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(3)オプション・オペレーションをサクッと開始してみる。

閣僚会議が終わると、外相のタニヤと宇宙科学省の副大臣のパメラがヘリポートへ向かう。ホバークラフトの前には、人型ロボットのアンジェリーナとジュリアが2体づつ並び、2人の大臣を直立不動で出迎える。2人が挨拶すると、音声と瞳認証で該当の大臣として認識すると、ドアを開けて搭乗の案内を始める。移動行程中のパイロット兼 護衛として2人に追従する。操縦の出来るタニアが副操縦席に座る。順番が逆だが、ジュリアが自分が操縦するんだなと認識して、操縦席に座ると計器類のチェックに取り掛かった。     

「ゴメンね。私、垂直離陸の経験が無いの」

タニアがタブレットにマニュアルを表示させて見せたので、ジュリアがコクリと頷く。

「了解です。離陸時と着陸時は操作の度に、手順を発言するようにします」とAIが言う。ジュリアは気になり、イーグルワンとツーは、垂直離陸の経験があるのかどうか、過去データを参照する。モリは3度経験済だが、テスト無しにぶっつけ本番でやっている。タニアの夫のドラガン首相はホバー機の操縦席に座っていない。AIは「3人の性格がそれぞれ出ている」と分析していた。何でも試してみないと気がすまない大統領と、慎重なあまり、テストを繰り返す外相に、新しいものには決して手を出さない首相に分かれる。イーグル・スリーのタニアは国防大臣でもあるので「試してみよう。試さなくては」の部類、モリに近い部類として記録された。これで別のロボットが同席しても、対処できる。離陸を開始すると、タニアが操作の模様をタブレットで録画し始めたので、ジュリアはモリを「感覚実践派」、タニアを「極めて慎重派」にそれぞれ区分けした。       

機体はカラカス港からカリブ海へ出ると、機種を右に旋回させて、大陸沿いに大西洋を目指す。高度8000mで並行飛行となって、ホバー機初操縦のタニアに操縦桿を委ねる。大西洋に面するブラジルの上にある国、旧フランス領ギアナに向かっていた。カラカスからの移動距離が1000kmに及ぶが、マッハ2.3で巡航飛行して丁度1時間と設定されていた。

着陸先はシャトルなどの打ち上げ施設を建造中のギアナ宇宙センターとなる。嘗て、フランスやEUがアリランロケットを打ち上げていた発射台は、観光施設と化している。南米諸国連合はロケットの打上げをせず、シャトルやサンダーバード輸送機を打ち上げる場と位置付け、宇宙センターの再開発をしている。       

2034年の第二次ギアナ騒乱を経て、ハイチとベネズエラの支援を受けたギアナは、フランスからの独立を成し遂げ、ギアナ共和国となり、中南米諸国連合に最後に加わった国となった。    

元法相のサーシャ・スナイデルが,ギアナとハイチ担当のベネズエラ大使として、2月から両国に派遣され、2カ国間を行き来している。8年前パメラのモデル仲間だったサーシャは、モリの学費支援を受けてカラカスの法科大学院を出て弁護士となり、ベネズエラ企業の顧問弁護士を経て、越山政権時に法相に就任した中南米諸国連合の法相会議で、ギアナの法相だった夫と知り合った・・。 

パメラが紅茶好きのタニアに茶と菓子の差し入れを運んでくる。           

「あら、操縦中でした?後にしましょうか?」 

「大丈夫。今、オートパイロットに変えるから、そこに置いてくれる? ジュリア、お茶の間、フォローをお願いできるかしら?」

「了解しました」      

「タニアさん、なぜ今カナダなんでしょう? どうも、未だにしっくり来なくて」       パメラが聞くのも当然だった。外相の私だって、まだ十分に咀嚼できているとは言えない・・

「そうね、ケベック州が昔から独立の姿勢を見せているから、そちらに目が行きがちだけど、アルバータ州とサシュチュワカン州という2つの州があるの。実は私もあんまりよく知らなかったんだけど、アルバータ州が石油産出を担って、サシュチュワカン州が小麦メインの穀倉地帯になっている。カナダのエネルギー源と穀物が2つの州に委ねられている恰好なのよ。この「分散していない」って、言う所にボスが目を付けた・・」

