高齢者のスピリチュアル・ウェルビーイング

ウェールビイングの最も重要な柱であるスピリチュアル・ウェルビーイングを実現するために必要な構成領域は、WHOの健康概念の要素であるスピチュアリティに含まれている4領域と18の下位領域であると解釈できるが、高齢期に入り、身体機能や認知機能の低下が起こり、認知症への不安や定年退職等によって生きる意欲が低下し、うつ状態になる老人が増えている。
 また、配偶者などの身近な人との死別により、孤独感や生き甲斐の喪失をもたらし、このような複合的、連鎖的な要因により複合喪失を体験し、人生やアイデンティティの危機に直面する高齢者が増えている。
 近年、高齢者の主体性を見直し、自らの力で高齢期の様々な変化や喪失に適切に対処しながら、充実した高齢期を過ごすサクセスフル・エイジングという考え方が提起されている。
 老化のポジティブな側面を重視するサクセスフル・エイジングは、壮年期までの社会活動を出来るだけ維持することを幸福に老いるための条件とし、疾病や障害がなく、心身機能が良好であり、さらに生活への積極的関与があることを構成要素とした概念である。
 しかし、この概念には主観的幸福感が含まれていないため、CROWTHERらはポジティブ・スピリチュアリティを加えるべきであると提言し、その根拠として、統計学的な結果を踏まえ、スピリチュアリティは主観的幸福感の改善、憂鬱や苦悩の低減、罹患率の低下や平均寿命の増加と関連することなどを列挙した。

●「いのちの永遠性」と「至高体験」

 このようにスピリチュアル・ウェルビーイングは、サクセスフル・ウェルビイングで表現される、老化のポジティブな側面と老いの肯定的な要素を含んだ概念である。人間性心理学を提唱したマスローは、自己実現を達成している人の経験を「至高体験」と命名した。
 マスローは人生における深い悟りや自然との出会い、出産時の感動等の恍惚感を味わった人たちを対象とした調査を実施し、このような体験を一般的な特徴として明らかにし、人は至上の幸福を実感した時に、時空の超越感、自我の超越に、様々な葛藤の解消、宗教的な啓示といった体験を持つことを明らかにした。
 ここで体験される「いのちの永遠性」を実感する「至高体験」は、自己の生理的欲求、安全欲求、所属と愛の欲求、承認欲求などの欲求を充足する目的的なものから、普遍的な価値あるものへの関心に志向させ、さらに自己犠牲的な利他的な生を価値あるものとする。
 このような時空の超越感や自我の超越、「いのちの永遠性」を実感する感性は、スピリチュアリティに含まれる超越性の特質と合致する。このような高齢者が「至高体験」として実感する幸福感や内的な満足感は、高齢者のスピリチュアル・ウェルビーイングにおいて重要である。

●「老年的超越」がもたらす3つの変化

 このスピリチュアル・ウェルビーイングに類似した概念に「老年的超越」理論がある。高齢期における価値観や心理・行動の以下の変化が老年的超越である。
⑴ 宇宙的な次元(宇宙との一体的な感覚)
 高齢者が実際には、生きる空間の感覚は決まっていくが、老年的超越に  達する人は、自分がより大きい宇宙の一部であると感じ始める。全体的な視野でのこの移行は宇宙とともにあり、その関係が継続するという感覚が増し加わることより、人の差し迫る身体的な死との関連を減少させる。
⑵ 自己認識の次元
 老年的超越は、生命の宇宙論的な次元は生命と世界のより広い見方と関連し、自己認識の次元は人がいかに自分自身と自分を取り巻く世界を認識しているかに関係している。
⑶ 社会と個人との相互関係の次元
 老年的超越は、他者との相互関係の感覚が増し加わることに関係している。老年的超越に達する人は、作り上げてきた家族や友人、他者とのつながりを背景に表面的な関心が減少し、その意味を再評価する。このことは過去や未来とのつながりの意識を向上させ、人を他者とのより範囲の広い世界へと開き、他者と世界への応答を生み出す。同時にその開放性はより選択的な生き方へと導き、一人でいることを望ませる。

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