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コンパウンドスタートアップの事業づくりに関する考察


株式会社RightTouch代表取締役の長崎です。

今回は「コンパウンドスタートアップ」について書きたいと思います。
かくいう当社もコンパウンドスタートアップとして複数の事業を推進しています。スタートアップ、特にSaaS界隈において流行語大賞があれば2023年の大賞は「コンパウンド」だろう、と思うくらいここ1年で聞くようになりました。

このような言葉は、その本質が置き去りにされたまま広がることが多いですよね。特に「コンパウンド」は複数事業を展開している会社であれば一見どの会社でも掲げられそうな戦略なので、当社も改めてその本質を外さないためにも、自分なりの思考を書き下しておきたいと思います。
(主にB2B SaaSの領域を想定したコンパウンドスタートアップについて思うことを書いていきたいと思います。)


そもそもコンパウンドスタートアップとは

コンパウンドスタートアップそのものに関する説明は様々な記事が世に出回っているので、ここで多くは語りません。
自分としては、雑ですが以下あたりが核だと理解しています。

  • 同一のデータベースやミドルウェアが「共通基盤」になっており、その基盤をテコに複数のプロダクトが展開される

  • 顧客が複数プロダクトを同時に使うことにより、複利で価値を増幅する構造になっている。顧客ターゲットも同一、ワークフローも隣接点を1つずつ抑える。ゆえに効率性/再現性が高くなる

コンパウンドスタートアップとは?に関する記事は、ALL STAR SAAS FUNDさんの以下記事あたりを参考にすると全体観がわかるかと思います。

コンパウンドはなぜ流行るのか - SaaSの普及と環境変化 - 

なぜ直近コンパウンドスタートアップが注目されるようになったのか?
「SaaSの一定以上の普及」が1つ大きな要因としてあると思います。

SIerがすり合わせで作った垂直統合化システムを「アンバンドル化」、要はバラして単一機能で使いやすくするという方向で、SaaS黎明期は特定領域の機能に特化したシングルSaaSが多く立ち上がりました。

例えば、Fintechでは経費精算システム、HRTechだと勤怠管理や労務管理からSaaSプロダクトが浸透し、その後もその隙間を埋めるかのように複数の会社からSaaSが多く立ち上がりました。業界によっては若干飽和状態に達している感もあります。

このシングルSaaSの流れが一周し、とりまく環境が大きく変わっています。

供給側の観点

市場の競争は熾烈になり、特に前述のような2つの領域では、現状の技術を前提とするとブルーオーシャンがどんどん減っている状態だと言えます。かつてのように、一部業務をアンバンドル化するだけで参入できる機会はそう多くない。(この2つの業界に明るくないので間違っていたらすみません)

仮に市場の機会を見つけてもそこに大きなTAMはなく、単機能のSaaSだと十分なエクイティストーリーが描けない。

メインストリームはメガSaaSがおさえていて、隙間を狙うと1つのプロダクトのTAMが小さいから複数プロダクトで成長性を示す、だからコンパウンド化するんだ、というスタートアップが多いのが実態だと感じています。

需要側の観点

顧客も複数のSaaSを導入し、ワークフローの中にSaaSが徐々に入り込んできた(まだまだEPにおいては余地は大きいが)のではないかと思います。

そして個々の機能を持った複数のSaaSを導入した代償として、データや一部機能の重複 / 二重管理が起きました。その呼び戻しで、我々も日々事業活動をしていて強く実感するのですが「プロダクト / データを統合したい」という意欲が高まっています

結果として、単一機能SaaSとして世の中に広く受け入れられるには、他社にはない強いMOATがないと厳しい、という流れは不可逆なように思えます。

単機能SaaSが一周以上した中、事業の成長性を担保したい供給者であるSaaS事業者、極力統合的なワークフローにしたい顧客企業、双方の圧力によってコンパウンドスタートアップ、の流れが来ているのでは、と自分は考えています。

コンパウンド化実現における高い壁

ではSaaS企業は「コンパウンドスタートアップ」を目指せば、事業が良い方向に転ぶのか?

