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(11) 盲点

呉の造船所を出た巨大艦が出港する様を、居並ぶマニアの群れに混じって撮影している男がいた。

体型を悟られぬ為だろうか、わざと一世代前のオーバーサイズの服をだらしなく着こなして、髪は寝癖を直さないままでいる。古いフレームの伊達メガネを掛けると日本語で言う「オタクっぽい」感じとなり、同じような格好をした人々の一員のように、周囲に溶け込む事に成功していた。

警備を担当している自衛官やロボットが、カメラやムービーを構えた人々全員をデータ照合している。タブレットと人々を交互に眺めては、人物ごとに確認している。この男は新造艦や新兵器のお披露目の場では常連と認識されており、大阪高槻市在住のフリーター「河合 進」と認識されていた。河合 進、本名:周遣明は、この日も簡単なチェックと荷物検査を難なく通り抜けて、「対象外」のカテゴリーに区分けされていた。

周の目前に浮かぶ95年前に建造された武蔵は、レイテ島沖の海戦で沈んだ艦とは思えない程の美しい塗装が施されており、周遣明も惹かれてしまうデザインをしていた。
「日本人の拘り」「ゲン担ぎ」に関して、周遣明にはどうしても理解出来なかった。
武蔵と大和を生み出した造船ドックが既に残っていないのに、「呉でなければならない」と固執した自衛隊のトップが居たという。沈船だった武蔵が中南米軍によって海底サルベージされ、フィリピンのスービック基地に運び込まれて改修された経緯は、何故かカウント扱いされていないのだ。

「一世紀ぶりに母港に帰還して、大改修された」と日本のメディアが報じている。自衛隊幹部の中には、旧海軍司令部の流れを汲む原則主義者が未だに巣食っているのかもしれないと周は考えていた。
入試制度の無い、誰でも入学出来た防衛大卒業生が今では幹部クラスとなっている。アメリカ製兵器を扱い、いにしえの米国流戦術で学んだ世代の中には、最新の自衛隊装備や戦術を理解出来ないまま配属され、防衛大の教壇に立っている者も居ると若い自衛官に揶揄されている。その手の自衛隊幹部と防衛省職員、防衛大講師陣が一掃されれば、歴史修正主義や懐古主義は霧散するだろうと若手自衛官が分析している。その手の「遺物」が未だに巣食っているので、自衛隊にもまだ漏れや穴が限りなくあるだろうと周 遣明は見ていた。

自身が軍事マニアの一人と勘違いされ続けているのも、そんな理由の一つになると周がほくそ笑む。
日本内でネットに繋げる際、使用頻度の少ない者が遠隔地や海外の第三者と連絡を取り合うと、AIの監視下に置かれると噂されている。これまで数多くの同僚達が国外退去の憂き目にあってきたので、中国の諜報部隊は、文書を手渡しする古の手法を採用していた。
日本側が公表しているように中国側も武蔵を訓練艦として位置づけており、偵察対象としても軽んじているのが実態だった。周賢明自身も、仕事を忘れて楽しんでいる自分に気付いていた程だった。

ギャラリーの群れの中には、中国だけでなく韓国CIAとCIA、モサドの構成員も含まれているのを自衛隊は把握しているのだが、機密情報は船内にあるので泳がせている状態だった。彼らが本国に連絡する手段と報告内容の方を重視していた。諜報員達がどのような報告をするかで、彼の国の目的を把握する方が重要だった。ゲン担ぎや古の習慣に囚われているのは、風水や儒教を信奉している大陸から齎されたものであり、未だに4000年の歴史に溺れている国には言われたくは無いのだが、「灯台もと暗し」とだけ述べておく事にする。

メディアが何故か触れない、中南米軍によって改修された初代武蔵は、「海上自衛隊の艦」としてスービック基地から日本へやって来ると、海自の各基地を巡回し、一般に公開された。その後、この呉でも時間を掛けて再改修されたようだが、改修内容までは公表されていない。

一般公開された際には艦内の殆どを見学する事が出来た。水素ツインエンジンが新しく積み替えられ、エンジン駆動による発電で潤沢な電力が艦内に配電され、空調も完備されている。トイレは全て洋式水洗ウォシュレットとなり、厨房は最新式の電磁調理器とガスコンロ併用タイプが複数台備えつけられて、2000名近い乗員の食事が賄えるようになっている。