「ええ。3つの州がそれぞれ異なる特徴があるから、同じ能力の有る国にそれぞれ対応して貰うっていうのは分かります。投資する側も、何と言っても支援しやすいですし、支えてもらう側だって農業国や産油国の最新技術が欲しいでしょうし・・」 

「そうよね、今まではアメリカ市場があったし、アメリカ企業の支援を仰げば、それで事足りた。カナダ政府に頼らなくてもアメリカに依存していたから、州政府の独自性、独立色が強くなった。ここの理解もいいよね?」パメラが頷く。   

「さて、ここで地球温暖化が作用してくる。CO2排出量自体は予定の基準値まで下がった。だけど、地球の気温や海水温はまだ下がっていない。温度の上昇こそ止まったけど、環境は修正の段階にまで至ってはいない。一度変化したものは、治るまで時間が掛かるって言う学者も少なくないわよね。さて、20年以上も続いている、この温度変化に、耐えられなくなった国や企業が出て来た。カナダ産の石油と小麦も残念ながら該当した。アメリカ企業がカナダの石油と小麦を満足にサポート出来なくなった。温度が高くても成長して、収穫量が見込まれる品種の開発、アルバータ州の石油は、ベネズエラの石油と同じでメチャクチャ不純物を含むの。つまり原油価格が安い今の時代には向かない石油・・。これで分かったよね?どこの国なら助けられるか」 

「参ったな、フラウちゃんの小麦と、オリノコタールの再現か・・」 そう言ってパメラが天を仰いだ。

パメラはモリの好みに合致していた。頭の回転が早く、勤勉な努力家で、分からない事は直ぐに調べて理解する。自身の形成方法が明確であることと、この可愛らしさを引き立てる天然の仕草、単身赴任でやってきたボスは直ぐに墜ちたんだろうな、とタニアは悟った。国連時代は「難攻不落の事務総長」と呼ばれて有名だったのだが、モリが国連退任後、関係を持っていた女性がアジアに追っかけてゆく事象が何件も発覚して、実はやる事はしっかりやっていたのが露呈する。     

そんな男が、美女率の高いベネズエラにやってきた。 こんな状態になっているのは嘗ての部下であれば、容易に想像できた。         

ーーー                     やがてギアナの経済水域に入り、右旋回して領内に機体を向けると、宇宙センターのロケット発射台とシャトルのロングレールが視界に入ってくる。使われなくなったロケット発射台の解体工事が始まっており、2基目のロングレールが半分の距離4km程度まで完成しているのが見える。全体像を見るのは、ある程度離れて見る必要がある。今回、建設風景を視察するのは、目眩ましでしかなかった。モリが発案して閣議決定された修正された路線に、ギアナ政府も、そしてハイチ政府も参加して貰わねばならない。サーシャ・スナイデル大使の口八丁手八丁にも大いに期待していた。

宇宙センターの管制から輸送機を打ち上げるので、着陸まで暫く待機願いますと連絡があり、シャトル発射台の東、離陸地点の邪魔にならぬように、電磁カタパルトに近い側に旋回してゆく。 

「パメラ、サンダーバードの打ち上げが見えるわよ、操縦席まで来て」タニアがヘッドマイクでキャビン内にアナウンスすると、パメラが目を輝かせて来る。映像では見た事があっても、肝心のベネズエラに発射施設が無いのだから仕方がない。

「ついてる〜ラッキー」と言って、十字を切っている。嘗てムスリムだったタニアには分からない習慣だ。管制官の音声をスピーカー再生できるように切り替えると、発車前のカウントダウン前の緊張感が、管制官の声から察する事ができた。宇宙センターから東の大西洋に向かって、やがて第一発射台と呼ばれる全長10kmのロングレールが敷設されている。建設中の第二発射台は、8kmと短縮される。1年だけで、エンジンの出力向上によりロングレールの距離の短縮が可能になった。第二発射台が完成すると、第一発射台も改修作業に入り、2km分切断される。この距離を、サンダーバードが数秒で駆け抜けてゆくというのだから、物凄い瞬発力を発生させる。        