自分の答えは No です。

いま「コンパウンドスタートアップとして成長したい」といっている企業が、真のコンパウンドスタートアップになる確率は極めて低いのではないかと思っています。(当社はそうなれるように頑張りたいですが、簡単な戦いではないと思います)

それはひとえにリソースが少ないスタートアップが「複数事業を並行して企業価値を高める」の難易度が非常に高いためです。

  • 新規プロダクトの連続的なPMF

  • 複数プロダクトのセールス/サクセスを並行できる強いビジネス組織

  • 基盤 / ミドルウェアへの投資と、各プロダクト成長の良いバランス

  • 複数の不採算事業(どの事業も立ち上げ時は不採算)を許容する財務体質

  • 全体を統合した筋の通った経営戦略 / 事業戦略

  • これらを可能とする、強い人(特に事業開発人材)の継続的な採用

これらはすべてコンパウンドスタートアップにおいて必要な要素だと考えています。モノが増えると戦略/リソースマネジメントを中心に、複利で難易度が上がる印象はあります。
経営としても、探索と深化、投資と撤退、委任と管理、、、全体としてバランスの取り方が常に難しいと感じており、我々も日々頭を悩ませながら、答えを模索し続けています。

もちろん、うまくいくと大きな事業成長につながりますし、現在のSaaS市況の中で、その領域におけるトップカンパニーになるにはコンパウンド化が必要なケースが多いと思います。初期から複数事業を走らせることによる「企業文化の形成」も非常に大きなメリットですね。

大きく仕掛ける会社であるという覚悟があれば良いですが、逆に「今の事業の成長が甘いからコンパウンド化を…」であれば事業戦略や市場を見直したほうが良いかもしれません。

コンパウンド化の3つの「鍵」(仮説)

そんな難易度が高いコンパウンドスタートアップにおいて、自分が最近意識しているポイントを言語化しておこうと思います。


  1. ドミノ倒し:順番を意識する

  2. 「Why」の明文化

  3. 事業づくりの再現性


この3つについて説明します。

もちろん組織拡張や顧客対応の側面でも非常に重要な要素が多いのは確かなのですが、正しいコンパウンド化においては「フェーズの違う複数事業を立ち上げ、成長させていく」ための事業戦略 / 事業開発が一番の肝ではあるので、事業開発/事業戦略周りのトピック中心になります。

一方でこの領域は答えも掴みどころもあまりないところではあるので、やや抽象的な話も多くなってしまうかもしれません(自分も思考を深めたいので、ディスカッション大歓迎です!)


1. ドミノ倒し:順番を意識する

コンパウンドスタートアップにおいては事業を展開する「順番」が重要です。

まるで「ドミノ倒し」のようなイメージで、会社全体としての理想の姿を描いた上で、現状と理想、そのGAPを埋めるための第一歩目を最初のプロダクトとして置き、そしてその次にどこを倒すか?…といったような思考を、常々アップデートし続けるイメージです(当社も詳しいことは書けないのですが、以下の図ような理想から逆算したときにどの順番で倒すか、の仮説を持ち続けています。)

ドミノ倒しのイメージ

前述の通り、コンパウンドスタートアップにおいては新しいプロダクトが導入されると複利で全体の価値が上がるし、逆に既存プロダクトが抑えているデータやワークフローが新しいプロダクトにも良い影響をもたらすので、どこをどの順番で抑えていくか、によって事業の成否が大きく変わってきます。

「今のプロダクトといかに隣接しているか?」は順番を考える上で大きく影響を与える要素です。しかしそれだけではなくその領域のデータやワークフローにおいて、どこを抑えるのが特に肝要なのか、モノによってはスイッチングコストが高いドミノもあるがどのドミノにどのタイミングで挑むのか、を考え続ける必要があります。(やや掴みどころのない話ですみません)

あとはリソースマネジメントの観点も非常に重要です。当社が対象としているカスタマーサポート領域のような機会が多いマーケットであれば、無限にチャンスがあるのですが、闇雲にやりすぎると結局はリソースがCapになってPMFさせられないみたいなことが容易に起こりえます。どのドミノは今のリソースと相性が良くて、どのドミノは逆に新規リソースが必要になるのか、ここの見極めは非常に重要な論点だと思います。

常に内容はアップデートする前提で、初期のスタートアップにおいても2-3年の全社の事業ロードマップは最低でも欲しいですね。徐々に先を見通せる時間軸を、1年→2年→3年→5年…と伸ばしていくことを意識し続けたいところです。

2. 「Why」の明文化

どの事業も、その会社にとって価値のあるものにすべきというのは当然の話ですが、価値の方向性や意義は様々です。

「One for all, All for one」というのはチームスポーツをやっていればよく聞く言葉だと思いますが、コンパウンドスタートアップにおいてはこの「One for all」の部分、つまりその事業が会社全体にとってどのような価値をもたらすのか、という観点が非常に重要です。なぜなら、繰り返しにはなりますが、各事業/プロダクトがシナジーをもって全体的な価値が上がるという構造がコンパウンドの本質だからです。

