエイター育成と取引適正化に向けた取り組みと労働者性判断の見直しについて言及されています。

若手クリエイターを海外に派遣するべきだが、必ず日本に戻って、日本の制作現場にノウハウを還元していく仕組みの構築も重要であるという鋭い指摘をされています。

また、しわ寄せがいきやすいフリーランスの現状の課題も指摘されています。契約面に関する課題が多く寄せられているようです。

「契約概念自体が曖昧」、「業務が完了するまで報酬の明示がない」、
「長時間におよぶ業務や休日の取り決めが不透明」、「本来得られるべき二次使用料が払われない、交渉の機会もない」など契約に関する課題が寄せられた

13: 文部科学大臣提出資料「文部省が考えるクリエイター支援と海外展開」

文部科学大臣からは全5ぺージの資料が提出されています。文部省が考える課題と対応案のページをピックアップします。

まず、リスクを取って海外に展開するインセンティブが生じにくいとあります。これは個人的な経験ですが、IT企業のスマホゲームの海外展開は消極的ですし、日本の芸能界も世界で勝負しようという人は少数派です。

AIと著作権の課題も挙げられており、特にクリエイターの大きな悩みの種であると個人的に思います。

14: 公正取引委員会委員長提出資料「クリエイター支援のための取引適正化実態調査」


公正取引委員会委員長による提出資料では、今後どのような調査をするか書かれています。下図のペライチなのですが、音楽業界周りで今年は調査するみたいです。

https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai26/shiryou14.pdf

岸田総理「クリエイターが安心して持続的に働くことができる環境が未整備」

新しい資本主義実現会議のHPには「総理の一日」というものがあります。そこをクリックすれば、首相官邸ページに飛んで岸田総理の写真、短尺動画、何を述べたかが載っています。

下記で岸田総理が述べたことを一部抜粋しますが、クリエイターの環境整備をしないいけないという意見のようです。また、民間のコンテンツ制作には口を出さないという認識もあるようです。

アニメ・映画・音楽・ゲーム・漫画・放送番組といったコンテンツは、我が国の誇るべき財産です。そして、技術進歩によりコンテンツの競争力の源泉は、クリエイター個人に移りつつあります。
他方で、制作現場の労働環境や賃金の支払といった側面で、クリエイターが安心して持続的に働くことができる環境が未整備です。我が国のクリエイター個人の創造性が最大限発揮される環境を整備する必要があります。

(中略)

官は環境整備を図りますが、民のコンテンツ制作には口を出さないという、官民の健全なパートナーシップを築くことを目指して、この春の実行計画の改訂に向けて、政府を挙げて、官民連携によるコンテンツ産業活性化戦略を策定していきます。

令和6年4月17日 新しい資本主義実現会議 | 総理の一日 | 首相官邸ホームページ (kantei.go.jp)

最後に:個人的な所感

日本のエンタメ産業で働いている立場上、岸田総理をはじめ内閣がエンタメ産業をどのようにとらえているのかが分かる資料でした。

内閣官房が出している資料は、エンタメ産業の市場規模などが綺麗にまとまっている有益な資料だと思いますし、是枝監督の資料は現場での課題感と対応策どちらもあって勉強になりました。特にショックだったのは、日本の映画監督をフランスの会社がプロモートしてるってこと。めっちゃ勿体ないなぁ・・・と。

一方で、仕方がないと思うのですが委員会メンバーの人はポジショントークの人もいるな~と正直に思いました。例えば、川邊さんはGYAO!という配信サービスの代表取締役社長だったので、配信サービス系の提案とかされるのかなと思っていたら、ライドシェアの話をここでするんだ・・・みたいな。

ただ、岸田総理の発言を見ているとクリエイター支援が必要であったり、民間のコンテンツには口を出さないで、国はどう環境整備をしたらいいのかという認識を持っているようなので、間違った方向性は向いてなさそうだなという安心感はありました。

ぜひ、エンタメ産業で働いている人がどのように思っているのか、感じているのか議論したいですね!ぜひ、いつでもご連絡ください!

全記事は読めるのですが、note有料版の設定にしています。もし本記事が面白ければ支援のほどよろしくお願いいたします!

引用


新しい資本主義実現本部/新しい資本主義実現会議|内閣官房ホームページ (cas.go.jp)

shiryou1.pdf (cas.go.jp)

shiryou2.pdf (cas.go.jp)

shiryou3.pdf (cas.go.jp)

shiryou4.pdf (cas.go.jp)

shiryou5.pdf (cas.go.jp)

shiryou6.pdf (cas.go.jp)

shiryou7.pdf (cas.go.jp)

shiryou8.pdf (cas.go.jp)

経路依存性の罠から抜け出す ~悪しき日本的経営との決別~ | レイヤーズ・コンサルティング (layers.co.jp)

shiryou9.pdf (cas.go.jp)

shiryou10.pdf (cas.go.jp)

shiryou11.pdf (cas.go.jp)

shiryou12.pdf (cas.go.jp)

shiryou13.pdf (cas.go.jp)

shiryou14.pdf (cas.go.jp)

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