乗員の栄養を無視した、握り飯と沢庵を提供し続け、タコ部屋同様の居住空間を乗員達に強要した旧日本海軍武蔵とは大きく異なり、令和の現役世代は快適な生活が保証されている。
中国の最新艦でも到底及ばない、人間工学に準拠した生活環境となっている。船内の至る箇所に建造当初の武蔵の写真が飾られており、当時と現在の比較が出来るようになっており、一般の人々へのイメージ作りに役立っていた。

艦内もさる事ながら、外観も一世紀前の戦艦とは思えない新造艦のような輝きを纏っており、里帰りした日本各地で、想定以上の歓待を受けていた。外観上で従来と異なる造形は、最新のレーダーが新たに装備された程度で、当時の面影を色濃く残している。
艦首の菊の御紋と後部甲板にはためく旭日旗を見たマニア達が、涙目でカメラやムービーを構えている。周遣明は内心は興醒めしながらも、中南米軍の一時改修後との相違点を望遠レンズで確認しながら記録していった。

着水式典を見守る集団から歓声が上がり、周は「何が起こったのか?」と覗いていたファインダーから目を離すと46センチ主砲の3つの砲身が1本づつ、交互に動き始めていた。宇宙戦艦もののアニメでしか見たことのない砲身の動きに周賢明も胸が踊った。

続編のアニメでは主砲の砲身にそれぞれ白い2本線が引かれ、艦首の側面部に巨大なアンカーロックが備わっていたが、武蔵はその2つを模倣しており、マニアを喜ばせる小細工を施していた。「これはイイ!」と周も素直に認めた。

5年前に現代技術で建造された、大和の主砲の回頭速度は武蔵よりも早く稼働し、3本の砲身が同時に動く実戦向き・速射重視タイプだ。訓練艦としての役割を託された武蔵は「遊び」の箇所も取り入れているのかもしれない。若い自衛官や候補生向けには良いのかもしれない。
砲身の動きや細かなデザインに感心しながらも、造船所の工員が漏らした「戦艦武蔵の再現」「大戦中の砲弾の開発」は事実かもしれない、と思った。

自衛官1600名と人型ロボット100体、アースウォーカー2体が、午前中に武蔵に乗船したのを周はカウントしていた。同時に食糧と思しき梱包が積み込まれた。1600名分で換算すると2週間分相当の食糧と周は分析した。それだけの期間を操艦技術取得と、各部門毎のマニュアルの作成に費やすのだろう。昭和の武蔵の乗員数2300名よりも減ったのは、恐らく機関士や砲術士、航海士、レーダー担当などをAIに任せるので、人員数を減らせたのだろうと周はレポートに記述する事になる。

出港後、武蔵が下関方面に移動を開始するのを掴んでいた周は、コアなファン達に混じって、新幹線で下関市へ向かった。下関海峡で四国沖を進んできた大和と合流し、大和が武蔵の護衛役を務めるという情報をマニア達は掴んでいた。新旧の263m全長の巨大艦が下関海峡で回頭して、佐世保基地まで伴走する様を下関大橋から写すのが、マニア達の目的だった。
下関で両艦が回頭するのを公表し、撮影ポイントの提供を企てたのも、海上自衛隊の計らいだったろ。海上自衛隊の事実上の旗艦・・登録上は「護衛艦・やまと」なのだが・・と、防衛大の訓練艦が居並ぶ機会は、今後限りなく無いだろうと見做されていた。

しかし、周遣明が確認出来ずに終わった事を、人民解放軍の諜報部隊は後で知ることになる。毎週ベネズエラから北朝鮮にやってくるはずの人物を載せたヘリが、佐世保沖で武蔵に着艦する。武蔵にヘリが降り立ったのをレーダーで察知した周辺国があったかもしれない。衛星の画像解析能力が高く、優れた分析装置でもあれば、甲板に降り立った人物の変装を看破り、人物特定できたかもしれない。

ーーー

ベネズエラ政府で報道官、官房長官を経て、科学技術省副大臣であったパメラ・ティフィンが平壌入りするのと同時に、ベルギー・ブリュッセルに、ベネズエラ元法相でカリブ海諸国大使だったサーシャ・スナイデルがEU・アフリカ全権大使、並びに副外相としてベルギー・ブリュッセルに着任した。

