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(9)嘗ての日々は暗雲と共に。 (2023.9改)

政府のGo to トラブ・・ベルが始まり、北海道と沖縄に観光客が戻った。北海道知事は与党故に自業自得なのだが、沖縄は野党出身の知事なのに受け入れてしまった。一貫性に欠け、意志の弱さを露呈する結果が後に現れる。北海道がコケるのが分かっているのに、勝者として株を上げるのではなく、観光産業の意向を尊重して共倒れの道を選択してしまう。
来月8月になると感染者が急増して政府の粗忽な施策は失敗に終わるのだが、強く進言できなかった野党にも否が生じて、日本の政治家はマヌケと称されてしまう。

子どもたちは夏休みのため、移動可能なうちに五箇山へ向かう。コロナの状況次第では2学期はオンライン授業として始まるかもしれないので、若干持ち物を考慮する必要がある。6人共同じ学校なので対応は全員纏めてで済むのだが、細かな備品、PCの電源ケーブルやマウスを持ったかどうかチェックしてゆく。 

「先生みたいだ」と次男坊につぶやかれて、落ち込んだ。そう、子供たちの前では「教師の父親」という立場で接して来たし、自分もそれに慣れてしまっている。しかし子どもたちは、父親が起業して飛び回っているのをそばで見て、どぶ板選挙を経て都議になったのを間近で見たので、教師の父親像のままでは駄目なのではないかと錯綜した。その一方で「政治家の父って、どんなんだ?」と悩んで、教師も政治家の職の違いは関係ない、馬鹿馬鹿しいと判断した。
次男に言われてショックを受けたのは自分が教師に未練があるからだろうと決着した。つまり、自分なりの理想の教師像を捨てて、理想とする政治家バージョンを自分なりに確立すればいいのだとマインドを切り替えた。

こういう時に鮎と蛍に意見を求めたりしたものだが、それが出来なくなった。別居生活を余儀なくされたので仕方がないのだが。

バギーのチャイムの音が来訪者の到来を告げる。待ち人達がやって来たと、玲子と杏が廊下を走って飛び出してゆく。
主目的は話し合いにやって来たのに、養女の2人は折角の機会だからと、楽器を並べて客人を待ち構えていた。仕方がないのでギターとベースの弦を張ってチューニングを始めていた。20年近く触ってないので錆びると思い、弦を外していた。真新しいが20年前に買った弦だ。

「久しぶり、だな。世話になるぞ」「やっほー!」「どうも・・」と3人が3様に昔と同じように入ってくる。

「ほんじゃ、​折角ご用意いただいたようだし、ご挨拶代わりに始めようか〜」
山岸紗佳がベースをモリから奪うとチューニングを始めたので、ムッとする。

コヤツ、人を信じてないのだ。「まぁ、怒らない怒らない。耳だけは君より鍛えてるつもりだから。しっかし懐かしいねぇ、このベースぅ」

笑いながら片目をつぶり右手で謝ってから、斎田由布子がギターを取る。やっぱり由布子もチューニングを始めるのでモリの落ち込みは積み重なってゆく。

モリも取り敢えず座って、ポジションの調整を始める。昔より手が伸びたかもしれない、いや、腕が細くなったのか、ならば、スナップを効かせないと音が出ないかもしれない?
弦なんて彼女たちに張らせて、少し叩いておくんだったと後悔する。
すると、特級のトラブルメーカーだったと最近発覚した神内夕夏は、いきなりピアノを弾き始める。膝にはミニキーボードを乗せている。

全員モリの記憶なので旧姓だが、神内夕夏は名字を旧姓に戻している可能性がある。

夕夏がピアノソロを始めると、ギャラリーの息子達、娘たち、翔子、里子、志乃が感嘆する声を上げる。
杏は既にムービーを廻している。子供たちの何人かもスマホで撮っている。

