WGIPの源流を探る

 キューバやウクライナなどの特命全権大使であった馬渕睦夫氏からイギリスのタヴィストック研究所と同研究所関連施設のあるサッセクス大学について調査研究するようアドバイスを受け、イギリスで研究調査を行い、根本的な疑問が解けた。それは占領軍によって戦後の日本人に植えつけられた「義眼」の原点は何か、という疑問である。
 具体的には、対日占領政策の起点となった米政府の情報調整局が立案した『日本計画』という「日本の信頼を貶め、打倒する」ことを目指した対日心理・文化戦略に決定的な影響を与えたのが、何故イギリスの社会人類学者のゴーラーなのか。ゴーラー文書がなぜサセックス大学に所蔵されているのか。ゴーラー論文の重要な情報源となったアメリカの政治学者ラスウェル、ゴーラーと戦前から450通を超える文通をしている文化人類学者のミードとベネディクト(ミードの仲介でベネディクトとゴーラーが会い1938年からベネディクトとゴーラーとの文通が始まっている)とゴーラーとの接点は一体何か。
 ウォーギルト・インフォメーション・プログラムの源流となったGHQの「精神的武装解構想としての「再教育、再方向づけ」という日本人に義眼をはめ込んだ洗脳計画の発想は一体どこから来たのか。戦後日本において、急速に性道徳が崩壊し、男らしさ・女らしさが失われたのは一体何故か、等々の疑問である。        
 結論から言えば、その原点は第二次世界大戦中、英国陸軍心理戦争局の中核的役割を担い、「心を操る条件付け」すなわち、「内なる方向づけ」の「長期的浸透」によって大衆を洗脳するプロパガンダの作成と宣伝工作活動を入念に仕組んだタヴィストック人間関係研究所であった。
 同研究所は女性らしさや道徳、精神の基盤を根底から覆す洗脳工作について研究し、道徳や女性としての行動を徹底的に低落させて女性らしさを奪う「性革命」を推進した。同研究所の施設は現在、ロンドン市内とサセックス大学にある(NATOは英心理戦争局の一部として、超機密機関の研究施設・科学政策調査研究所をサセックス大学に設立したが、現在の研究は民間人向けになっている)。
 第二次世界大戦がこのタヴィストック研究所の社会学者たちに壮大な実験場を提供した。マインドコントロール(洗脳)、プロパガンダの分野ではイギリスが世界をリードし、「イギリス軍の心理作戦本部」(ダニエル・エスチューリン『世界を牛耳る洗脳機関タヴィストック研究所の謎』TOブックス)の役割をタヴィストック研究所が担った。第二次世界大戦時のアメリカの公式なプロパガンダ機関は、戦時情報局(OWI)とCIAの前身である戦略諜報局(OSS)であったが、OWIもOSSもタヴィストック研究所と密接な関係にあった。
 英国は単独では第二次世界大戦に勝利できないため、米国を参戦させるための情報宣伝工作を行い、これを本来は防止すべき工作対象であるルーズベルト政府が逆に強く後押しし、ルーズベルト大統領の特命を受けて活動したのが、後の米副大統領ネルソン・ロックフェラーであった。
 米政府は一九四一年七月に情報調整局(COI)を設立し、その長官に英情報機関BSC(その本部はロックフェラーセンターに設置)が、“our man”と呼んだウィリアム・ドノヴァンが就任、翌年六月にCOIはOWIとOSSに分かれ、OSSの責任者に彼が任命された。また、OSSの心理部門の責任者になったカリフォルニア大学の心理学者・トライアン(一九四二年に交戦国の組織的社会的心理的研究について提案した)は、その研究プロジェクトのために、国民性研究の専門家である「同性愛者のゴーラーをコンサルタント」として、採用するよう提案し、承認された。 
 加藤哲郎『象徴天皇制の起源――アメリカの心理戦「日本計画」』によれば、「戦時情報局(OWI)の対日ホワイト・プロパガンダのバイブルになった」のが、タヴィストック研究所と深い関係にあるジェフリー・ゴーラ―の論文「日本人の性格構造とプロパガンダ」であった。前述したドノヴァン長官も「これは実に面白く役に立つ研究だ。我々の仕事に役立って嬉しい」と手放しで絶賛している(拙著『日本が二度と立ち上がれないようにアメリカが占領期に行ったこと』致知出版社、参照)
 ゴーラーはOWIの外国人戦意分析課(FMAD)に所属し、英政府の特命を受けてワシントンの英国大使館でタヴィストック研究所と関連した秘密の研究に着手(一九四四年八月七日付『タイム』誌の科学記事「ジャップはなぜジャップなのか」参照)し、「極端な事例・日本」という論文を書き、プリンストン大学の学術誌(スクール・オブ・パブリック・アフェアーズの「パブリック・オピニオン・クウォータリー」の冬号)に掲載され、対日占領政策の形成に大きな影響を与えた。ゴーラーの推薦によって、その後継者として、同課の日本班の主任に就任したのがベネディクトであった。
 タヴィストック研究所の最高幹部の一人であったクルト・レヴィン(英空軍の戦略爆撃を指揮する司令官)の「位相心理学」の手法(「正常な人間心理・精神を狂気たらしめる状況の中に置く洗脳手法」)を米国人科学者に伝授する手助けをしたのが、マーガレット・ミードとその夫グレゴリー・ベイトソン、ジョン・ローリングストーン・リースらであった。