ギアナの総人口は25万人程度しか居ない。労働人口が10万人で、約1万人が宇宙センターに勤務している。シャトルと輸送機打ち上げはギアナの主力産業でもある。

センター内には、GrayEquipment社の組立工場と修理工場がある。周辺に同社の部品工場が点在しており、サンダーバード輸送機とC4輸送機、両機のブースターユニット等を製造している。これで3万人の雇用を創出している。労働人口の4割が宇宙空間への打ち上げに関与しているのだから、南米諸国連合に加わる意味は大いにあった。フランス領時代は、未就業者が3割居たのだから。

「サーシャがこの国で持て囃されるのも当然だ・・」とパメラは思っていた。嘗ての孤児仲間が、こんな大仕事に携わっているのだから・・

「ん?どした?」 パメラが日本人から学んだのか、ハンカチを出して目頭を押さえるので、タニアがさり気なく聞く。

「すみません。ちょっと感極まってしまって」と女子力を発揮させながら言うので、サードシートのパメラの頭を引き寄せる。ボスが南米に来ていなかったら、ギアナの独立はもっと後になっていたかもしれないし、宇宙センターも、ここまで大掛かりな施設にはなっていなかっただろうしね・・と、タニアも納得する。

オペレーション担当のカウントダウンと同時に、ブースターユニットが出力を上げるのと同時に巨大な電磁カタパルトから白煙が上がると、全長50mのサンダーバードが弾かれたピーナッツのようにカタパルト上を滑走してゆく。あっと言う間に大西洋に飛び上がってゆくと、増設されたブースターユニットが最大出力に転じ、長い炎を纏いながら上昇してゆく。「水素燃焼って、本当はこんな色をしてるんだ・・」映像でしか見た事が無かったタニアも、暫く啞然としていた。「分かってましたけど、本当にあっけないものですね・・」パメラがポカン顔で言うので、タニアも「まぁそう、思うよね」と言って、笑った。 

ーーーー

先月、ドラガン・ボクシッチ首相が新たに集ったメンバーが、IMFや世界銀行からやってきた。世界各国や各地域の経済分析を行っていたスタッフ35名をベネズエラ総理府の職員として雇い入れた。彼らはベネズエラ大使として中南米諸国各国に赴任する。ベネズエラ政府の連絡員でもあり、各国の経済規模に応じた支援金を提供し、財政を支え、各政府の施策を支援してゆく。ベネズエラから提供されるのは、現金では無く、人工宝石や月面で採掘された金塊となる。貴金属を渡された各国は、宝石類や金を各国の市場で現金に換金して、国家予算に組み込んでゆく。各国が国債発行に頼らず、予算の収支が成り立つよう、財務アドバイザーとして各国の財務省、財務大臣に協力している。          

中南米のフランス語圏、ギアナには宇宙センター関連の収益があり、ハイチはモリが長年顧問を努めたので、財政は健全化し、ベネズエラ企業の工場が乱立し経済の柱になっているので、法律顧問としてサーシャがベネズエラ大使に任命された。

フランス語圏のハイチがこれまで果してきた役割は賞賛に値するものがある。同じフランス語圏のアフリカ諸国を支援し、南太平洋諸国のフランス領ニューカレドニアの独立を全面的にバックアップした。サーシャは、ベネズエラの法相、自治大臣としてハイチ政府の海外支援を支えてきた経緯がある。今は、同じ太平洋のタヒチ・ボラボラ島のあるフランス領ポリネシアの独立支援に継続して取り組んでいる。

因みに、中南米のスペイン語圏、英語圏同士で、アフリカ各国、南太平洋諸国への支援活動を行っている。必ずしもベネズエラがフロントに立たずに、それぞれの国が海外支援活動を実践し、外交、経済支援、法制度支援等のノウハウを身に着けてきた。ドラガン首相はこの流れをより効率なものとする為に、大使の各国への配置を行った。

諸事情の変更を受けて、モリが、ドラガンとタニア夫妻に新たに要請したのが、カナダのケベック州とのパイプ作りだった。タヒチ島で独立支援活動を続けているハイチ政府に、フランス文化圏でカナダからの独立論争を長年繰り広げているケベック州で密かに潜入し、独立に向けた動きの温度差を探らせていた。ケベック州の独立派にしても、中南米諸国からの支援が得られるとなれば、反応も変わってくる。駐留軍としてハイチの中南米軍が入り、アフリカ諸国、ニューカレドニアと同様の経済支援がされれば、話は大きく変わる。