3人はプロみたいなものだし、物凄く上手くなっているんだろうなと、ドキドキしているとアンプの調整を済ませた斎田由布子が、夕夏のピアノに絡んでゆく。
この20年でバケモノになったと直ぐに分かった。自分のギターが「う2の、えつじサン」のような音を奏でた事はない。

山岸紗佳がこちらを見て、参入のタイミングを計ろうとしている。「OK?」と口だけ動かすので、右手を上げた。
相変わらずのお約束。「せーの」と口を動かしながら左腿をゆっくり上げて、足で床を踏みつける、紗佳の足の着地に合わせてドラミングを始める。高校時代は制服だったので毎回パンツが見えたのだが、色が毎回違うので、女物って何色あるの?紗佳は何種類持ってるの?といつか聞こうと思っていたら、進学するとズボンになった。

ドラムとベースが一斉に介入して、4人の音が絡みあう。帰って来たんだなぁと思った時には不思議と無心になっていた。さっきのテスト云々はどうでも良くて、ただ気持ち良いランニングハイのような状態になっていた。
ジャムセッション時の決まり事の一つが始まった。由布子が「終わりのフレーズ」を弾き始めると、紗佳のベースがフェードアウトして止んだ。物凄く珍しいのだが、紗佳が拍手をしてくれているのだが、こちとらまだ終わっていない。ピアノとギターのエンドに合わせて、ぴたっと、シンバルの共鳴を両手で止めた。

「やるじゃん、イッセイ!」紗佳が褒めた。
「全然練習してなかったってホントなの?」由布子も驚いている。

しかし、こっちはイッパイイッパイだ。息が上がって直ぐには喋れない。スティックでバツを作って杏に撮るなとポーズを取るが、杏はニヤニヤしてムービーを固定しているだけだった。

「練習してないのはホントみたいだね。でも凄くいい音だったよ。本当に良かった。アランボワイトみたい。お世辞じゃないからね」
由布子がペットボトルを持って来たので有り難くいただく。水、うまし。

「ラビンのいえすコンボ、覚えてる?あれ、やろうよ。今の音で、アランみたいに叩いてほしい」

「了解・・」やっと口に出来た。ハーフマラソン完走後に近い状態だ。7分ぐらいしか叩いてないのに(正味5分も無かったのが後で判明する)。

「武道館の客はこんなに待ってくれないぞ、やる気あんのか、イッセイ?」
ベースアンプの音量を紗佳が上げている。「いえすタイム」に照準を合わせて来た。大上段から絡んで来た紗佳に、
「ビデオ撮影だけじゃないの?」と返すと、長男の火垂が「ビデオ」と言って子供達が笑った。何がおかしいのか一瞬分からなかった。

「さぁ25年ぶりの大復活祭だぁ〜、いけぇ、夕夏!」紗佳が言うと夕夏が小さなキーボードでイントロを弾き始める。また紗佳が左足を上げる・・「ぜっていその内、ミニスカ履かせてやるからな」と思いながら、右手を振り下ろした。

ーーーー

英国で生まれ、70年代に全盛期を極めたものの、曲中では転調と変拍子の連続となり、長過ぎる前奏と間奏のお陰で6分以上の曲になるのは朝飯前のプログレッシブロックが、15秒CM、ドラマ主題歌・映画主題歌全盛の80年代にテレビやラジオで流れる筈もない。また、日本語が見事に似合わないので、モリ達は日本語でプログレをやろうとは全く考えもしなかった。元々、日本語ロックが苦手だったりするメンバーで構成されている。

プログレが90年代前半まで細々と生き延び続けた理由は、「日本がバンドブームだったから」としか考えられない。ハードロック、ヘビメタの労働者階級のノリに嫌気が指した者が、漂流の末に最後に流れ着いた先が、英国保守党支持者御用達のプログレだったような気がする。
(モチロン、私見に過ぎない)