サーシャと共に副外相の肩書を新たに得たパメラは、東アジアを主な拠点とするアジア・中東全権大使の任を得た。就任そのものは穏当なものだったが、一部の国から反発を受ける。サーシャ、パメラに対する非難というよりも、2人の全権大使、兼副外相就任を伝えるベネズエラ外務省の報道官の発言が、物議を呼んだ。
「核兵器と原発を持つ国、そして南北アメリカを除いた2つのエリアを、2人の副外相が担当する」とカラカスでベネズエラ政府の報道官が伝えると、除外された国が反発する。
報道官は国名を述べるのは控えたものの、米加英仏韓、そして中国が除外されたと誰もが考える。

「ベネズエラは核保有国と原発廃棄を明言しない国とは外交しない、ということでしょうか?」アメリカのテレビ局が報道官に確認を求める。

「いいえ、そのような話ではありません。唯でさえ担当する国家が多くなりますので、2人の新任大使が核撤廃の問題まで関与するのはオーバーワークとなるので、担当から除外したに過ぎません。核絡みで該当する国との外交に関しましては従来通り、外相そして大統領、並びに首相が対応させていただきます。勿論、我が国以外の中南米諸国、並びに諸国連合としても引き続き対応させていただきます。従って、大枠は何も変わらないのです」
核を所有する事が、あたかも残念な傾向であるかのように「英語で」表現する報道官に、核撤廃、廃棄に批准した側に属する各国の記者がほくそ笑み、米英仏中4ヶ国の記者は仏頂面や怒りを露わにする。そもそも、4ヶ国との外交に積極的に取り組んでいる節はベネズエラ政府には見当たらない。事件やトラブルが起きて仕方なく同席する程度の付き合いしかない。「ベネズエラの眼中には無い、4ヶ国」と見なされ「国際社会での評価は下がり、経済的な成長は期待できない」と判断される。

質問した米国の記者は怒りを露わにしながら、間髪をいれずに質問する。

「大使であり副外相でもある お二方が、担当しない国を この場で明言していただけないでしょうか?」

「はい、再三申し上げておりますが核兵器と原発の撤廃を表明していない国々となります」
報道官が発言した後でニッコリと笑う。「察しやがれ、この野郎」と思いながら。

「ベネズエラはそれらの国に大使館すら置いていませんが、今後も大使館を通じた外交ルートは用意しないのでしょうか」質問者もメゲなかった。

「あなたは少々誤解されているかもしれません。中南米諸国の合同大使館、並びに日本大使館に、我が国はスタッフを配置しております。また、ベネズエラの大使は各国とは異なり、複数国を兼務しておりますので、合同大使館や日本大使館に居る「大使代理」が業務を遂行しています。しかし、大使館としての機能が劣っているというご指摘や、専任の大使を要望されたケースは未だにございません。もし、なにかしら問題や不都合があるようでしたら、対応する旨は各国政府に通知しているのですが」

「大使館絡みでもう一点伺います。ベネズエラに大使館を構えたいという国が少なからず有ると聞いておりますが、未だに認められておりません。大統領をはじめ首相外相も訪問要請数が多いので難しいのは分かるのですが、せめて大使レベルは受け入れ、同時に各国に大使を揃えるべきではないでしょうか」
今度は中国の新聞社が挙手して捲し立てる。

ベネズエラは英仏米中の大使を本国へ送還し、大使館を閉鎖した経緯がある。この4ヶ国にも中南米諸国合同大使館はあっても、ベネズエラだけが参加していない。対話が必要だと建前を掲げて、大使館機能を求め続けているが、スパイばかり送り込み、諜報活動ばかりする国を受け入れる程のお人好しではなかった。​​​​​​​​​​​​​サーシャはブリュッセルでベルギー政府を表敬訪問した後で、4カ国以外と南米以外のG20各国のベルギー内に居る大使に表敬訪問していった。収穫したばかりのコーヒー豆をお土産に。​​​​​​​​​​​​​​
因みに、中南米諸国各国の大使館は合同建屋となっており、中南米諸国と関わりの希薄な国ほど、人員配置数を減らしている。アメリカとカナダは中南米から距離的に近いので、G7並の扱いになっているが、英仏、中国などには各国大使も駐在していない。日本と北朝鮮、台湾、フィリピンだけが例外で、ベネズエラとして独立した大使館を設けてスタッフを各国に配置する。パメラ・ティフィンは4箇所と東南アジアを巡回する。