フランス政府がポリネシア独立論争を回避しようと様々な画策を行い、アメリカ・CIAが組織の存続を賭けて、長大なメキシコ国境で活動している中で、アメリカ同様に経済が混迷しているカナダに揺さぶりを掛けて、アメリカとフランスの行動を矮小化させて、行動が形骸化するように仕向ける。米仏にとって関係の深いカナダを国際ニュースのトップに据える。G7の加盟国であるカナダが分裂する可能性が出てくると、合州国であるアメリカにも火の粉が及び、ケベック州での独立機運が高まると、フランスの干渉が疑われ兼ねない。仏領ポリネシアの独立や、クック諸島に誕生した火山新島の帰属 以上のインパクトが国際社会に齎される。ケベック州だけに話が留まらなければ、3州に一定の利益を齎す提案を加えて、カナダ政府の国内統治能力、政治力を丸裸にしてみせる。カナダの国内経済が燻りだしているのを機にしてみる。経済的に豊かなカナダ東部の3州は、ことあるごとにカナダ政府と対立してきた歴史がある。隣に巨大なアメリカ市場があるので、直接取引に転ずることで州政府が独立しても、自立できる「読み」が常に働いていた。広大な領土を持つカナダの為に3州の富がこれまで分配され、カナダとして存続してきた。しかし、肝心のアメリカが低迷し、カナダ経済もアメリカの余波を受けて、混迷の度合いを高めている。ケベック州に至っては、フランスも落ち込み、フランス国内の民間支援の内容も期待薄となっていた。そこへ、中南米諸国、アフリカ諸国という新経済圏と経済支援、軍事支援がセットになってやってくると聞けば、気力を失いつつあった独立派が、再び息を吹き返すかもしれない。       

カナダ政府もアメリカも、そしてフランスも、体外諜報能力の盲点を突かれていた。そもそも、周辺を俯瞰して分析している余裕など、混迷を深める今の彼らには無いのだ。  

ーーーー                      北朝鮮の国民投票まで1ヶ月を切った。「高麗国の再現」半島を征した嘗ての王国が、日本の支援を受けて、完全独立国として成立する、と半ば確定したような報道が既にされている。まだ正式な国家では無いので暫定順位だが、GDPとして既に世界5位であり、隣接する旧満州経済特区の急成長に引きずられるように成長カーブを上昇させている。旧満州の吉林省、黒竜江省には海が無い。その為の港に各国企業の支店が、新浦港、ロシアのウラジオストク港へセットで進出するようになっている。成長カーブが落ち着いてきたGDP4位のベネズエラは、抜かれる可能性が高いとまで目されている。 否が応でも朝鮮族の人々は盛り上がっていた。旧満州経済特区の吉林省内にある朝鮮族自治省からの、朝鮮族3世4世の流入も活発だ。2035年のピナツボ火山噴火後のフィリピン人難民の受け入れ以降、北朝鮮冬季期間の1次産業従事者のフィリピン就業プロジェクトが始まり、春になって北朝鮮の自身の農場や漁場に帰投し始め、就業している。朝鮮族とフィリピン人の夫婦も、今では珍しくなくなった。フィリピン人だけでなく、平壌の大学や研究所を卒業し、在籍中のインド人留学生、北朝鮮企業に就業するインド人も50万人を超え,増加傾向にある。フィリピン・ルソン島に宇宙センターが完成したので、フィリピンと北朝鮮の2箇所を拠点とするインド人研究者も増加傾向にある。お隣の旧満州経済特区は、北韓総督府が管轄している事もあって、朝鮮族だけでなく、モンゴル人、ウイグル人、チベット人、そしてロシア人、日本人の労働者達が、北朝鮮企業で就業している。更に、今年からは台湾資本が旧満州に投入されているので、今後は台湾人の流入も確実視されている。