新しい事業を立ち上げるときは「事業の成長性や収益が高ければ何でもいいでしょ」ではなく、「なぜ当社がその事業を立ち上げるのか?」「この事業の会社にとっての価値は何か?」といったように、その事業の「Why」の言語化はマストです。たとえばですが、

  • 基盤/ミドルウェアをより強くするため

  • プロダクトのエントリーポイントを増やすため

  • スイッチングコストを上げるため

  • 意義は薄いが、シンプルに「金のなる木」になるため

…など、様々なWhyが事業によってあるはずです。

勝つ確度が低くても、コンパウンドスタートアップとしての強さを求めるのであれば、強い狙いを持って勝負をしなければならないときもある。たとえば、基盤/ミドルウェアにおいて非常に重要なデータやワークフローを抑える必要があるケースなどが考えられます。
当社RightTouchにおいてもカスタマーサポートの中で重要なデータやワークフローは何か?それを踏まえてどのような事業を次にやるべきか?を喧々諤々と議論しています。

逆に、Fintech領域で参入が増えているビジネスカードの領域は、それ単体では強みは作りづらいが、セットにすることでエントリーしやすくなる、そしてクロスセルとして収益が見込めるという観点が強いように見えます。
プロダクト単体だとかなりコモディティ化しやすいものではあるが、既存チャネルと既存プロダクトとのデータ連携を活かしつつ提供すれば、高い確度で事業になる。"Winner Takes All"な領域とは真逆ですが、まさにコンパウンドスタートアップの醍醐味を生かしたような事業に見えます。(ここもFintechに明るくないので間違っていたらすみません)

この「Why」の明文化に関して、気をつけたいことが2つあります。

1つは当然ですが事業によって狙いの強さ、逆に成功確度や収益が立つまでの時間軸は全く異なるので、その「違い」を許容/理解した上で、事業づくりの進め方からメンバーのアサインまで決めることが重要です。

確実なヒットを狙うものと、チャレンジングだけど基盤の強化も踏まえてホームランを狙うもの、会社の成長のために絶対に外してはいけないもの。失敗や成果が出ない時間の許容量をコントロールしながら進めるという話ですが、時間軸やリスク量を誤ると真のチャンスの芽を摘んでしまうかもしれないし、逆も然り。

また一口に「事業開発」といっても、失敗の連続でも強い心を持って探索し続けられる人と、確実かつバランスよくプロダクトをスケールさせていける人で、適性のある事業の形は違うので、その違いにも目を配りたい。

もう1つはビジョンドリブンな事業と確実性高い事業とのバランスを取ること。収益が出る確率が高いものばかりに手を出していると会社として気づいたら先細りになっている、MOATが作れていない、という状況には常に気をつけたいですね。

長くなりましたが、各事業の「Why」を考えることは、コンパウンドスタートアップにおける事業づくりで最も大切なことの1つだと思います。

3. 事業づくりの再現性

「事業開発の成功確度を高めること」がコンパウンド化の成否を握っています。プロダクト間のシナジーによって事業全体の価値が上がる、というメリットを享受できなければ、シンプルに1つの事業/プロダクトに一点集中しているスタートアップに負けてしまうためです。

ではどのように事業づくりの再現性を高めるのか? 事業開発について語り始めると延々に書けちゃうのですが、その中でも抜粋すると「すぐにモノを作り始めない」ということが肝要だと思っています。

シンプルですが、まず顧客を知ること。顧客の課題は何か?その課題の解決にお金を支払うほど深いか?その課題を抱えている人達は一定以上存在するのか?解決策は顧客の業務にフィットしているか?以下のようなPMFまでの流れは一般的ですが、「CPF」「PSF」あたりまでは開発リソースゼロで進めるのが理想的だと考えています。

よくあるPMFまでのステップ

そして上記のCPF→PSFの思考/検証を進める上で、鍵となるのが「顧客との関係性」です。そして顧客の中でも特に「リファレンスカスタマー」と言われる重要な顧客を複数社抱えておき、いつでもフラットなディスカッションできる関係性を築ければ、CPF→PSFにおいて他社よりも多くのインサイトが得られることは間違いなしです。

リファレンスカスタマーとは現実の顧客であり、製造された製品を使い、その製品にお金を支払い、どれだけ製品を愛しているかを進んで話をしてくれる顧客

INSPIRED
熱狂させる製品を生み出すプロダクトマネジメント


その意味でもリファレンスカスタマーは、コンパウンドスタートアップの事業開発において最も重要なアセットと言えます。
当社の新規事業開発におけるプロセスも、大まかに以下のような流れになっています。