​​​​​​​​2つのエリア大使のレポートラインは外相となっているが、パメラとサーシャはタニア・ボクシッチ外相兼国防相だけでなく、大統領と首相にも報告する。

大統領向けの報告だけ、砕けた口調で政府用文書とは到底思えなかったが、甘々の大統領は黙認していた。この文章は機密とされ、公開される事は無いので。

「今日は台北の夜市に行ったよ」と唐突に始まる報告書を見たモリは、笑うしかなかった。メールと変わらない。
「ずっと尾行していたのは、ACの2カ国。台湾の構成員は護衛的な役割で2カ国を警戒していた。Cの方は台湾で初登場。Aは北朝鮮・日本滞在時と同じチームなので、バレバレ」とある。

ーーーー

呉のドッグを出て下関まで向かう途中で、伝達を受け取る。急に降って湧いた話に動揺しっぱなしの山本 先任伍長の背中を、いずもで艦長を努めていた掛下が思いっきり叩く。

「しっかりしろ!お前がそんなでは、隊に示しがつかんぞ!」

鬼の先任伍長と部下達から言われている山本が、ここまで情けなくなるとはと思いながら、信濃の艦長に内定している掛下が内心で笑う。

「そうは言われてもですね、艦長。何故私に防衛大臣を託されなきゃいかんのです?イージスやフリゲート艦の、他艦の先任伍長の方がよっぽど相応しいでしょう?」

蒼白な顔をした山本は、意地をみせるかのように掛下に愚痴をこぼしてみせる。

日本はミニ空母、ヘリ空母までも護衛艦と呼び続けてきた。誇りの欠片も無い政府が、イージス艦やフリゲート艦と艦載機が離発着する艦までも十把一からげに護衛艦としてきた。 
米軍のバカっタレどもから自衛隊の独自基準を笑われながら、護衛艦として艦載機を飛ばし、護衛艦としてイージスの槍を放ってきた。米軍との合同演習では半ば屈辱を受けながら参加してきた。そんなバカげたカテゴリー分けを自衛隊は2度と使わないと主張したのが、新任の柳井治郎防衛大臣だった。
「憲法に過度に捕らわれない」というのが現政権のスタンスだ。例え、戦艦・フル空母・原潜・戦略爆撃機・音速ミサイルを持っていても、専守防衛を遵守するのが自衛隊であり、日本政府だと大臣に就任後各所で言い続けている。

もし、昭和平成の政府であれば、防衛に特化している自衛隊が攻撃用途の兵器を所有するのは憲法違反だと非難轟々、総スカン状態になっていただろう。右派とされる自民党に余計な武器を持たせたら、危険だと国の内外から問題視されるのは必至だった。
令和の現政権が世界中で高く評価されているので、フル空母を所有しようが、超音速ミサイルを配備しようが最早問題にもならない。社会党政権は自衛隊を国連軍として国際貢献の機会を与え、世界でも有数の能力集団と認知されるまでに至った。自衛官としての誇りを初めて意識づけてくれた政権でもある。空母乗りの山本には恩人のように感じていた。

事実上の自衛隊トップの大臣がお忍びで視察にやってきて、自衛官として訓練に参加すると聞いた時は「良い話だ」と思った。しかし、まさか自分のチームに入るとは思ってもみなかった。
「えらいこっちゃ、どうしよう」とオロオロしっぱなしだった。

「海自の最重要艦とも言えるフル空母の先任伍長を務められるのは、お前しか居ない。俺が艦長で居る限り、先任伍長の変更もありえない。遠慮しないでいいから、一兵卒として大臣を扱え」

「しかしですね、艦長。部下に混じっての乗船と言われましても、20代の船員との体力差はカバーしきれません。一兵卒に成り済ますなんて幹部達は何を考えてるんですかね。手心を加えるなんて芸当は船では出来ません。「訓練に参加せずに見学してろ」だなんて、生理中の児童みたいな扱いは出来ないですよ」

「大臣は秋に月面に行かれる。その為にトレーニングを続けていると聞く。そりゃあ隊員には劣るだろうが、そこそこは対応出来るのかもしれない。まあ、防衛省のお偉いさん達も渋々認めたんだろうさ」信濃の艦長が山本の肩をポンと叩く。

