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先生と生徒で出会ったとはいえそれは永遠だとは限らない

ちょっと次の予定に間に合わなそうなので、超速で執筆中です。

▼講座のことを思い出す

こういう時に、もっとタイピングをまじめに頑張っておけば良かったなと思いますよね。

パソコンを利用するようになって20年ぐらい経ちますが、最初から基本に忠実に叩いてたら、今頃2倍ぐらいの速度にはなっていたのではなかろうかと。

まあそんなことを考えても意味はないので、これからのことを考えて生きていきます。

そういえば、基礎や型を教える講座ってけっこうありますよね。

▼先生と生徒として始まったら

ぼくもこの仕事に就くまで、様々な講座、セミナーに通ったものです。

そして、多種多様な教えを吸収していく中で、その教え以外にも気付くことってけっこうありました。

その中でも、これは自分ごととして考えなきゃならんことだなと思ったのが、「生徒を囲うデメリット」です。

お金を払ってくれた相手であろうと、講座においてその人は生徒であり、自分は先生です。

その関係値でスタートすると、何年たってもその上下が変わらない……と思っているのは先生だけ、という状況がけっこうあります。

▼生徒は卒業する

営業だろうと、マーケティングだろうと、財務だろうと、学びの場はいつか卒業します。

というか、卒業できないならそこに行く意味無いですよね。

そこで吸収できることは全てクリアし、応用して報酬を得ていく、そんな流れが理想だと思うんです。

先生だって、分野集中しなきゃ質の高い学びは提供できないですよね。

なので、生徒(お客さん)は、一定期間で循環していくものと考えるのが自然だと考えられます。

そして、大部分の生徒さんはそういう感覚で受講しているのですが、先生側の人はそこに気付かず、その関係値が永遠と思ってしまうケースが多いように思えます。

ゆえに、ある程度拡大した後、卒業が始まり、囲い込みを察知した生徒からは紹介が発生せず、縮小へ向かうのかなと。

▼謙虚に

これ、先生や師に対する尊敬や感謝の念をないがしろにしろって話しではないですからね。

先生側のスタンスの話しです。

似たようなケースだと、先輩・後輩とかもこれにあたるんじゃないかなと考えています。

学生時代の先輩に対しては永遠に頭が上がらない、なんて話しよく聞きますよね。

また、ビジネスの場でも、出会った時にまだ独立したてだった人を、何年経っても独立したての若者という見方で先輩スタンスを出してしまうとか、本当によく見ます。

多くの場合、その若者がとっくに高付加価値のサービス提供者になってたります。

せっかく良いビジネスパートナーになれたはずなのに、自分の成長を理解してくれない人とは組みたくないですよね。

まとめると、謙虚に謙虚に、ということになるんですかね。

かく言うぼくも、きっとやっちゃってるんで、気をつけて意識していかねばと。

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