ユネスコ「世界の記憶」「日本軍『慰安婦』の声」に対する意見書④(2017,7,4)

Mr. Boyan Radoykov
Chief of Section
Universal Access and Preservation

 まず,ユネスコ「世界の記憶」事業の実施における貴方の卓越したリーダーシップに対して敬意を申し上げる。

今般,貴方より藤岡信勝・日本・通州アーカイブス設立基金代表に対し,昨年同基金が「世界の記憶」に登録申請を行った「20世紀中国大陸における政治暴力の記録」に係る登録小委員会(RSC)からの勧告内容を記した書簡(4月10日付)が送付された。これを受け,申請団体関係者の一人として,以下の意見を申し述べる。

「20世紀中国大陸における政治暴力の記録」に関する勧告において登録小委員会は,「当該申請案件はユネスコ『世界の記憶』事業が求める基準に一致しない旨を決定した」として,その理由の一つとして次を指摘している。
「当該申請は東アジアにおける現代史に新たな概念を提案することを意図しているものと考えるが,『世界の記憶』事業の目的は,記録遺産の保存とそれへのアクセスを提供することである。ユネスコが平和の構築,対話や理解の促進によって立っている以上,『世界の記憶』事業は歴史の審判や解釈を行うものではない。この点に関して,もし申請案件の目的が特定の歴史観を提示することにあるとすれば,『世界の記憶』への登録は適切な手段とはいえない。さらに,内容は主観的で,特定のユネスコ加盟国に関する特定の主張が含まれている。」
また,6月24日付け朝日新聞報道によれば,9条ユネスコ世界記憶遺産登録ネットワークが申請した「幣原首相の日本新憲法における軍備及び戦争放棄条項提案関連資料」に対しては,「『世界の記憶』は政治的党派性を有するとの非難を受けてはならない」,「現在の日本政府の決定に影響を与えかねない」との理由で,「審査対象から外す」と通告されたと報じられている他,なでしこアクション他が申請した「慰安婦と日本軍規律に関する記録」については,その申請文書の所有者である日本国立公文書館他に対して同意の取り付けが要請されたという。

このように,ユネスコ側から一部申請団体に対しては,申請内容に対する様々な問題点の指摘がなされているが,これら指摘は,まさに私が「日本軍『慰安婦』の声」に対して繰り返し行ってきた指摘(詳細末尾)と問題意識を一にするものであり,当然「日本軍『慰安婦』の声」に対しても同様に適用されるべき基準であると私は信じている。RSCからの上記指摘に照らし,「日本軍『慰安婦』の声」においても考慮されるべきポイントをまとめると以下のとおりである。

-ユネスコの指摘①
 「ユネスコ世界の記憶事業は歴史の審判や解釈を行うものではない。仮に案件目的が特定の歴史観を示すことであれば,世界の記憶への登録は適切な手段とはいえない」
→「日本軍『慰安婦』の声」の申請文書としては,吉田清治証言やクマラスワミ証言などの誤った事実認識や私的な政治活動の記録が恣意的に選択されており,同案件は「特定の歴史観」や「解釈」を提示している。
-ユネスコの指摘②
「申請書の文言が主観的である」
→米国立公文書館所蔵文書に「性奴隷」を立証するものはないにもかかわらず,「性奴隷」の証拠資料として申請していること,「ホロコーストやカンボジアのジェノサイドに匹敵する戦争悲劇」などの表現を行っていることは,特定の価値判断に基づくものであり,同案件の文言は「主観的」である。
-ユネスコの指摘③
「特定のユネスコ加盟国に対する特定の主張が含まれる」
→同案件は特定の時代の特定の国に対する批判である。
-ユネスコの指摘④
「現在の日本政府の決定に影響を与えかねない」
→同案件は,日韓両政府・国民が両国の「最終的かつ不可逆的な合意」に基づいて進める真摯な取組に対して重大な影響を与える。
-ユネスコの指摘⑤
 「所有者の同意取り付けが必要」
→同案件にも,「慰安婦と日本軍規律に関する記録」と同様に米国立公文書館が保有する文書が含まれる。同じ組織が保有する資料である以上,同案件においても同様に所有者の同意取り付けが要請されている必要があると考えるが,要請は行っているのか。

 また,ここで特に指摘したいのが,上述のとおり「慰安婦と日本軍規律に関する記録」の申請書類には,「日本軍『慰安婦』の声」と同じ米国立公文書館保有の文書が含まれているが,同じ文書から導き出される両者の解釈は完全に異なっているということである。「世界の記憶」事業は歴史の審判や解釈を行うものではないとの基準に照らせば,ユネスコとしてこの事態に十分留意すべきであるし,関係者間で対話する等の何らかの措置が講じられるべきである。

 終わりに,貴方に対し改めて敬意を表すると共に,今後の関連の審議において本意見書を踏まえた適切な判断がなされることを要請したい。本意見書をユネスコ事務局長,国際諮問委員会及び登録小委員会の関係者に共有いただけると幸いである。

※既に発出済みの意見書
-2016年6月6日付け島谷弘幸・日本ユネスコ「世界の記憶」選考委員会委員長発レイエス・ユネスコ「世界の記憶」国際諮問委員会議長宛書簡に添付の意見書
-2016年12月22日付け島谷弘幸・日本ユネスコ「世界の記憶」選考委員会委員長発レイエス・ユネスコ「世界の記憶」国際諮問委員会議長宛書簡に添付の意見書

                  2017年7月4日
                     明星大学特別教授 髙橋史朗

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