北朝鮮籍の人種分布で見ると、7割は朝鮮族、3割は前出した多様な民族となる。北韓総督府は、2重国籍を認めているので北朝鮮籍の取得のハードルは低い。北朝鮮籍を持つ市民に遍く投票券があり、国民投票で独立が決し、秋の議員選出の選挙も確実視され、北朝鮮の国会議員や州や市の地方議員を目指そうと考える人々が、数多く居た。

北朝鮮内の農地が一斉に耕され、作付け作業や種蒔きが行われている。作業の盛り上がりが翌月の国民投票開催の宣伝と重なり、今年は例年以上に国家高揚的な盛り上がりを見せており、北朝鮮内のメディアはしゃいでるかのような報道を繰り広げていた。そのー方で、38度線の南に隣接する韓国のメディアは淡々と、低迷している経済状況を報じており、3月という季節でありながら、まだ冬季が続いてるかのような重苦しさが垣間見られる。この日のニュースは労働人口が更に減少を続け、流通業や鉄道バスの交通機関に従事する人材が不足し、シフトが組めないので、操業期間や運転本数や路線数を減らさざるを得ないと伝えていた。しかし、メディアは人材が不足している背景を伝えない。韓国の人々は理由を熟知していた。隣国へ向かう人々の流れが長年、続いているからだ。世界経済5位から、ベネズエラ、アメリカまで抜き去る勢いを見せる北朝鮮に活路を見出そうと、韓国から転出してゆく企業や人々も増え始めていた。2030年からの統計では計850万人以上の人々が北朝鮮に移動している。当初は危機感を抱いた韓国政府だったが、例年のように成長を続け、日本、中国に続く経済圏に成長した隣国に抗うのを諦めて、傍観しているような状況だ。米軍がアジアから撤退してゆくのに合わせて、韓国からも引き上げていった。 米軍不在のとなる軍事力を補う余力は韓国政府には無く、アメリカに勧められるように、北朝鮮との軍事協定を結んで安全保障体制を穴埋めした。中南米軍の防衛網に加わる段階で、若年層の人口流出の原因ともなっていた徴兵制は撤廃したものの、人口流出の波は止まらなかった。  

「高麗」というネーミング自体が、朝鮮族の血を刺激する。総督府が朝鮮半島を統一した際の王朝名を持ち出して来たので、民族としての尊厳や誇りと言ったものが、自然と掻き立てられた。  

ー          
 週末、五箇山の生家に滞在していたモリ・ホタル官房長官は、一緒に週末を富山で過ごした北前社会党の柳井幹事長を頭にして、福井の敦賀原発跡地に建設された、アンモニア火力発電所の完成式典に臨んでいた。官房長官の母親で、行方不明となった金森元首相がライフプランとして提唱していた、CO2削減と海水温上昇を止めて、海の生態系を維持しようという取り組みについて、前首相の柳井幹事長がマイクを握ってスピーチ中だった。「・・金森元首相の故郷に近い、この敦賀の地。そして党の名前の由来でもある、日本海側からプロジェクトが始まったのも偶然とは言え、個人的には感慨深いものを感じています。さぁ、日本のエネルギー政策の第二章が本日より始まります。太陽光発電、水素発電所に続く、アンモニア火力発電所、いよいよ稼働します! では、僭越ながら・・ 」             

カメラが、柳井純子に近づき、別に本体に繋がっているわけでもない大きな赤いスイッチをポチッと押した。 発電所内に居るカメラに映像が切り替わり、巨大なタービンがゆっくりと回転を始めると発電が始まった。  

カメラが式典会場に変わると、柳井と泣いているモリ・ホタル官房長官が抱擁しあっている。 映像から、行方不明の母親の元首相の悲願だったと察する場面なのだが、モリ・ホタルが実は金森鮎本人なのだと、見破る人は皆無だった。    

敦賀原発自体が、日本でここだけ沸騰水型軽水炉と加圧水型軽水炉の2つの異なる原子炉を運用していた発電所だったので、2箇所が隣接せずに少し離れている。  その2箇所の土地に、アンモニア火力発電所を4基ずつ建設、計8基で発電し、関西・中部・北陸の3地域のPB Enagy社の管轄区にそれぞれ送電される。早々に大失敗して稼働する事の無いまま終わった高速増殖炉もんじゅを抱える敦賀と、原発事故を起こした福島が撤去されたという話題性を政府が狙ったというのもある。マスコミは過去の負の歴史も踏まえて、新しくなった「敦賀火力発電所」をPRしてゆく。

