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元文科省のキャリア官僚と考える、小難しくない教育改革のお話⑲

【エピローグ】

 僕の父親は公立小学校の教師でした。
 「でした」と書いたのは、昨年(2021年)6月2日に、66歳で亡くなったからです。

 最後に会ったのは2019年の年末、子どもたちも一緒に、みんなでディズニーシーに行った時でした。その後、肺がんという病気が発覚。しかし、コロナが流行し、僕は闘病生活中、一度も見舞いに行くことも、話をすることもできませんでした。葬儀の時、1年半ぶりに会った、もう喋ることのない彼は、信じられないほど痩せていました。

 ディズニーシー近くのホテルで、結果的に最後となる夕食をともにした時、僕は彼に、アメリカに留学したいことを伝えました。彼は珍しく、僕の判断に反対し、次のように言いました。「日本の教育行政が心配だ。教師のことを大切にしない教育行政のもとで、子どもたちを大切にする教育なんてできるんだろうか。お前には、アメリカなんか行かずに、教育行政を立て直す仕事をしてほしい」。

 僕はその言葉を無視して、アメリカに行くための勉強を続け、教育大学院に合格しました。そして、日本を出発する2か月前、渡米前に家族で久しぶりに会いに行こうと考えていた矢先に、彼は亡くなりました。

 彼は教師として、いつも戦っていました。子どもたちとではなく、他の教師たちと。「何で教師ってのは、子どもたちのことを第一に考えずに、自分たちのことを第一に考えるんだ」。家ではいつも愚痴を言っていました。そんな彼が僕に与えた就職のアドバイスはひとつだけ。「教師にだけはなるな」。

 結果、僕は教育をシステムから変えるため、文部科学省に入りました。文部科学省への入省が決まった時、誰よりも喜んでいたのは彼でした。そんな彼なので、文部科学省を辞めて、広島県に転職する際、僕は反対されるだろうと思っていました。しかし彼の反応は一言、「そうか」。その後彼は、神奈川での定年退職後に、単身広島に居を移し、数年間、広島の教員として働きました。それは僕がいるからではなく、広島の教育に可能性を感じたから。ですが、広島で一緒に飲んだ時、彼は呟きました。「みんなもっと自由にやればいいのになぁ。宿題を1日でも出さないだけで、校長から文句を言われるんだよ。『教育委員会からの指示に違反している』って」。

 実はその数か月後、僕は、父が働いていた自治体の教育長と飲む機会がありました。何も知らない教育長は僕に、こう言いました。「定年後にわざわざ神奈川から来た教員がいるんですよ。でもこの教員が使えないらしくてねぇ。『何で毎日宿題を出さなければいけないんだ。子どもたちにはそれぞれ、やりたいことと、やるべきことがあるんだ』って、いちいち管理職に反発してくるらしいんですよ。まったく、子どもたちの学力のことを、どう考えてるんですかね。子どもたちの学力向上に責任を持つのが、教員の仕事なのに」。県教育委員会における教育改革の担当課長として、僕はただ「そうなんですね」と答えました。

 その数か月後、彼は広島の学校を辞め、神奈川に戻り、そして、「教育行政を立て直す仕事をしてほしい」と僕に託して、この世を去りました。

 教師を憎み、「教師にだけはなるな」と言い続けた父が、最後に残した言葉が「教師のことを大切にしない教育行政のもとで、子どもたちを大切にする教育なんてできるんだろうか」でした。

 ディズニーシー近くのホテルで、最後の夕食をとった時、僕は彼に、なぜアメリカに行きたいのか、アメリカで何を学びたいのか、詳しくは説明しませんでした。だからこのnoteは、天国にいる彼へのメッセージのつもりで書きました。
 アメリカに来てから書いた、約20本の記事を読んだら、果たして彼は何と言うでしょうか。いつも片意地張って、弱いところを見せずに、闘病生活の様子だって僕に一切見せることなく旅立って行ってしまった彼のことですから、きっと笑いながらこう言うでしょう。「まだまだだな」と。

 僕は、教育とは、「出藍の誉れ」、すなわち「青は藍より出でて藍より青し」だと信じています。「藍」、つまり師は、「青」である弟子に、自分のことを超えていってほしいと願っている。しかし一方で、「青」から見ると、「藍」は、自分たちよりももっともっと青く見えるのです。「自分にはまだまだ届かない」と感じながら、それに近付けるように、そしてそれを追い越せるように努力を続ける。いつか、師匠である「藍」のようになれることを夢見ながら。

 だからこの記事は、僕にはまだまだ届かない、人生の師であり、教育者としての師である、父に捧げます。

*来年(春~夏頃)、僕の初の単著が出版される予定です!
 詳細が決まり次第、note及びFacebookでお知らせします!

*また、このnoteは、帰国後も時折更新していく予定です。
 よろしければ、時々覗いてみてください。

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