プログレバンドの英国ミュージシャンは玄人の集まりとなり、バンドの掛け持ちが公然と行われ、猛者に至ってはプログレバンドを渡り歩く。2020年以降はご他界する方も少なくないだろう。既に一世を風靡したミュージシャンがかなりの数で天国へ召されてしまった。

カテゴリー的にはロックなのに、70年代当初からの少子化が業界で問題視され、プログレ界には高齢化社会が最も早く訪れ、レッドリスト入りしているミュージシャンしか見当たらない、最も危機的な状況下にある音楽ジャンルと言える。

アラフォーの母親2人は10代になった頃の曲なので知るはずもない。志乃さんに至っては3,4歳だ。演奏に唖然とするのも当然だろう。

玲子は、「歌ったことが無い」とモリが言った理由が良く分かった。このバンドには歌姫が3人も居るのだから、出番を必要としなかったのだと悟った。
80年代後半の第2次プログレ リバイバル期の曲が基本になっていたのも、3人がクラッシック音楽を嗜んでいるからだろうと、後でプログレを学習して理解したようだ。
モリがホーチミンのナイトクラブで演じたようなヒット曲とは、全く無縁なバンドだと理解した。でも、この4人は確実にバズるとも確信した。
練習ゼロでこの完成度、しかも息もピッタリだ。海外の登録者数が多いので、欧米の方が当たるだろうと推測した。

杏は3人が楽しんでいる顔を取り続けた。最初は驚いた顔をして3人でモリのドラミングを見ていたが、ジャズセッションからの2曲目は、驚異的なボーカルと見事なコーラスが加わって「組曲みたいなロック」に転じた。今度はモリをチラ見する程度になり、演奏を心から楽しんでいるように見えた。
杏にはよく分からないジャンルだが、4人のテクニックがもの凄いレベルにあるのは理解した。そう思った理由は、流行りの歌謡曲やヒット曲では「聞かない音」を4人が奏でていたからだ。

モリの子供達には「プログレッシブロックって言うんだ」と言ったところで、そんな末期を迎えてるロックを演っているバンドは今の日本やアメリカには無いので、逆に新鮮だったかもしれない。
メロディーライン自体はキャッチーな曲を選んだので受け入れやすかったのか、「良かった」「いい曲だ」と褒めたのだが、それも父親の血の影響かもしれないので、話半分で受け止めた方がいいかもしれない。
演者の立場からすれば、自分たちの学校の同級生のバンドとは「全く違う」と分かってくれれば、それで良かった。

杏はノーカット版と3曲に分けた編集版の4つの動画を、日曜の夜、欧米の日曜朝に投稿した。

ーーー

モリの自室に4人が集まって、夕夏の長男の話を協議する。

この長男は小学生以降は父親の家がある台北で育った。台湾政府は調べていたのだろう、モリ一行の訪台時に長男をモリに紹介して、一行一同が絶句した。モリは台湾女性との経験は無いと一行に強く説明したのだが、直に母親が誰かと知って愕然とする。彼の両親はよく知っていたし、バンドメンバーと出産祝いをした際に、生まれた赤ん坊である彼を抱っこもしているからだ。

夕夏の夫も含めてだがバンドメンバーも、長男がモリの実子であるのを今まで伏せていた。
自慢の息子なんだと良くメールを送って来たが、そう言えば写真は添付されていなかった。
「アイツは俺に似た子を見て、日々どう思っていたんだろう?」と、先日息子と対峙して、真っ先に悩んだ。

「母は離婚を望んでいます。父も半ば了承したようです。
父は私を実の子以上に可愛がり育ててくれました。私も今年まで、本当の父親だと思ってました。全く疑ってもいませんでした。

父が曽祖父から続く海運会社を大手に引き上げ、私を次の後継者としてシゴイてくれました。
先月になって会社をお前に任せると言って突然引退、地方へ越してしまいました。父が最後に取ってきた契約がプルシアンブルー社の物資運搬だったのです・・」

