ウェルビーイングの新たな指標づくり一国連を領導する日本の役割

政府の「骨太の方針」のWell-being の記載をめぐって

  6月21日、自民党「日本ウェルビーイング計画推進特命委員会」に出席し、今年の政府の骨太の基本方針である「経済財政運営と改革の基本方針」におけるウェルビーイングの記載をめぐって討論した。
 同基本方針案には、「成長と分配の好循環」の実現状況を各種指標(一人当たり実質GDP,Well-being(生活満足度)など)から検証する」と明記され、「1、中長期の視点に立った持続可能な経済財政運営」の中で、次のように述べている。

<政府の各種の基本計画等におけるKPI(重要業績評価指標)へのWell-being指標の導入を加速するとともに、こどもに着目した指標の在り方について検討する。さらに、地方自治体におけるWell-being指標の活用を促進する。>

 さらに、「5,経済社会の活力を支える教育・研究活動の推進」の中で、「質の高い公教育の再生等」について、次のように述べている。

<持続可能な社会づくりを見据え、多様なこどもたちの特性や少子化の急速な進展など地域の実情等を踏まえ、誰一人取り残されず、可能性を最大限に引き出す学びを通じ、個人と社会全体のWell-beingの向上を目指す(自己肯定感など獲得的要素と人と人とのつながりなど関係性に基づく協調的要素との双方や、教師等のWell-beingを含む)。>

●「親と教師のウェルビーイング」の視点の検討も

この骨太の基本方針に関する意見を求められたので、私は概ね次のような見解を述べた。

<静岡県の保育園長が朝日新聞に投書した「安心して休める子育て社会を」と題するオピニオンには、「ママがいい!」という男児の忍び泣きが午睡の時間帯に乳児クラスから聞こえてくる。保育業界には「慣らし保育」という子供にとって少々気の毒な言葉がある。徐々に父母から切り離す訓練期間のことだ。保育園で働き始め、忍び泣きを聞くと、どうしても「頑張れ!」より「可哀想に」を口にしてしまう。「父母への経済支援や保育政策の増設よりも、親子が少しでも長く一緒にいられる方策を、国は考えてほしい」と書かれている。
 第一次安倍政権下の政務官会議「あったかハッピープロジェクト」は「経済の物差しから幸福の物差しを取り戻す必要がある」と提言したが、「子供に着目したウェルビーイングの指標の在り方について検討する」に当たって、この点に留意する必要がある。子供のウェルビーイングは親と教師のウェルビーイングと表裏一体の関係にあるから、親と教師のウェルビーイングの向上策も併せて検討すべきだ。>

 この私の発言に対して、参議院外交・安全保障に関する調査会会長の猪口邦子議員が賛意を表明され、上野通子特命委員会委員長も「親と教師のウェルビーイングについても検討するよう各省庁に指示された。   

●「日本社会に根差したウェルビーイング」指標の国際発信

  一昨年9月に国連事務総長は「我々の共通のアジェンダ」報告書を提出し、来年9月の国連の「未来サミット」の開催を提案し、本年9月の閣僚級準備会合を日本で開催することになった。事務総長はGDP測定値を補完する「GDPを超えた(Beyond GDP)」指標作りを来年3月までに作成すべく、ハイレベル独立専門家グループの創設を提案したが、バランスと調和を重視する「日本社会に根差したウェルビーイング」指標を国際発信する日本のリーダーシップが求められている。
 京大大学院の内田由紀子教授の「集団的幸福」「文化的幸福」や、同大学院の廣井良典教授の「鎮守の森・自然エネルギーコミュニティ構想」「経済成長から心の成長」「人間性を高める持続可能な定常化社会」「地球倫理」の視点を踏まえる必要がある。
 「地球倫理」とは、地球上の各地域に存在する思想や宗教、自然観や世界観等の多様性と共通性に目を向け、それらが成立した背景や環境等も含めて尊重する思想である。「心の成長」を目指す社会は、感性や創造性に訴えかけ、他者とのつながり、絆を大切にする社会である。GDPという経済指標では測れないGNH(国民総幸福量)やGDW(国民全体の幸せの指標)というウェルビーイングの新たな指標を導入し、一人ひとりが幸せに生きるための生き方、働き方とは何かという視点への転換が求められている。
 9月に日本で開催される閣僚級準備会合までに、こうした「日本社会に根差したウェルビーイング指標」の視点について整理し、10~20の「GDPを超えた」指標群作成について議論する専門家委員会に参加して積極的に議論をリードする必要がある。

●「対話」で作り上げていく「生命誌」の「知

 その際に中村桂子氏が提唱する「生命誌」の視点も是非踏まえてほしい。「生命誌」とは、「対話」で作り上げていく「知」で、生物学の最先端であるDNA研究の最新の成果を踏まえ、38億年の生命の平等な歴史を背負う生物の多様性と共通性と相互の関係を解明した。
 対話とはお互いの論理を「対決」させる「試練」によって、お互いの思考の妥当性を検証するプロセスであり、多様性に通底する世界に身を投じるための手段である。ユネスコから求められている「世界の記憶」慰安婦関係文書をめぐる共同申請国との「対話」にも同様の課題がある。
 プラトンとアリストテレスに象徴される「理性」の時代になり、自然哲学と自然誌という形で、普遍性と多様性という自然理解の基本が生命誌の出発点となった。近代になって科学が登場し、神の代わりをするようになったが、人は自然を征服し利用する対象として捉え、「自然帝国主義」によって、地球環境という「外なる自然」と人間性の解体化という「内なる自然」の破壊が深刻化した。
 生命誌から見えてきた生きものの姿をまとめ、生きものを貫いている多様性と共通性の価値観をしっかり持ち、自然・人・人工を一体化し、これを結び付ける基本である生命という原点に立ち返って、「自然の活力と人間の力を包括的に活用する社会」作りを世界に向かって発信していく必要がある。
 国連事務総長から「SDGs文化推進委員長」に任命された石清水八幡宮の田中朋清権宮司は国連改革の必要性を訴えられているが、「ハイレベル専門家グループ」の一員として、同権宮司が京大大学院で共同研究されている前述したお二人の教授の問題意識と中村桂子氏の「生命誌」の視点を踏まえた「GDPを超えた」指標群の作成に積極的な役割を果たされることを期待したい。
 

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