原発は発電の際に海水を取り込んで冷却する為に、特に夏場は敦賀の海水温が上昇し、周囲の生態系が変わった。漁師も原発の排水が出る海で漁などしなかったが、原発停止してからは、水温も低下し、好漁場に戻った。火力発電所は温水を放出しないので、漁場が維持される。地元の漁師たちも船に大漁旗を掲げて、式典に彩りを加えていた。
ーーー                      EUの外相会議、NATOの会議にオブザーバー参加を求められた日本政府は、杜 里子外相と首相特使として前首相の柳井幹事長を派遣する。福井・敦賀から東京へ戻った柳井純子は、政府専用機に乗り換えて、会議の開催地、イタリア・ナポリに向かった。   

EU,NATOの参加要請に答えながらも、首相自らが向かわずに特使として前首相を送り込むのも、会議自体に日本が前向きでは無いと1クッション置いているスタンスを示すものだった。もう一人派遣して、3人体制で臨む。昨年までEU大使を努めていた、前首相の長男の柳井太朗副官房長官が2人を補佐する。父親のモリに似ている太朗が居るだけで、相手にプレッシャーを与える。現に,EU大使として日本に利する成果を収め続けて来たのも、EU各国が太朗の父の影に怯えた影響も多分にあった。                

一行が会場となるイタリアのナポリのホテルに入ると、視線は190cm近い身長の太朗と護衛であり、秘書となるロボットに集中する。父親に似通った外観の男は、宇宙空間の訓練を積んでおり、秋には月面基地に司令の一人として向かうと誰もが知っている。それについてアレコレ聞きたい記者も居るのだが、会議の出席者として届けられていなかったので、母親と外相の補佐役なのだろうと推定していると、ロボット2体と共に後席に陣取ったので、やはり簡単に接触出来ないと悟る。ロボットのサクラが会議の映像と音声を日本に送り、外務省に居るEU担当チームが分析した情報をサクラに提供する。 太朗とサクラのAIが現地で協議している内容を外務省でも把握、参照しながら、必要なアドバイスを加える。 纏まった内容を、前席の首相代理と外相に渡して、外相が発言する・・そんな対応をしていた。

必然的に日本の外交団が注目される。大勢の官僚を引き連れて会議に臨んでいるEU各国の方が明らかに「旧式」に見える。 日本はオブザーバーの位置づけなので、場をコントロールこそしないものの、意見を求められれば、遠慮なく里子外相が「イタリア語で」まくし立ててゆく。英語で質問されれば、英語で返す。スペイン語の質問も同様だ。一切、日本語など使わないので、EU側で用意した日本語通訳は無駄になってしまった。柳井純子が何度も後席の息子に振り返り、母子でやり取りしている映像も度々放映される。とにかく今回最も洗練された外交団で、オブザーバー参加ながらも まるで主役だった。           

ーーー                     柳井前首相がEU入りする前に、新火力発電所の完成式典に臨んだのは、EU各国も認識しており、EUの原発保有国も関心を持って、空き有れば接触しようと機会を伺っていた。そのEUの会議に合わせるかの様に、ベネズエラのドラガン首相が大統領特使としてインド・パキスタン両国を訪問していた。 核弾頭兵器の撤去に引続き、ベネズエラが用意した原発解体チーム2つを両国に送る決定を下した。解体費用はベネズエラが地球に持ち込んだ資源の世界銀行の積立金から融資するという内容だった。核弾頭を月面基地の格納庫に運んで直ぐの対応に、世界中の話題となる。原発の解体と撤去だけでなく、日本と同じように跡地にアンモニア火力発電所を建設し、エコ・アンモニアを燃焼させてCO2ゼロの発電所が建設される、その費用まで融資される。インド、パキスタン両国にしてみれば、建設費の出費がゼロで良いとされたので、月面基地への出資比率を上げて、隊員達の食料品等の滞在費用を肩代わりしたいと申し出た。この会談が、EU会議に合わせたかのように行われたので、ナポリの会議場は気が気でなくなる。インド・パキスタンの核弾頭の撤去作業は日本が主導したが、原発解体はベネズエラの資金と作業なので、日本に聞くわけにもいかない。月面基地次期司令の柳井太朗が目の前に居るのに、聞けないもどかしい状態に置かれる。