モリを前にして28歳の神内亮磨はそう言った。

「夕夏、あなた本当にそれでいいの?」
由布子が最終質問のような重みをに聞くと、夕夏が頷いた。

「イッセイはどう思う?」

「状況を知ってから、まだ1週間も経ってない。簡単には結論は出せない。で、まずは亮磨くんだ。台北では話も満足に出来てなかったから、3日ほどタイに来てもらう事にした。この先コロナでいつ会えるか分からないからね。で、その次はアイツに会いに行く。 そもそも、夕夏が混乱するような原因を作ったのはアイツなんだ。それは皆も分かってると思うけど」

「タイって飛行機、飛んでるの?」

「政府専用機、事務次官クラスが出張で使うビジネスジェットを、政府が提供してくれる。で、行きは台北に寄ってもらえるようにした。亮磨くんには仕事があるから、ハノイー台北の民間機で先に帰ってもらう」

「私も行く・・」夕夏が見据えながら言う。

「君が来て、場が混乱するなら認めないんだが・・」他の2人の顔を見比べる。母と息子の関係が分からないので。

「私も行くよ。母と息子の仲介役としてね」紗佳が「当然だろ?」みたいな顔で言う。

「あのね。バンコクはロックダウン中だから、アユタヤと隣の農村しかない県にしか行けないんだ。遊びは期待できない。アユタヤの世界遺産巡りくらいならできるだろうが」

「あの子と衝突なんてしないけど・・」

「夕夏、私は必要?​お願いだから正直に言って」 夕夏は紗佳の問いにゆっくりと頷く。

「夕方、仕事が終わってからの時間しか僕にはないからね。2県内限定だけど君たちは自由に行動していて欲しい。後で事前検査の場所とか、パスポートナンバーとか事前にやらなきゃ行けないこと等、欲しい情報の案内を送る。アユタヤのホテルは最高グレードらしいけど、部屋はスーペリアクラス程度だろうから期待しないでほしい。宿泊費もフライト費用も要らないから、持参するのは昼と夜の食費と、小遣い程度でいい」

「じゃあ、私も行く」由布子が手を上げる・・「じゃあ」ってなんだよ?

「病院は?」

「歯科なんて誰も来ないよ。休院にします、お休み」

「イッセイ達は何人になるの?」

「会社関連で10名、外務省2名、農水相2名くらいかな?」

「なんで都議なのに外務省が出てくるのよ?」紗佳が聞いてくる。

「そういうのは今はパスさせて。道中長いから、移動時でもいいだろう?」

「了解しました・・」

「あのさ・・君のお子さんたちは分かったんだけど、カメラを回してたお嬢さんやキレイな女性は、君の親戚なのかな?」由布子が聞いてくる。

「会社の社員でもあるんだが、若い子は養女で、年配の女性は養女の実の母にあたる」

「なぜ、養女?」今度は夕夏だ。

「それも移動中に話す。20歳になってからの養子縁組になるから、今はちょっとデリケートな時期なんだ。差し当たり、住み込みのアルバイトと社員だと思って欲しい、そこに君と僕の実の子が突然現れたんだ。パニクるのもご理解いただけるだろうか?」

「そりゃあ大変だ。子沢山だね・・」由布子が笑う。・・まだ2人も養女いるんだぜ・・

「もっと前に話しておけばよかったんだよ。イッセイがアメリカから帰ってきたあたりで」

「そこで言われても驚いただろうけどさ・・」・・そうなっていたら、今の家族が居ない可能性もある。もの凄く困るのだが・・

「イッセイにはずっと黙っておくつもりだった。でも、メディアであれだけ取り上げられたら、亮磨が日本国籍も持ってると知っている周囲は、イッセイとの関連性を疑う・・」

今更だが変装すべきは俺かもしれないとモリは思った。公共の場では伊達メガネ、髭は童顔には合わないし・・髪を白髪にするか。

それよりも、どう決着をつけるか、だ。


(つづく)


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