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縁だったと思う話

まだまだ寒い日が続く中ではあるが、春を感じる風が吹いた。同じ気温11度でも、冬のそれと春のそれは全く違う空気感を放つ。春が近付くと、雨が降ることも多くなる。

春と雨で思い出すのは、様々な入学式の日は全て雨だったということだ。南国で生まれ育った私にとって、大学入学のために上京した春は、とても寒いものだった。更にこの雨だ。また雨か、とどんよりした曇り空を見上げている。ホームページで見ていた大学越しに見える青空は何だったのだろう。

初めての一人暮らしが始まることに心細さを覚えながら、母親とがらんとした狭い部屋で家具を組み立てる。この人がもうすぐ帰ってしまったら寂しいだろうけど、甘えられない。今までの生活でも湿っぽい会話は避けてきたし、照れ臭いから平気な振りをしてきた。気が緩まないよう、目の前の家具の組み立てに集中した。家具を組み立て終えると、近くの100円均一に買い物に行く。そこには同じ大学に通うのであろう、学生と思われる若者達が多くいた。

そんな中、背の高い女の子が目に止まる。一生懸命工具コーナーを覗いていて、何かを探しているようだ。人や動物、森など、妙な柄が描かれただぼっとしたパーカーに、色落ちのこれまただぼっとしたジーンズという姿だ。単純に背が低い私は、背の高い人に見とれてしまう傾向がある。しかしこの日、たくさんの人がひしめき合う中で、なんとなくそのコは印象に残った。その後も何度か出くわしたが、もちろん話すことなどなく、母親と思われる人と2人で帰って行ったようだった。

次の日。
入学式だというのに、ザーザーの雨だ。それはもう土砂降りと言ってもいい。慣れないスーツにストッキング、パンプスを履いたが、バス停まで歩いただけでびしょ濡れになってしまった。
あれ。
バス停に着くと、間違いない。昨日見かけたあのコとその母親もバスを待っている。アパートが近いのかもしれない。母親同士が何やら短い会話をしている中、私もそのコも緊張のためか人見知りなのか、目も合わせられなかった。

入学式が終わり、数週間経つと周囲はグループを作り、友達ができ始めているようだった。私はなんとなく馴染めず、所在なかった。同じように所在なげに図書館の共有スペースで、本を読んでいる彼女を見つけた。思い切って話しかける。
「〇〇学科だよね?」
「うん、そうだよー。あ、同じだよね?」
「そうそう、宜しくね。」
「こちらこそ宜しく。」
「あ、新歓とか行く?」
「一応ね。なんか、、、行かなきゃな感じだよね。」
"あ、合うな。"
そう思った瞬間だった。

そこから話すことが増えて、あっという間に仲良くなった。彼女は多くを語らない人で、私の話をよく聞いてくれた。それでもたまに言い放つ一言が簡潔に的を得ていて、そんな鋭さも持ち合わせていた。しかし本質的に絶妙なゆるさのある私達は、気が合った。お洒落に疎く、旅好きなところも共通していた。2人で色んな場所に行った。交代で寝ながら、片方が運転して高速をぶっ飛ばし、半日かけて青森まで行ってしまったこともある。草津には全く動かない関越自動車道渋滞の中、強行日帰りで行ったりもした。フェリーとバスを乗り継ぎ北海道へも。楽しかったのは後になって振り返るからで、結構過酷な旅も多かった。でも旅先でまだ飲み慣れない酒を飲んでみたり、観光に徹し過ぎてただただ疲れたり。そんな感じで、大学4年間は本当によく彼女と遊んで旅をした。そしてありがたいことに、十数年経った今でも、定期的に会って遊ぶ大切な友達だ。
彼女はよく自分のことを、「ネジが1本とんでるのは知ってるんだよね。」と話した。確かに、結構抜けていた。ある日100円均一と入学式の話をしたが、案の定彼女は全く覚えていなかった。それでもあの時の私のインスピレーションは、かなり冴えていたと思う。

コロナ渦で会えない日々が続いているが、きっと次会った時も、いつも会っているような感覚なんだろうな。大学のあの頃みたいに。春を感じる度に思い出している。

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