翌日になると、ドラガン首相の妻のタニア外相が、火山噴火で直接被害こそなかったものの、噴火で飛行機が飛べずに食料品が滞っている、南太平洋のクック諸島と隣国の仏領ポリネシアに潜水輸送船に乗ってやって来たと話題になる。新鮮な食料品を両国に届けて、感謝されながら両国政府と会談していた。潜水艦の2倍の容量を持つ、双胴型の潜水艇で、今回の噴火による空中輸送不可と、高波等で輸送できない緊急時に備えて、製造した潜水艇だと中南米軍の艦長が取材に応じ、記者たちに船内が公開された。基本的に少人数+ロボットで稼働するので、船室は限られており、大半が荷室となる、そんな内部構造が紹介された。

「隠密理に、物資を輸送する事が出来ますよね?」記者が質問すると「ノーコメント」と艦長が笑いながら答えた。実際、同艦が10隻製造され、金塊や人工ダイヤ、巡航ミサイル等の兵器の輸送も秘密裏に行われているのだが、軍事機密として、バカ正直に答える必要は無い。

ーーー                     日本とベネズエラがEU会議に当て擦りするかのように動き、具体的な成果を上げ続ける様に、EU各国は震撼する。EU加盟国が一同に介した所で会議自体の成果は無く、「ただ単に、各国が守りもしない目標を定めるだけ」になると事前に言われており、内容も結果も極端なまでに異なる事が想定された。「とにかく集って、協議する」欧米の政治スタイルを間接的に非難しているかのようでもある。

EU会議に参加しているフランスは、とにかく日本の外交団に近づきたくて仕方がないのか、休会中にラブコールを送り続ける。タヒチ島やボラボラ島のある仏領ポリネシアに援助物資を届けてくれた御礼を伝えに行っても、「ベネズエラに伝えておきます」とニコっと笑われて終わりとなる。「敦賀に続いてのインド・パキスタンの原発解体作業について伺いたいのですが」と近寄っても、オタクの国には60基以上もあるんでしょ?と言うような顔をヤナイがして見せながら、「ベネズエラがやってる事業ですから、細かいことは分からないんです」と言って、突っぱねられてしまう。フランスの大統領が両国間の会談を「日本と何としても話す機会を設けたい」とマスコミの前で晒しながらもコンタクトを求めるのだが、イタリア、スペイン、北欧などの友好国との2国間会談が埋まっており、時間が取れないと返答が来るだけだった。フランスのメディアは、右往左往するだけの政府を、見下すような記事を書いた。  

仏領ポリネシアへは中米ハイチの外相も同行しており、ハイチがポリネシアの独立を支援すると、公の場で発言したと漏れ聞こえて来ると、フランスは最終局面となったと理解する。中南米諸国は噴火だろうが、悪天候だろうが、物資を届ける能力を示した。フランスよりも圧倒的に近い中南米諸国、を推す声が次第に大きくなっている。今回の国民投票の結果がどうなるか、既に決したと言わんばかりの論調が数多く見られた。    

ハイチの産業大臣と国防大臣が、カナダのケベック州を訪問して、州知事や議員達と会談しているらしいと聞こえて来ると、今度はカナダ政府も穏やかではなくなる。 明らかに故意としか思えない、日本とベネズエラの連携に、国際社会は警戒する。2040年になって、一層動きが活発になったように思えるほどの多方面へ渡る、攻勢が続いていた。中国には台湾をカウンター材料のように使い、カナダと南太平洋の諸島国家には、ハイチを手駒の様にぶつけて来る。どちらも「誰が」後ろで糸を引いているのか容易に想像できるのだが、本人が一向に姿を現さずとも、淡々と事が進んでゆく様に歯痒さと屈辱だけが増幅する一方だった。

(つづく)

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共に偽造画像だが、時節がら相応しいと判断してみた。

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