  1. 会社の戦略として、掘るべき事業領域を決める

  2. その掘るべき事業領域における、課題ヒアリングやプロダクトディスカッション、時には現場であるコールセンター見学をリファレンスカスタマーにさせてもらい、顧客課題の解像度を高める(並行してマクロなリサーチも進める)

  3. 課題に対するプロダクト(解決策)イメージをmiroやfigmaで作成し、リファレンスカスタマーに当ててみて、価値のある体験の磨き込みやリスクの洗い出しを行う

  4. プロダクトのMVPとして最低限の機能だけ開発する(開発時点でリファレンスカスタマーから「プロダクトができたらお金を払って使いたい」と購買の内諾が取れているのが理想)

  5. リファレンスカスタマーにおいてMVPのプロダクトを導入し、ユーザビリティ検証を行う

  6. プロダクトを磨き込み、β版としてリリースし、拡販する

もちろん毎度このプロセスを厳しく遵守して進めているわけではないですが、隣接点を抑えていくことが多いコンパウンドスタートアップとこのプロセスは相性が良く、再現性を高める上で有効だと感じています。
この事業の創り方の注意点としては、事業コンセプトがn=1に寄らないよう、適切な抽象度で解くべき課題とコンセプトを決め、プロダクトに一定以上の汎用性を持たせること等がありますが、このあたりを意識できていれば結構再現性の高い事業づくりができるのではないかと思います。

持論ですが、事業づくりにおける失敗は「当初想定できていなかった失敗」がほとんどです。裏を返せば、失敗しそうなポイントを最初から想定できれば事業の成功に大きく近づきます。
しかし失敗のパターンをすべて想定するのは不可能なので、リファレンスカスタマーとの取り組みを軸に、この失敗のパターンを事実として認識しておくことが効果的だと考えています。

あくまで上記の方法は1つのやり方に過ぎないですが、事業づくりの再現性を高めることは企業価値を上げる上で最も重要な要素だと自分は考えているので、これからも模索していきたい所存です。

一緒に挑戦できる仲間を探しています

最後に少し自社の話で恐縮ですが、RightTouchはカスタマーサポート領域におけるコンパウンドスタートアップとして、業界のインフラとなることを目指しています。

最初の章で書いた通り、SaaSが一定浸透している領域だと入る隙間が小さくなっていることは事実です。その隙間でプロダクトを立ち上げても、たとえばFintechならマネーフォワードやfreee、HRTechならSmartHRなど、彼らが手を付けていない領域から入って真のコンパウンドスタートアップになるのは、一定以上の難易度があると思います。

一方でカスタマーサポート領域はマーケットの規模感が大きいにも関わらず、まだまだ解くべき負が溜まってしまっている未開の地(詳細は昨年書いたnoteにて)で事業機会がたくさん残されています
そしてこのSupportTechにおいて強いインパクトを残し、マーケットリーダーになるにはコンパウンド化して事業を展開する必要がある。そしてそれが可能なチームが作れると考え、RightTouchもコンパウンドスタートアップとして事業を展開する方向に舵を切りました。

当社はまだ30名弱のメンバーで発展途上ではありますが、以下のような特徴を持っており、コンパウンドスタートアップとして事業を複数展開できる絶好の環境だな、と手前味噌ながら感じています。

  • 顧客のデジタルデータ、カスタマーサポートでいうと「問い合わせ前」のデータと接点を基盤で抑えており、独自性が高い

  • 半数はエンジニアで構成されており、プロダクト開発力が高い

  • 以下のようなカスタマーサポートにおいて最先端を走るお客様とお付き合いさせていただいている(以下画像参照)

RightTouchのお客様(一部抜粋)

上記に事業づくりにおいて重要なことを書き下したのですが、これらの実現において最も重要なピースは「人」です。事業をつくる人、そして複数のプロダクトをデリバリーするビジネスサイド、プロダクト思考が強いエンジニア...これらがすべて非常に高い水準のチームを作れないと、すべては絵に書いた餅に終わってしまいます。

決して簡単な挑戦ではないのですが、とても楽しい挑戦だと思います。
本質的なコンパウンドスタートアップを目指した事業作りに興味を持っていただける方がいれば、ぜひご連絡ください。私と話しましょう。ディスカッションだけでも大歓迎です。


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