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マハの誘惑

女がひとり、長椅子に豊満な体を投げだしている
しかも一糸もまとわずに

プラドの一室には、彼女と僕の2人だけだ
頬を紅潮させ、彼女のまなざしは
こちらを誘っている
200年もの間、放ちつづけてきた強烈なエロティシズム
その虜になってしまった

これだけは必ず見ようと思いスペインに旅した
プラド美術館の秘蔵
ゴヤの「着衣のマハ」と「裸のマハ」

神話のヴィーナスに託して裸体を描くしかなかった
キリスト教世界で、ゴヤは初めて生身の女のヌードを
大胆不敵に画材にした

マハをしのぐ裸体画は、今もってないだろう
それだけに話題豊富なのだ

着衣のマハは、性を欲し愛のことの直前
裸体のマハは、その直後で満足しきっている……

マハのお相手は、じつはゴヤ自身で
愛のすぐあと筆を取ったとか

学者でも画家でもないので事の次第は
残念ながら分からない
真相はゴヤに迫るしかあるまい

ゴヤ 胸像 マドリード                                                                           1993

モデルについても諸説いろいろ
首席宮廷画家ゴヤと親密な間柄にあった
十三代アルバ公爵夫人説が昔からある

夫人は、カルロス四世王妃マリア・ルイーサと
社交界を二分するほどの
権勢と美貌の持主であった

今もつづくアルバ公爵家は
夫人モデル説にたまりかね
近年思いきって夫人の墓を掘りおこし
白黒つけようとしたが、
確証は、得られなかった

いちばん有力なのが
この絵の注文主で
時の宰相ゴノイの若い愛人
ペピータ説といわれている

が、誰がモデルなのかも
ゴヤだけが語れることだろう

ところで、2枚のマハのうち
裸より着衣に
濃厚なエロティシズムを覚える
露わではないだけに
想像力を強く刺激されるのだ

が、この2枚を交互に見ていると
エロスを超え
名画に接する
素直な心の昂ぶりを感じる

夜更け 二人はどこへ マドリード                                                                      1993


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