 OWIとOSSの連絡係を務めたリースは、サセックス大学の中に、タヴィストック人間関係研究所で世界最大の洗脳施設をつくるように命じられ、心理作戦の洗脳工作法を開発した。
 ミードはまた、同研究所において、ニュサイエンスの科学者のバックボーンを樹立した。その夫グレゴリー・ベイトソンは、社会的な統制手段を創出し、それを維持していくために「枢軸国」と米市民の集中的なプロファイリング(秘密組織である「三百人委員会」の長期世界戦略遂行の立場から、各個人、各集団ごとに格付けする作業)を実施するために設立された「全米士気委員会」の事務局長で、同委員会の最重要課題は対独心理作戦の研究であり、この研究にミードやレヴィンらも協力した。
 タヴィストック研究所で敵国地方紙を解析するプロファイリングの専門家として携わったラスウェルを師と仰ぎ、女性らしさを喪失させた先駆者ベントンは一九四〇年に、ラスウェルと共同で「全米政策委員会」を設立した。
 国民の道徳心を低下させて、国民としの誇りとアイデンティティを「完全には破砕」するための長期洗脳工作計画を研究したタヴィストック研究所は、同性愛を奨励して性役割や男らしさ・女らしさを否定する「性革命」によって、性道徳を破壊する戦略を考案した。
 タヴィストック研究所の中核的な研究者であったマーガレット・ミードはニューギニアのチャンプリ族においては「男性と女性の態度が逆転しており、女性が優位であって感情的ではなく仕切る側であり、男性側が責任を欠き依存的である」から、男らしい行動や女らしい行動に見られる社会的・文化的性差(ジョエンダー)は後から社会的文化的に構築された産物にすぎないことが立証されたとして固定的性別役割分担意識(男女はこうあるべきだという意識)を廃すべきだと主張した「ジョエンダー・フリー」理論の先駆者で、戦後日本の教育や男女共同参画政策に多大な思想的影響を与えた。
 タヴィストック研究所と深い関係にあったゴーラーは日本の侵略戦争を「性差別の社会化」と捉え、幼児期のトイレット・トレーニングなどによって強制された「男性優位と女性の受動性、従属のパターン」が「成人に達した日本人によって民族国家の世界にまでも拡大」され、「型にはまった規範によって閉じ込められていた欲求不満と憤怒が、海外の敵に対してすさまじい凶暴性を帯びて爆発したものである」と早期の家庭教育と侵略戦争を関連づけた。
 また、ミードとベイトソンは一九四二年のバリ島に関する本の中で、「日本人は自分たちの文化に対する尊敬の念を欠いており、他の人々の自尊心に接すると、いかんともしがたい劣等感をおぼえ侮辱されたと感ずる」と述べ、日本の文化は「病的」で「幼稚」で「未熟」な劣等感に基づく「集団的神経症」であることに同意した。これはベイトソンも参加し、ミードがまとめ役を務めた一九四四年十二月の太平洋問題調査会の「日本人の性格構造会議」の結論でもあり、侵略戦争は日本人の国民性と価値体系に由来するという「国際誤解」が形成された。
 この「国際誤解」の歴史的背景には、ミードとゴーラー(四五〇通を超える往復書簡があり、緊密な関係であった)・ベネディクト(1936年から“I love you””daring”という言葉が相互に繰り返されている往復書簡があり、恋愛関係にあったことを立証している)、ベイトソン・ラスウェルが、タヴィストック研究所の研究グループとして深くつながっていたという重大な事実が明らかになった。
 対日占領政策の根底には、このような日本人の国民性と道徳、とりわけ男尊女卑の差別意識に基づく家族制度に対する「国際誤解」が存在した。日本のジェンダーフリー思想や男女共同参画政策に多大な影響を与えたのがミードであった。国立教育会館の女性学・ジェンダー研究会編『女性学教育/学習ハンドブック―ジェンダーフリーな社会を目指して』において、ミードの学説を紹介していることからもその影響が伺われる。
 馬渕睦夫は新著において、「国家は外敵の侵入によって崩壊することもありますが、国民の精神が劣化することによって内部から瓦解することもあります。日本人のアイデンティティ―が破壊されるということは、日本が内部から崩壊してゆくということです」と述べた上で、次のように警告を発している。
 「日本社会が生き残れるか否かの最大の問題は、ジェンダーフリーやフリーセックス、男女共同参画などに代表される男女関係の破壊です。・・母性が減少すれば、本人や家族にとっても、社会全体にとっても損失になる・・社会の道徳が乱れ、社会は内部崩壊に至る危険がある。」(『国難の正体(新装版)』ビジネス社)
 ちなみに、「男が作った世界が滅びても女は生きてゆく。国が滅びても、わたしは生きてゆく。家庭が崩壊しても、私は生きてゆく」と『ことばは届くかー韓日フェミニスト往復書簡』(岩波書店)で述べた上野千鶴子は、『女たちのサバイバル作戦』(文春新書)において、ネオリベラリズム政権が「男女共同参画」という名の国策フェミニズム(「日の丸フェニズム」と呼ぶ人もいる)を推進し、女にもっと働いてほしいと望み、フェミニストは女がもっと働けるようにしてほしいと望んでおり、かつて「バックラッシュ」と呼ばれた敵とフェミニストが共通の目標を持って「同盟を結んで共闘している」ように見えるという興味深い分析をしている。


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