確かに非公開なので、ヤラセの要素は無いだろうが・・それにしたって現職の大臣だ。前例にもない・・。山本先任伍長は愚痴をこぼすのを止めた。艦長に言ったところで中止にはならない。既に岩国基地あたりから、こちらに向かっているのだろうし・・。

「俺達にしたって、今回はお客さんだ。
信濃であれば決して無かった事例だ。この船が訓練艦の位置づけで、いろんな艦のスタッフが乗り込んでるからなんだろうし。多少は手加減しても構わんのではないか。政治家を突然押し付けられたんだから」艦長がまた肩を叩く。

武蔵が訓練艦の扱いとはいえ、呉で武装を施したので事実上の戦艦だ。外洋では武器の実射訓練を行うので、正規の自衛官が乗船している。何しろ、1世紀前の兵器を再現したのだ。各艦の練度の高いメンバーが選抜されて送り込まれている。防衛省のお偉いさんたちもそれを知っていながら、大臣の訓練参加を認めたのだろう。

「スミマセン、艦長。何かあってはイカンので自分は一切手を抜きません。いつもの様に対処しますので」山本は敬礼するとその場から去っていった。

その20分後、大型ヘリが武蔵の後部甲板に降り立ち、3人の男達が降りた。武蔵の艦長代理、副長が出迎え握手を交わす。大臣は180cmを超える身長で、鍛え上げているのが海自の伍長服からも分かった。大臣よりも驚いたのが、大臣のSPだろうか、2人共大臣を上回る身長で、丸刈りでサングラスを掛けていた。大臣の後で握手を交わした際に見た目以上に厚く固い皮に「プロだ」と察した。
その一人が某国の大統領であるのは、艦長たちにも伏せられていた。

ーーー

パメラ・ティフィンが台北の夜市で買い食いを楽しんで居ると、軍の女性SPが
「大使、緊急事態です。失礼します」と言いながら特殊樹脂を頭から被せた。樹脂がグレーなので銃弾防御シートだとパメラは悟った。食べていたイカ焼きを渋々足元に落として、両手を開放する。
「このまま、移動します!」とSPが言うので
「了解です!」と返す。
両腕を2人のSPに抱えられながら、訓練どおりに歩き出す。中南米軍とベネズエラ政府では、外出中はローファーか踵の低いパンプスが必須づけられている。足元だけの視界の中でSPに誘導されながら歩き出す。SPが何も言わないので状況が切迫しているのを察する。パメラにしても大臣になってから初めてのケースなので「何があったの?」とつい口にしてしまった。

「2ブロック先で銃撃事件が発生しました。現在退避中です、本部からの情報に集中させて下さい。すみません!」

SPのイヤホンには軍から退避ルートの指示が届いているのだろう。本部では3人の現在地がGPSで把握されている筈だ。

「マジ?ウソでしょう!」
SPのエミルが叫ぶのと同時に2人が覆いかぶさって来て、パメラは路上に押し倒された。轟音が聞こえて直ぐに破片がバチバチと当たるのを感じた。パメラはシートを被っているが足に強烈な痛みを感じる。何かが刺さったようだ。

「ジョアン!、エミル!大丈夫なのっ!」パメラが大声で尋ねると、右側を抱きしめている腕がギュッとパメラを締め付けてきた。
一方で、逆側の締め付けが無くなっているのを感じる。「エミル!エミル!」最悪の事態を察してパメラが名前を連呼する。

「・・パメラ、お願い、そのまま動かないで。辺り一面危ないから・・・」か細いジョアンの声と抱きしめられていた力が、次第に弱くなってゆく。
パメラはマニュアルを無視して起き上がると、保護シートを取り外した。様変わりした光景に絶句する。
3人の周囲にガラスやコンクリートの破片が散乱していたが、エミルは手足がおかしな方向を向いて倒れており、ジョアンはすぐ隣で倒れており、顔は血塗れでか細い呼吸を繰り返していた。

「しっかりして!ジョアン!」パメラが近寄ろうと顔に手を当てようとした時に、パシュッと背後から音がしたと思ったら、ジョアンの頭部に穴が開いて血しぶきが上がった。

両親が同じように殺されたパメラは、フラッシュバックと共に絶叫した。

(つづく)

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